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閑話5 帰還勇者たちは魔将軍の気持ちを知る

「あっ、わたしだ……いやだこれ。これ読みたくない!」


 メッセージを見ていた明日花はいきなり顔を赤くしてスマホを隠そうとするが、目敏い夕実はサッと明日花からスマホを取り上げて、スルトが書いたメッセージの内容をさっと読んでみた。素早く一番下のほうだけに目を通した夕実はスマホを金山に手渡すと、明日花の身体を後ろから抱擁して彼女を抑え込んだ。



「かなっち、あんたが続きを読んでよ」


「お、おう。いいけどどうしたの」


「いーやーだ! 金山君、読んじゃダメーーっ! 沼田君、スマートフォンを取り返してよ!」



 明日花の悲鳴に金山と沼田は互いに顔を見合わせている。


 なぜ二人の名前を明日花が叫んだことがわからなかったからだ。金山はスマホの下のほうに目をやると顔のほうがニヤニヤしてきて、沼田のいる場所から大きく距離をとって、スルトのメッセージをわりと大きな声で読み始めた。



「アスカお姉ちゃん。アスカお姉ちゃんの言葉は本当に心を抉った。痛かったよボク」



 夕実に抑えられている明日花はメッセージを聞くと暴れていた動きを止めて、目じりから涙が零れ落ちていく。



「しょうがいないことはボクだってわかってる。どの時代の勇者たちもボクは呪われながらみんなを帰したんだ。帰ればきっとわかってくれる。わかって許して感謝してくれることを信じながらボクは勇者たちを刺し続けてきた。たとえ、その感謝の言葉が耳で聞けなくても……」


「……バカヤロ。マジでスルトのバカヤロウが……」


 途中まで読んでいた金山は感謝の言葉を叱るという形にして、聞いていた全員が言葉を無くしている。スルトがそんなつらい気持ちで勇者たちと付き合ってきたことを、いまさらながら胸をしめつけてくる。



「でもね、こうしないとあなたたち勇者が正攻法で魔王領に攻めてきたらどうなると思う? 死ぬんだよ。魔王領の者たちが、勇者に付き添う人間の兵士が、この戦いに関係のない人たちが巻き込まれてみんな死んでいくんだ。それを見たことがあるボクは決めた。これはボクしかできないことだから勇者たちはボクが刺すと。刺して異世界に帰すと……」


 続きをここまで読んできた金山もみんなと同じように言葉を無くす。


 確かに彼らはいきなり召喚され、魔王の討伐を強要され、つらい異世界の生活を送ってきた。だけどスルトが書いたように、魔王領に住む者にとって勇者は厄災でしかない。


 だからスルトは自分の正義を貫こうと、勇者たちの前に現れた。それも自分一人だけで。



 唇をかんでいた金山は大きく息を吐いて、スルトのメッセージを読むことに専念すると決める。パッと見たときは最後のほうしか目を通していなかったから。



「こんな不毛な戦いはいつまで続くんだろうね? ボクにはわからない、でも終わらせたいとは思ってるんだ。あなたたち異世界人も関係のない、こんな意味のない戦いに巻き込まれて、魔王軍の幹部として申し訳ないと思ってる。こんなつまらなくて終わりのない戦いはボクの世界の人がすべき。しかし召喚勇者が現れる限り、ボクは彼ら、彼女らを帰すために勇者たちだけを刺す。それだけがボクにできることだからね」


「スルトおお……ううう……」



 夕実はもうすでに大泣きで、沼田も自分の目頭を押さえている。スルトは魔王軍だけのことじゃなくて、彼ら、彼女ら召喚勇者たちのことも考えてくれてた。あの小さな体で。



「幸いというべきかな、一度召喚された勇者は二度と現れないことをボクは観測したんだよ。だからね、ユミお姉ちゃんも、カナヤマお兄ちゃんも、ヌマダお兄ちゃんも、アスカお姉ちゃんも、あなたたちとはもう二度と会えないと思うんだ。でもそれでいい、それが正しい、ボクたちは元々出会うべきではなかったんだ。すっごく楽しかったけどこれで本当にさようなら」


「スルトーっ!」


 沈む寸前の夕日を背に、絶叫する夕実を止める人はいない。



「これは予言だけど、あなたたちにこの世界で使えていた力はもうないと思う、ボクの予言は結構当たるんだよ。今まで勇者たちの話を統合すると、あなたたちの世界に魔力という力は存在してないと思うの。存在しない力は使えない方がいいよ、それは異能になるから。異能はね、不幸をもたらすことが多いのよね」



 ずっと苦しい顔をしていた金山が急に明るい顔になったので、明日花は思い出したように叫ぼうとしたが、それは夕実によって手のひらでふさぐという形で阻止された。


 みんなの動きに呆然と見てる沼田に、明日花からしきりと何か訴えるように視線を送り込まれているが、沼田はそれを理解することができず、ただそこに突っ立ているだけ。



「色々と愚痴をこぼしてごめんね? ずっとこころにため込んでいたから言いたかったんだ。だけどそれもこれでお終い。最後になるけど、勇者のヌマダお兄ちゃん」



 金山の読むメッセージに沼田は目を開いて耳を傾ける。


 魔王軍の幹部、魔将軍アーウェ・スルトは彼に何かを伝えようとしている。これは元勇者としてしっかりと聞き届ける必要があると。


 だからなのか、沼田は汗を流して焦る明日花にも、優しい笑みを浮かべる夕実にも、笑いをこらえる金山にも、誰一人の表情に気が付くことはなかった。




「ダメだよ。勇者は人の気持ちを知ることが大前提、それでみんなが幸せになれることを模索する。みんなを導いて困難な道を切り開くこそが勇者。これは勇者ヒラマツが教えてくれたことだよ」


 うんうんとうなずいている沼田。ところでヒラマツってだれ? 先代の勇者のことかな?



「いくら剣の道を究めるとは言え、ちゃんと周りのことを見ないとダメって、魔王軍の序列一位の通り名は不動の魔神、剣王将のアガルシアスがいつもボクに言っているんだ」


 そうか、魔神とか剣王とかなんだかすごいやつがいたんだな。会いたかったなと沼田は両手の拳を握りしめて、唇をかみしめる。



「だからね、早くアスカお姉ちゃんの気持ちに気付いてあげなよ、もうヌマダお兄ちゃんはグズだから。弱い勇者ならみんなで力を合わせるのが相場だよ。お兄ちゃんたちが使った合わせ技は魔王様も褒めてたからね? 珍しいことだよ? 今からでもいいから、アスカお姉ちゃんに好きだよって言ってあげてね。それでアスカお姉ちゃんの苦労もきっと報われるからね。ボクからの話はここまで、みんなで幸せになるんだよ? 元気でね、バイバーイ。スルトだよ」



 これ以上にない真っ赤な顔をした沼田と明日花をこの場に残して、夕実と金山はスマホを動けなくなった明日花の手に握らせると、階段のほうへ向かって仲良く手をつなぎながら去っていく。



「スルトはいい仕事するねえ、魔王軍の勇者殺しは伊達じゃないってことか」


「あたしらの異世界にいる弟だよ? 魔王軍とか勇者とかは関係ないよ。行こっ!」




 沼田と明日花は互いに見つめ合っている。


 口はその役目を忘れたかのように、しばらくの間はどちらも声を発することはできなかったが、勇気を振り絞った明日花のほうが先に言葉を出すことができた。



「あ、あのね? 気にすることは――」


「好きだあああっ、若田さん! いや、明日花。お前のことが大好きだあああ、明日花! ぼくと、付き合ってくださーいぃぃ!」



 望まない異世界転移で甘苦をともにした二人は、くっ付きそうなのに一向に寄り添わないその恋の気持ちを、異世界からのクピドによって繋ぐことができた。


 元魔王軍の序列三位で通り名は地獄の水先案内人、元魔将軍のアーウェ・スルトという名を持つ魔族のクピドさんだけどね。



お疲れさまでした。

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