閑話2 帰還勇者は燃える
「きぇーーっ!」
竹刀を叩き落とされた同級生の吉本君は無手となった。がら空きになっている面も胴も籠手も、ぼくの好きなように打ち込めるけど、ぼくは竹刀を降ろして後ろに下がっていく。
「こらあ沼田あ、なんでそこで打ち込まんかっ!」
部活顧問の山崎先生はぼくに怒って来るが、この人はなにもわかってない。
武器を無くしたらそれはすなわち死。死に体のやつにトドメを刺すのは試合の時だけでいい。練習は練習だ。吉本君も奇策を狙わないで、しっかりと竹刀を力を込めて持つことを覚えないといけない。
「ねえ、この頃ちょっと格好いいよね沼田くん」
「うん! 前は優等生というか、お行儀がいいというか――」
「そうそう、野生的というか、そんな感じがするよねえ」
女子たちがぼくのことでなにかひそひそと囁き合ってるが、そんなことする暇があったら練習しなさい。強大な敵なんていくらでもいる。国内でもぼくより優れている選手はそれこそ数えきれないほどいるはずだ。
ぼくがその人たちから勝利を得られるとしたら、それは研ぎ澄まされた五感と真剣を持ったつもりの本気ということだ。異世界で鍛えあげた強靭な身体はもうない。だが、体験したことは身体の隅々まで刻み込まれている。
ぼくに勝とうと思うなら、それは闘志を完膚なきまでに打ちのめすことだ。
ぼくはそれが出来なくて、どうしようもない甘さが最後に現れて、後から刺されてしまった。絶対にぼくに勝てないと思ったあの子に。
たとえ、それが若田さんから帰還する方法だと教えられても、ぼくは真っ向勝負で終わりたかった。全力を尽くして、秘められているかもしれない底力を引き出して、精魂が尽きるまで戦いたかった。
若田さんが言うにはあの子は魔王軍でナンバースリー。
金山と夕実は刺されたときの動きがまるで見えなかったという。畜生、なんで最初から戦ってくれなかったんだ。なんで中ボスに挑むチャンスを逃されて、いきなり魔王と相対するという最終イベントに突入させられたんだ。
しかも、刺されたときはスルトの気配を感じることが全くできなかった。あいつが本当はどれだけ強いことを知りたかった。
今は黄昏時、転移させられたときと同じだ。
この時間になると血が滾ってくる。
魂が奥底から吠え声をあげてくる。
闘志が身体の隅々まで漲ってくる。
強者と戦いたい気持ちが抑えられない。
「もう一本お願いします!」
面を外して汗を拭うのも面倒だ。竹刀を握りしめ、ぼくは立ち上がる。同級生たちは顔を背けるだけで、だれもぼくの声に応えようとしない。
「私が指導するね、沼田」
学生時代は全国大会の常連で、女子部顧問の坂崎先生が竹刀を持ってぼくの前に現れた。未だに勝利を得ることのできない相手に戦意が高ぶってきた。
「お願いしますっ!」
喧噪する声がいきなり沈んで、静かになった体育館の中、ぼくは強敵と対峙している。
膝を曲げ、腰を落とす。持っている竹刀をゆっくりと右斜め下に構えてから力を込める。山崎先生はぼくの構えを邪道と言って、いつも怒って直させようとするがそれだけは聞かない。これがぼくの鍛えぬいてきた剣の形。これだけは譲れはしない剣の道。
この形で数多の敵をぼくは激闘の末に葬ってきたから。
「行くぞおらーっ!」
ぼくは前へ駆ける、敵へ向かって。
お疲れさまでした。




