説話57 元魔将軍はお医者ごっこする
シャドウン侯爵の邸宅はとても大きい。といってもそれは今まで見てきた人間の建物に比べての話だね。
カリエンズさんはボクらを玄関ホールに案内すると、先にシャドウン侯爵に会いに行ったみたいだ。
すでにイザベラは落ち着きを取り戻して、口元で音も立てずに上品そうにお茶を飲んでいる。お皿の上にあった茶菓子はすでに彼女によって平らげられたけどね。
ボクは食べないからいいけどさあ、レイヤルドさんがなんだか名残惜しそうにみていたね。食べたかったのかな。
「おお、そなたが此度サンダードラゴンの肝を取ってこられた冒険者のイザベラだな。しばらく見ないうちに美しくなられて……
――いや、初対面でしたね、これは失礼した。私がシャドウン侯爵ゼッレスだ」
「お久しゅう……お初にお目にかかります、ワタクシは冒険者のイザベラ・ジ・エレガンスですわ。
サンダードラゴンはワタクシが、従者であるスルトからのちょっとだけでほんの僅かな助力の末に、討ち果たしました。
その肝を持ってまいりましたのでご確認を願いますわ」
イザベラの名前が戻っているね。
しかもいつの間にか彼女が討伐したことになったけど、別にいいさ。それよりもサンダードラゴンは死んでないんだけどなあ。
「スルトちゃん、お願いしますわ」
「はいはい」
ここで出すの? いいけど、すごく大きいよ? だれもが期待を込めた目をしているから出しちゃうね。
「……」
みんなが黙り込んでいるけど、玄関ホールがちょっと血生臭くなっちゃったね。だってドラゴンの肝ですもの。
「おお、これで息子が助かる……」
「いや、無理と思うよ? 珍味にはなるけどドラゴンの肝にそんな効果はないと思うんだ」
シャドウン侯爵は涙を浮かべてドラゴンの肝を見ながら呟いたが、ボクは言下でその言葉を訂正した。
「そっちは? なぜそんなことが言えるんだ?」
「じゃあ、どうしたらドラゴンの肝がお薬になることを教えてもらえるかな?」
ボクの質問を受けたシャドウン侯爵は口を閉ざしてしまったんだ。
あるのよね、なんらかの情報を聞いて、それが救いになると思ってがむしゃらになることが。情報はちゃんと自分でその価値を確かめないとね。
「侯爵様。こちらは当冒険者ギルドの冒険者でございます。若く見えますが知恵が回りますので、ご子息のことを見て頂いてはいかがかと」
「それはまことか!」
レイヤルドさんがボクを褒めたので、シャドウン侯爵が熱い眼差しをボクのほうへ向けてくる。
いいよ、乗りかかった舟だし、見るだけならいくらでも見てあげるよ。
「ボクはスルトだよ、学者の卵兼冒険者なんだ。
息子さんの病気を治せるかどうかは別としてね、まずはどんな病気にかかったことを知っておくべきだね」
「おお……今までのやぶ医者どもとは違う。
どいつもこいつも治せるとかで金をむしることしか考えておらなんだ」
シャドウン侯爵に案内されて、ボクとレイヤルドさんはその後について行く。
イザベラはって? お茶とお代わりの茶菓子に夢中になってるよ。ドラゴンの肝は大きいので、とりあえず異空間になおした。シャドウン侯爵が欲しいのならあげるけど、ボクはゴミをためる気はないからね。
屋敷の二階にある一室に入ったボクはソレを目にしたんだ。
ベッドの上にボクと背の変わらない男の子が寝ていて、その横にやつれた女性が手ぬぐいで顔を拭いたりして看病している。
男の子は幸せそうなやせ細った顔をしてるね。
「これ、病気じゃないよ」
ボクの声に室内にいるみんながびっくりした表情になった。
お疲れさまでした。




