説話30 元魔将軍は魔眼を使う
あーあ、せっかく交尾が見れると思ったのに残念。しかも汚い返り血で服が汚れちゃったじゃないか。この服、気に入ったのになあ。
野良犬はボスを残してほかは全部殺しちゃった。
ボスはね、ちゃんと言い聞かせてからじゃないと殺せないんだ。
「ねえ、ダメじゃないの? 群れを率いているのならちゃんと統率してやらないと」
「ヒーンヒーン!」
せっかくボクが親切にも近くまで来てあげたのに、なにを言ってるだこいつは。
ボクはちゃんと聞いてあげているのに、まともな返事もしないで違う言葉で喋っているじゃないか。くさっ! 臭い。あーあ、こいつ大きい身体して糞尿を垂らしているよ、汚いなあ。
「ヒーンは馬の言葉だよ? 犬ならワンでしょう?」
「こ、殺さないでくれ、殺さないでお願いだ!」
命乞いし出したぞこいつ。ダメだな、ボクはこういうのが一番許せないのよね。ボスは群れを守るべき、守るべき群れを失ってなお命が惜しいやつは、ボクが手を汚すまでもないよねえ。
もういいよ。
こいつの髪を掴み取り、その両目をボクの両目の近くまで手繰り寄せる。
「お前は殺すに値しないよ」
「た、助けてくれるのか……」
あはっ、ホッとした顔をしたぞこいつ。命が助かると思ったんだね。そうね、肉体は生きるけどね。
「ボクの目をみろ」
「ヒーン!」
だからあ、馬じゃないんだってば。それに目を逸らすなよなあ、ちゃんと見てくれないと。
『みろっ!』
地獄の底から魂を揺さぶるこの声に、抗える者はほとんどいない。少なくともボクと同等じゃないと抵抗は出来ない。
だから、こいつはボクの目を否応なしに見てしまうんだ。
「あ、が――」
はい、あとがうなるだけでその後はしゃべれなくなった。こいつはもう人の形をした肉の塊、魂はボクの魔眼を通って暗黒神のところまで送り込まれたんだ。
――大罪の牢獄――
これがボクのもう一つの魔眼、暗黒神がもっとも喜んでくれる技。
だってえ、暗黒神がする善悪の審判すら経ることなく、そのまま汚れた魂だけ地獄行き。そこで魂の浄化が終えるまで苦しみながら地獄に居続けるんだ。
あーあ、なんだか白けたなあ、交尾だけを見に来たのにボクは暗黒神を喜ばせてどうするのさ。暗黒神はいろんな贈り物を送ってくれるけど、どれもいらないものばかりなんだよね。極めつけに死者の侍女を送り込まれたときは大変だったよ。ボクの侍女さんは機嫌がとても悪くなったし、ナシアース・メリルは襲いかかってきたしさあ。
まあいい、することがなくなったのでもう行こうか。
「そ、そこのあなた。助けるなら最後まで面倒を見なさいよね」
あれ? なんで声がしたんだ。あ、目の前で服を着てないメス犬が残っているんだね。交尾を邪魔して悪かったよ。
「お姉さん。裸で寒くないの?」
「……い、いやー。見ないでくださいましいい!」
いやまあ見ないけどさあ。ボクは間近で交尾を見たことがないから見てみたかっただけ、女の身体なら見慣れているよボク。だってえ、元侍女さんは毎晩毎晩薄いスケスケの寝間着でベッドにもぐりこんでくるし、ナシアース・メリルもボクの前ではそれは服? みたいな露出度が高い服を着てくるのよね。
あいつらさあ、普段は肌すら見せたがらないのに、なんでボクの前だと脱ぎたがっているんだ。
ボクって、暑苦しそうに見えるんですかねえ。よくわかんないや。
お疲れさまでした。




