説話33 元魔将軍は迷宮都市に着く
「さあ、やってまいりました。ここがかの高名な迷宮都市ラーゼンバルクですわよ、あの魔王も一時はここに住んでいましたわ」
「ええええっ! そうなの? 知らなかったなあボク」
これはびっくりだよ。ずっと魔王様に付き添ってきたボクなのに、魔王様が人間の国に住んでいたなんて知らなかったよ。ダメだねボク、魔王様をお守りしないといけなかったのに、魔王様がお外でうろついていただなんて。今度ちゃんとガルスに言わなくちゃ、魔王様を一人にしちゃいけないって。
「そうですわよ。お付きの侍女の兄上様の妹様の従姉弟様のお父様のおじい様の御次男の御長女の御長男がいつもお買い物している、お店屋さんのお客様の御友人のお父様の御友人がそうおっしゃられたことを、ワタクシにお仕えしてました侍女さんが教えてくれたのですわ」
「それってガセよね? しかもよく聞けばその噂を流した人って、侍女さんとなんの血縁もなんの関係もない人だよね?」
「あら? そうですわね、オホホホ。スルトちゃんも細かいですわね、男の子ですからもっと大らかに物事を見ないといけませんわよ。オホホホ」
「はああああ……」
なんだこのペットは。大らかはそういうものじゃありません。そういうのは大雑把と言いますか、ハッキリ言ってざるだよ。そんなでよく今まで生きて来られたなあ、人間の国のの貴族ってすごいや。
「どこかで宿をとろうか、ずっと野宿でイザベラも疲れたでしょう?」
「え? お宿にお泊りしますの?」
「あ、うん。そうだけど」
「ワタクシ、別に野宿でもスルトちゃんのお膝が宜しくてよ。いつものようにお髪を撫でて……」
「はーい、宿を探すよ」
「あ、あら? お待ちになって。ねえ、スルトちゃんったら」
疲れるのよねえそれ。一晩も髪を撫でさせられてみてよ、気の休まる暇もないよ。ほら、イザベラ。早くついて来ないとおいて行っちゃうよ。
「……ここは迷宮都市ラーゼンバルクでも最高級の宿屋だけどなあ」
目の前にいる、明らかに機嫌が悪そうなお兄さんはカウンターの前で冷ややかな目でボクとイザベラを見ている。それはまるでゴミくずを見ているようでボクたちはなにを間違えたのかな。
「あ、うん。なんかちょっとは綺麗かなと思ったから入ったんだけど」
「はあー、こういうやつはいるんだよな。たまには……あのなあ、ここで泊ろうと思ったら一晩いくらかかると思っているんだ。一番安い部屋で金貨三枚、うちで一番上等のエクセレント・ゴージャス・スペシャルスイートルームで白金貨一枚だ! ちなみにおたくらの職業ってなに?」
「職業? うん。Dランクの冒険者だけど」
「Dランクぅ? はああ? Dランクじゃあうちの宿のベランダでも泊まれないぜ。悪いことは言わんからギルド付きの宿で泊りな、あそこなら大銅貨一枚で一晩は泊まれるはずだから」
周りから失笑の声が湧きあがったけどなんででしょうね。ボクとイザベラはただ宿を取ろうと思っただけなのに、なんで笑われるんだろうね。よくわかんないや。
「先から聞いていればなんですのあなた、うちのスルトちゃんをイジメてはいけませんよ。このワタクシ、イザベラ・ゼ・メ――」
「イザベラっ!」
ボクはイザベラの言葉を止めた。
彼女がこうなったことをここまで来る途中に聞いていたからね。今の彼女はこの王国の罪人、むやみに名前を出すこともない。くる敵は叩くがわざわざ増やすということもないからね。
「……い、イザベラ・ジ・エレガンス! このイザベラ・ジ・エレガンスがお許しになりませんわよ」
「はあああ? 綺麗なお姉ちゃんと思ったけど、気が狂ってるのか。優雅さとか上品さとか、かけらもないじゃないか?」
「ムッキーっ! 言わせておけばこのサル男お……ワタクシが優雅なの、上品そのものですのよ!」
「いやあ、そうは見えないけどな」
うん。イザベラには悪いけど、ボクもこのお兄さんと同意見だよ。寝る時にイビキはかくし、歯ぎしりするし、お尻をポリポリと掻くし、まるで戦士のナガイシとおなじじゃないか。
女には見えなかったなあ、ナガイシは。
まあ、いい。このままイザベラに任せたら埒があかないからボクが交渉しようか。
お疲れさまでした。




