説話32 元魔将軍は襲撃者を退治する
まったく面倒だよね、ペットを飼うというのは。
口を開けば腹減っただの、疲れただの、眠たいだのって、おかげでボクはちっとも気が休まる旅ができないじゃないか。召喚勇者たちが言ったことは、ボクの中でいつの間にか一つの参考基準になってるからさあ、こいつを捨てるに捨てられないのよねえ。
恨んであげるからね、ヨシタニい!
ペットは三歩を歩いては休む、五歩を歩いたら寝るって、どんだけ貧弱なんだよ人間ってやつは。ムカついたのでイザベラが寝ている間に、ボクの魔法による身体強化をこいつが持つ潜在能力の最大限までに引きあげてやったよ。
こいつはこれ以上身体を鍛える意味がなくなったんだ。
たぶんだけど、今のイザベラならドラゴンは無理でも、地獄の番犬ケルベロスの首くらいは素手で引きちぎるんじゃないかな。
ボクがここまで何の義理もなく大サービスするなんて数千年ぶりだよ、本当。まあ、翌日朝に起きて、歩いて疲れないことに気が付いたペットは、ちょっとだけ首を傾げるだけであとは普段通りに戻っていたな。
まあでも何ごとも深く考えないイザベラ、そういう性格だけは嫌いじゃないなあ。これならペットとして飼ってやってもいいよ。気を使わないからさあ。
「スルトちゃん、お夕食はまだなのかしらね。今日は美味しいお魚の料理が宜しくてよ、もちろん食後のデザートやお果物もちゃんーとお付けくださいまし。オホホホ」
またペットがご飯のおねだりだよ。面倒くさいっ!
起きては食う、寝てはイビキかヨダレ。こいつは口を閉じている時間ってないのかい? まあ、魔王軍の料理はこいつが死ぬまで食わせても、まだまだ残るからいいけどさあ、面倒くさいっ! だれかにやっちゃいたいよ。
ヨシタニ、こいつを引き取りに来てよっ!
あ、またペットの追手が現れたんだ。ペットが怯えているので、ここはご主人様としてちゃんと守ってやらないとね。
「イザっグフ――」
「な、なんだあ……ガハッ!」
魔法を使うのすら面倒になりました。ということで適当に満ちに落ちってる石を投げます。そのまま胸や腹に風穴が開いた騎士らしい人間は絶命する。
「あら、すごいですのねスルトちゃん。それは手品なのかしら」
「イザベラもやって見てよ。石を投げるだけでいいからさあ」
「あら、そうですの? それっ!」
「イザベラああああ、きさっグワッ!」
「あら、スルトちゃん見てごらんなさい。ワタクシも手品が使えるみたいですのよ、面白いですわねこれ。あー、それそれ」
「ぐふっ!」
「ぐわっ!」
それは手品じゃありません、最大限に引き上げたあなたの剛力です。でもね、ペットにいちいち説明はしません。あなただって犬や猫に理由を説明するなんてことはいちいちしないでしょう?
あ、追手が全滅したね。イザベラが横でウルウルした目で見てくる。さてはこいつ、また腹が減ったんだね? 面倒だよお、だれか替わってくださいよお。
しつこいなこいつら。今は深夜、寝ているときまで働かないでよ。それは戦士のイシダが言ってたブラックってやつだよね? きみたちも夜ならちゃんと寝ろよね。
ペットは寝ているので起こすのは可哀そうだから、ここはご主人様が出動するよ。
「な、なんだてめえは!」
「死んじゃえ」
速度と力を極めたら、強度さえあれば手だけでも武器となるんだ。だからボクは武器なんか使わない。手刀だけでこいつらを殺す。
ボクは別に寝ることを必要としないけど、この睡眠ってやつはなぜか心地いいのよねえ。それを毎回毎回邪魔されてるからとてもうっとうしい。
そんなわけでここは昔から飼っているペットを使うことにした。
「黒闇の大蛇、出でよ」
黒ずんだ細長いなにかが闇の中から現れた。
「いいか? ここで寝ているのはお前の後輩ペットだよ、なぜかよく人間に襲われるんだ。こいつの気配を覚えて、こいつに殺意を持つやつらを皆殺しにしてね」
黒ずんだ細長いなにかがイザベラの身体を何回か這ってから、そのまままた闇の中に消えた。
「なんと、追手は一人も戻ってきていないと」
「はい、国王様。メリカルス元伯爵とその奥方、ご長男まではその死が確実に確認されておりますが、ご次女のイザベラ様にさし向けられた追手はことごとく、消息が絶たれたまま戻ってきておりません」
「うむむ……騎士団の分団長や魔道団の副団長までもか!」
「はい、残念ながら」
「もうよい、これを持ってメリカルス元伯爵一族の断絶掃討は終了とする。イザベラは死んだと見なせ、たとえ発見してもそれはイザベラ・ゼ・メリカルスにあらず」
「はっ!」
スルトとイザベラが知らない間に、安眠できる夜はこうして取り戻すことができた。
お疲れさまでした。




