説話174 元神様は追憶する
この世界は暗黒神、男神フレーと女神フレーアによって天地創世された。
そのときに創り出された地上の神が生命力を司るルシアス、技能力をを司るメリルと活性力を司るスルト。
ボクのことだね。
男神と女神が天界から恩恵を地上に授かり、ボクたちは地上で種族の成長に手伝い、暗黒神は地獄で魂の再生と浄化を管轄する。
それが天地創世後の神々による決まりであった。
男神フレーと女神フレーアは全ての生き物を愛したんだ。
ボクたちは父神と母神の愛の許で全ての種族が生きることを見守ってきたよ。太古の時代、父神は特に人間を愛した。愛しすぎたというべきかな。時々人間に変化して、人間の社会に交えて時を過ごしてきたのよね。
子を成すということは絶対にないけど、父神は人間の女性との間で風流にまつわる色んな伝説を残したね。
初めは諫める程度の母神は、ほかの種族のために次第にその怒りを募らせて、おさまらないその怒りでついには黒の衣を編み出して、それを自ら被ってしまったんだ。
隠れた女神の伝説はこれを由来するんだよね。
ようやく過ちに気が付いた父神は慌てて謝罪しようとしたが時は遅し、黒の衣が持つ負の力は強力過ぎた。
その力の前に父神であっても戦う気持ちを抑えきれず、幾度の戦の末、黒の衣を着た女神はいつしか人間から魔王と言う名で恐れられるようになったんだ。
このままでは男神と女神による神同士の争いは避けられない、そう思った父神はボクたちに魔王と呼ばれた母神の翻意を促すために送った。
父神の所業にずっとムカついていたボクたちは母神と戦ってしまったけど、世界を守るためにその後はそのまま魔王と呼ばれた母神の許に居ついちゃったね。
――だって、魔王と言っても母神はボクたちを愛し、外へ遊びに連れていてくれるお優しい女神様のままなんだ。
悠長な時を過ごした世界の種族は、もう神々であるボクたちが見守ることがなくても十分に生きていけるのね。
だからルシアスとメリル、ボクことスルトは神であることをやめてしまった。
神をやめて魔族で生きることを選んだんだ。
太古の時代に人間が寄り付けないところには強力な魔族たちが我意のままに生きていた。
魔族については男神と女神も悩んではいたが、同じ愛する我が子同然の生き物を言うこと聞かないだけで殺すわけにもいかないので、ずっとそのまま放置したのよね。
魔王となった母神は隠れたをいいことに、現魔王領を観光を目的とした征服にボクたちを連れて行ってくれた。
魔族を取りまとめるためにね。
色んな魔族と戦ったボクたちは魔族たちを傘下に収めつつ、魔王軍という組織を立ち上げた。
魔族に仕事という名の暇つぶしを与え、十分な食事を提供して食欲を満たし、規律で縛り付けることで元々好戦的であった魔族たちを平穏な暮らしに慣れるように、ここまで導いてきたのよね。
魔王軍の正体。
それは獰猛にして我欲に生きる魔族たちを長い時間をかけて穏やかにさせていき、自分の意志を芽生えさせてから、生きる意味を考える自我のある種族にする。
つまるところ、魔王軍とは魔王領にいる魔族たちを飼いならすための組織だね。
いま思い出してもそれはとても楽しい時間であった。
あの時代だけはもう一度帰りたいと思うのよね。まあ、時間だけはボクたちの力をもってとしても、時をさかのぼることなんてできないから、良い思い出にしているのだけどさあ。
ボクたちが母神についたことで父神は焦りに焦って、負の力を打ち破るために作り上げたのが聖剣。黒の衣を破ることができる道具。
それを人間たちに託したのは良いが、幾度も送り込んでくる人間の勇者たちはボクたちの前にことごとく敗退したんだ。
ボクたちは神をやめたと言っても人間など相手になれるはずもない。
ボクたちが立ち阻んでいるため、人間の社会にひそんでる父神は、なんと異世界の人間を召喚するという神であるまじきことをしてしまったんだ。最初にそれに気付いたボクが父神に抗議しに行ったね、
場合によってはボクも父神殺しを辞さないと考えたんだ。
まあ、父神を殺すと世界が崩れそうだからそれはしないけどさ。
土下座して哀願する父神、それを見たボクもさすがに気が抜けたよ。
父神は人間といることが飽きたと言ってきた。なんてわがままな神かとボクもムカついたけど、母神の許に帰りたいことを願ってる父神にボクは気が付いたんだ。
こいつは母神じゃないとだれも手綱を握ることはできないと。
だからこの世界の平和のためにボクは父神側についたフリをした。
父神を母神の許に帰し、二度と二人を地上に出させないために。
魔王様である母神はボクが父神と会ったことに大層ご立腹だったが、ボクだけでこの世界に無関係な召喚勇者を帰すことは許してくれた。
ボクが父神を母神の許に帰すことを画策していることも知らず。
呼ばれしのオーブが完成して、勇者が異世界から呼ばれてやってきたんだ。
初代の転移勇者たちはとにかく強かった。付与された能力は異世界の概念によるものでそれが伊達じゃなかった。
人間たちによって真面目に鍛えられた初代転移勇者たちを迎え撃った魔王軍に大損害を出し、魔王領に住む戦いに関係のない者が勇者のレベル上げという能力向上のために殺されたよ。
ボクは父神からもらった呼ばれしのオーブと対を成すという送還のナイフを持って、神の秘密を知られるわけにはいかないから、ボク一人だけで前線に出た。
それこそ激戦に熱戦。
本気だった人間たちから魔王討伐を託されて、熱意のある初代の転移勇者たちの実力は本当に半端ではなかった。
だが戦闘のさなか、戦いに関係がなくただ逃げるだけの魔族が人間に殺された光景を見たボクはキレて本気を出してしまったんだ。
初代の転移勇者たちについてきた当時の人間側の実力者を一人また一人と仕留めていき、ついには転移勇者パーティの戦士であるヤマガタを異世界へ送還させたのさ。
劣勢を感じた初代勇者の決断は早い。
彼は撤退することを決めるとそれからはひたすら逃亡することに専念したよ。さすがは召喚勇者と思ったね。
だけど逃がすつもりなどないボクは先に回り込んで、人間側の集結地であるアインベルトバルク城で彼らを待ち伏せた。
そこが最終決戦地となり、激しい戦闘の末、初代の転移勇者サナダ、聖女タチバナに賢者タケナカはボクの手で送り返したんだ。
こっちの世界の死と引き換えにね。ボクは立ち去る前に茫然自失していた人間たちに言ったんだ。
――今後は転移勇者だけを送ってこい、ボクが水先案内人として魔王城へ案内すると。
ボクが去った後に大破した城を失意の人間たちは放棄して退却した。のちにそれが滅びの城と人間たちから呼ばれたんだ。
それがボク、勇者殺しと呼ばれる魔将軍スルトの始まり。
滅びの城のミズサキアンナイニンの伝説。
魔王と呼ばれる母神は強い。
父神ならなんとかなるだろうと思っているボクでも母神と暗黒神だけは無理なんだ。長い時間をかけて隙をうかがってきたが、聖剣を魔王様に突き刺すことはできない。
勇者たちと交流していくうちにボクも異世界のことは色々と教わったよ。
その積み重ねで知った知識を使って、ボクによる勇者養育計画の本当の目的は母神を呼び出してから黒の衣を壊すこと。
ほら、120人と1人も勇者たちがいれば魔王様も興味を持ってくれるんじゃないかな。
魔王様は確約した退職金を支払うことに応じてくれた。魔王軍の幹部を従えないで魔王領から出てきてくれたんだ。
そこが長年待ち望んでいたチャンス、これを逃したら今後いつ魔王様が背中を見せるかがわからない。魔王様は強くてとても律儀、例え貧弱な勇者であっても侮ることなくきちんと注意を向ける。
その姿勢で魔王様はこれまで無敗を誇っていたのよね。
だが、それがボクから見れば唯一の機会。
120人と1人に注意力を向ければ、ほんの僅かだが注意力が分散する。ボクにはそのほんの僅かだけで十分だから。
父神を連れて母神は去った。
神々だったボクたち魔将三人衆はこんな豊かな可能性のある世界はもう関与しなくてもいいよね。揺り籠からでてよちよちと歩いていた全ての種族はいま、自分の足で歴史を歩んでいる。
神無きの世界はどうなる? そんなの知らないよ。
ルシアスとメリル、ボクことスルトは今後も世界に流れる力だけを見る。手を出すつもりなどない。
種族が争い、世界のバランスが崩れかけたときだけ、ほんのちょっとだけ力は貸すさ。
もう、全ての種族も神だったボクたちも自由に生きていていい時代が訪れたんだ。
だから神の遺産はここで壊す。
呼ばれしのオーブも送還のナイフも役割を終えたんだ。そしてそれが活性力を司るスルト、神だったボクが神々に送るお別れの挨拶さ。
今まで出会ってきた勇者たちの顔が思い浮かぶ。
昼夜に限らず楽しかった会話は今でも耳元に残っているよ。撫でてもらったみんなの優しさいっぱいの手に、向けられてきた素敵な笑顔を忘れることは絶対にないからね。
みんなのことを刺しちゃって、ごめんね。
でもみんなに伝えたかった言葉は、ありがとう。
今から呼ばれしのオーブによる召喚の魔法陣を壊す。これを壊すと呼ばれしのオーブも送還のナイフも崩れ去るんだ。
送還のナイフにはきっちりと最後の役割を果たしてもらうよ。
異世界から来た勇敢で素敵なお兄ちゃんお姉ちゃん勇者さんたち。
さようなら。
ボクの名はスルトだよ。
――パリーンッ
お疲れさまでした。




