閑話3 帰還勇者たちは日常を過ごす
「ごめん、遅れた」
沼田は道着のまま弁当を持って、屋上へみんなと合流する。
「くさっ! あんた汗臭いよぬまっち。道着は洗ってんのそれ」
夕実が鼻をつまんで沼田に文句を言いつける。言われている沼田は自分の道着の袖を嗅いでから爽やかな笑顔で笑い返す。
「そうかなあ、自分じゃわからないよ。三日に一度は洗っているけどなあ」
「三日あだあ? 毎日洗え! あんはこれから道着でお昼飯会は禁止、わかった?」
「善処しよう」
沼田が座ると、夕実はそそくさと金山の横へ身体を寄せる。
「暑苦しいからやめろって」
「なにおお。いつもはあたしに抱き着いてきているくせに生意気な!」
「お、おい、バカ! それをいま言うか? お前は恥じらいがないかよ」
「あるわよ? 誰かさんがパフパ……むぐー!」
「いい加減にしろこのやろう、みんないるんだぞ!」
金山は顔を真っ赤にして夕実の口を手で塞いでいるけど、夕実も負けずに金山の手を外そうともがいている。それを見ていた明日花はクスっと笑ってから沼田のほうに身体を向けた。
「練習ばかりだけど勉強はちゃんとしてる?」
「んあ、ああ。家に帰ったら夜は勉強しているよ。文武両道を目指しているんだ、ぼくは」
「そう」
「やた、今日はだし巻き卵だ。妹のやつ、いい仕事する」
沼田の家は両親が共働きで、食事のほうは沼田とその妹が交代で弁当の準備をしてる。沼田がいつも妹の料理を自慢するから、帰還後にご招待を預かって全員で行ったが、異世界で沼田がいつも言っていることはウソではなかった。
「ぬ、沼田、一つ分けてくれよ」
「嫌だ。これは数少ない楽しみだからあげないよ」
「こらあ、彼氏ならあたしに作ってって言ええー!」
「それこそ死んでも嫌だ。おれはまだ死にたくないからな」
「なにおお、どの口が言ってるか見せてみろ!」
異世界にいたときもこんなバカ騒ぎばかりしてたから、いつもと変わらない時間の過ごし方に明日花は心より微笑ましく思う。たとえ、異世界転移は彼女たちの集団妄想であっても、それはもうどうでもいいことと明日花はいつも思ってる。
そして、明日花は手の中に急に現れて、握っているものを見つめる。
「あれ? それお前のスマホじゃないか? 異世界に置いてきたとか言わなかったっけ。さてはうそをついたな?」
「バカ。明日花がうそをいうわけないっしょ? あんたじゃあるまいし」
明日花は金山と夕実の話を聞こうとしていない。パパっと自分の無くしたはずのスマホを操作して、中にあるデータを見ている。全員が静かに彼女を注視する中、明日花は突如、涙を流し始めた。
「若田さん、どうしたんだ!」
「おい、委員長。なんで泣いているんだよ」
「ね、ねえ、アスカ。お腹痛いの?」
全員の心配する声に、明日花はただ首を左右に振り続けているだけ。
ようやく頭の動きを止めて、だが涙を止めようともしないで明日花はスマホをみんなの前にかざして、その画面をここにいる三人にハッキリと見えるようにスマホを突き出した。
「これ……」
画面にはおどけて笑っている美しい顔の子供が映っている。
みんながよく知っているその子供は、彼と彼女らが過ごした異世界転移の最後の日々に、こっちの世界に起きてた日常生活の雑談を一緒に笑い、彼女たちが異世界で苦労したことをともに悲しんで、無邪気に見えて狡猾な魔将軍スルトがそこにいた。
異世界転移は彼と彼女らの夢や妄想ではなかった。
お疲れさまでした。




