説話5 勇者は魔王本城を行く
魔王の本城は沼田たちがいた世界に、アトラクションがいっぱいある遊園地の建物を想起させる。それ以上にこの魔王本城は金や銀をふんだんに使って装飾されていて、その開かれた城門の前に沼田たちは立ち尽くしていた。
「マジかよ。魔王城って聞いたからもっと刺々しいとか禍々しいって思ったけどなあ」
「あー、それ、あたしもそう思った。こんなのが魔王城だったら魔王ってどんな人かなって」
これから魔王本城に突入して、この世界の悪である魔王と対峙するのに、金山と夕実はいつもと変わらないで軽口を叩くため、仲間の頼もしさに沼田と明日花は顔を見合わせ、相手に優しい微笑みを見せた。これで帰れるんだ。これでいつもと変わらない日常に戻れるんだ。
「……ボク、やっぱり行かないとダメなの?」
ボソッとささやくような声をしたスルト。夕実はその身体を抱きしめ、スルトの頬に口づけして、その頭をわしゃわしゃとかき乱した。
「魔王はお姉ちゃんたちが倒すから、スルトはそこまで連れて行ってくれたらいい。あとはお外で遊んで待っててね」
「……うん。ユミお姉ちゃんのいうことを聞く」
夕実がスルトの手を引くと、沼田たちは魔王本城へ突入を果たす。聖剣で魔王を倒したら彼らは自分の世界に帰れることを信じて。
「なあ、これ。パクっていいかな」
「やめなさいよ、勇者のパーティがコソ泥のマネをしないの。ゲームじゃないんだから」
金山がその気になったことは明日花にも理解できる。
城の中は厳かにして煌びやか。とても敵を迎え撃つための場所にはみえなかった。しかも飾られてる装飾品はどれも高価のようで、元の世界に持って帰れば、きっと一財産になるような品々が通路の至る所に置かれてる。
しかしここでも城外と同じ。魔王軍である敵どころか、動物や虫などの生物がする気配はまったくしてこない。静かだ、静かすぎる。聞こえてくる音は沼田たちの呼吸音と足音だけ。
スルトは辺りをキョロキョロしながらゆっくりとした足取りで進んでるけど、だれも彼を責めようとは思わない。しかも曲がり角になると角のほうに身を隠してから、ゆっくりと首だけを見えない曲がり道に出して、恐る恐ると危険がないことを確認してから、いつでも逃げれるように身体を引きつつ一歩先へ歩いていく。
その様子に沼田たちは笑いそうになる気持ちを耐えながら温かく見守っている。
「ねえ、あの子だけ連れて帰っちゃダメ?」
「だめだよ、戸籍とかどうするの? あの子もこの世界に家族がいるでしょうに」
スルトを物欲しそうに見つめている夕実を明日花が叱りつける。
気持ちはわからないでもないけど、異世界で苦労することは明日花たちが誰よりも身をもって知っている。スルトのことを疑う明日花は、スルトと仲良くしている夕実と金山に、スルトに対する疑念を話すことはないと沼田と決めていた。
スルトが魔族であってもどうせ魔王軍の小物だし、ここでスルトに魔王の所まで連れて行ってもらうのほうが重要だ。魔王を倒したらすぐに自分たちも元の世界へ帰還するため、わざわざ夕実と金山とこのことでもめることもない。
ときには思い込みでの思い出も大事だと思うから。
通路はそこで途切れた。ここまでどこの部屋も扉を閉めてたが、この部屋の扉だけはまるで沼田たちを待ち構えているかのように開いてる。
スルトがなにかに怯えるように床にうずくまって、ただ体を震わせているだけ。その気持ちは沼田たちにも共感できる。扉が開いた部屋の中からはとんでもない魔力が漏れ出して、これまで感じたことのない息苦しさに、沼田たちは身が引き締まる思いでいっぱいだった。
魔王だ。この部屋の奥に魔王がいるんだ。
「スルト、ここで待っててね。お姉ちゃんたちがちゃっちゃと魔王を倒してくるからね」
「あわ、あわわわ……」
夕実がしゃがんでスルトの背中を優しい手付きで撫でるけど、スルトはただ涙を流しながら慄いているだけ。
「この子はここで待ってもらう。ぼくらだけで魔王を倒しに行こう!」
「そうだな、この子には危ない目を合わせられないぜ。ここまで案内してくれた恩もあるしな」
沼田の決意に金山も賛成の声をあげた。夕実と明日花が頷くと全員は自分の武器をインベントリーから取り出して、勇者の装備である聖剣を力強く握りしめ、沼田は勇気を分け与えるに仲間たちへ声をかける。
「行くぞっ! ここで魔王を倒して、ぼくらは家に帰るんだ! 今度の期末テストで最高点を取るぞ!」
「おーっ! やるぞおれは。期末テストは勘弁してな」
「スルトを連れて帰るぞっ!」
「もう、夕実ったら。でも、帰ったら美味しいものを食べに行くわよ!」
沼田たち勇者パーティは扉をくくり抜け、魔王がいる場所へ一気に駆け抜ける。
お疲れさまでした。