説話29 元魔将軍は殺しまわる
異変に気が付いたのはイザベラを押さえつけている男たちだった。
彼らは思わず自分の手を離したので、ザイゼスは手足が自由になったイザベラによって突き飛ばされてしまった。
「おい、なにをやってやがる。しっかり押さえつけんか!」
「い、いや。ガキがそこに」
ザイゼスが仲間の指す方向を見ると、綺麗な顔をした子供が横でしゃがんでいて、楽しそうにザイゼスとイザベラを見ている。
「気にしないでよ、続けて続けて。ボクは交尾しないけど、こんなに近くで見るの初めてなんだ」
「だれだてめえは!」
ザイゼスの怒声に綺麗な顔をした子供は残念そうに溜息をつく。
「えー、なーんだ。ヤらないのか、ちぇっ! つまんないや」
「あ、あなた、助けなさいよっ!」
イザベラにとって、誰でもよかった。
この場にいる自分を犯そうとする男以外なら、誰でもいいから助けてほしかった。だから裸体のままでも、イザベラはその子供にしがみ付く以外に何も思いつかない。
「えー、なんで? お姉さんは男たちとイイことをするんでしょう? ボクは見たいなあ、間近で交尾を見たことがないんだよ。いつもナシアース・メリルが来て覗きの邪魔をするからさあ」
「なにを言ってるかがわかりませんわ、いいから助けなさいよ。あなた、それでも男の子でしょう?」
ザイゼスはイラつくとともに激しい怒りに燃えている。
これからというところなのに邪魔をされた、しかも見た目はいいが貧弱な男の子に。そいつがどうしてこの場に突然と現れたについては、もう考えが及ばない。
「な、なあ、ザイゼス。あの男の子を僕にくれないかな? 僕は女に興味がないんだよ。イザベラはあげるからその男の子を僕にちょうだいよ」
ザイゼスに声をかけてきたのは今回の人狩りに参加した子爵家の三男、ザイゼスたちの遊び仲間。この男は男色が好きなであることは貴族の中で知れ渡っているので、別にザイゼスにとってはそれはどうでもいいことだった。
だから、ザイゼスは同意してしまった。
「好きにしろ……おい、そこのクソガキっ!」
「クソガキって、ボクのことかな?」
子供はおどけた顔でザイゼスの呼び声に返事した。イザベラがそれでも子供にしがみついてることに、ザイゼスをさらにイラつかせた。
「俺のお仲間がてめえといいことをしようってよ、きっちりと楽しませてやれ」
「いいこと? なんだろうね、なにして遊ぶの?」
男色が好きな男は、未だにしゃがんでる子供のところに行くと、おもむろに子供の肩を掴んでしまった。
「僕と向こうに行こうよ。ザイゼスはイザベラとイイことをするから邪魔をしてはいけないよ」
「そうそう、てめえはあいつとアンアンしてろ。イザベラとヤり終えたらてめえとヤりたがるやつもいるかもな。小綺麗な顔をしてるからてめえはよ」
ザイゼスは子供のほうに吐き捨てるように言葉を投げつけるが、子供の豹変した顔にちょっとだけ不審に思ったときにそれが起こった。
「ボクに触れていいのはボクが気を許した人だけだ!」
子供が右腕を振り上げると、肩を掴んでいた男色が好きな男は、死体の肉片すら残さずに文字通り血飛沫となった。
「な、な……ば、化け物だっ! 殺せっ!」
ようやく我に返ったザイゼスの怒声に、この場にいる男たちは一斉に剣を抜き放つ。それを見ている子供は心が凍るような冷たい笑いを見せ、イザベラを振りほどいてからその場で立ち上がる。
「いうことを聞かない犬はシツケする。シツケのできない犬はどうすると思う?」
「なにをほざきやがるんだてめええ!」
「殺すんだよ」
ザイゼスの返事を待つこともなく、フッと子供がいた場所から姿を消した。
「ああ?」
「ギ――」
ザイゼスから声が漏れたが、離れた場所でザイゼスの貴族仲間が一人、断末魔の声を少しだけ漏らしただけで、血の花を咲かせてから消えた。
ザイゼスは声も上げられないままに、イザベラとともに次々と咲いて行く血飛沫を、ただ見ていることしかできなかった。
咲かせては消える、それはまさしく命で咲く赤い花だった。
お疲れさまでした。




