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説話173 国王は召喚を急ぐ

「はあはあ、急ぐのじゃ。

 急がないとわしが死ぬ」


 カラオス王国の国王であるヌッジャウチャ四世は死力を尽くすように、王宮の地下への階段を急ぎ足で下りていく。



「やめなされ! もう王国は終わりじゃ。

 無駄なあがきはやめなされ!」


 国王の後ろを宮廷魔法総長のウィービルは、どうにか国王を止めようとして必死に追いかけているが、国王の若者にも負けない足に追いつけずにいる。



 王宮の地下にある厳重に封印されている金属の扉を、国王は胸にある大きな魔晶が嵌められてるペンダントを引きちぎると、魔晶を扉にある窪みに嵌めこみ、金属の扉が大きな音を立てながら開いていく。



「やめられよう、陛下あ!

 もう王国は滅びるのだ。こんなことしてなにになる!」


「うるさいっ! お前は黙って召喚の儀を整えろ!

 勇者どもを呼び出してわしを救うのじゃ!」


 宮廷魔法総長の悲痛の声は国王の心に届くことはない。



 前線から早馬で届いてくるのは悪い知らせばかり。


 二ヵ国連合軍は勇者と称する者たちが率いる農民軍の前に敗れ去り、参戦したナスターガ騎士団長も、第5王子のブッタクサも、ライバーン伯爵も、シネバイたち貴族連合も、みんな行方知れず。


 すでに死んでるとみてもかまわないだろう。



 各地で農民が鋤や鍬を持って王国へ反乱ののろしをあげ、大半の軍力を失った王国にはそれを鎮圧することはできない。


 もちろん貴族領もその例外ではなく、王都にとどまっている貴族の中には、すでに領地が農民によって占領された者も数多くいる。


 彼らは明日を嘆くとともに、無能な国王への敵意を隠さず、剥き出しの牙を向けようとしている。



 王都の城下町は平民が不穏な雰囲気を見せた。


 王都に駐在している兵士は平民に同調しようとする動きがあると、近衛騎士団の団長から聞かされた国王は乾坤一擲の手を打つことに決めた。


 ――王国よりも彼自身を守るために異世界から勇者を召喚しようと。




「陛下、クソ石はまだ魔力が満ちておらず、いま召喚しようとすれば失敗して異世界人が死ぬかも知れぬぞ!」


「それがどうしたっ! どうせあいつらは死ぬんだ。

 それならわしを守ってから死んでいくほうがあいつらにとっても幸せじゃっ!」


「陛下……ヌッジャウチャ。

 お前はそこまで落ちたのか……」


「ええい、この役に立たずのくそじじいがあ……

 ――はよう召喚の儀をせぬかっ!」


 宮廷魔法総長は自分が幼い頃から仕えてきた醜悪な老人の顔を悲しそうに見つめている。



 大した才能はなく、第一と第二王子が病で倒れたため、国王という王位につかされた人の良い青年は王国を一新させるという身に余る大望を抱き、その夢を幼馴染の若き有能な魔法使いに日夜関係なく語り合っていた。


 若き有能な魔法使いには到底叶うことのない子供のような願いだとわかっていても、子供の頃からともに大きくなった国王を見放すことなどできるはずもなかった。



 初めは熱意に燃える若き国王も、それがいつしか貴族同士に日常茶飯事のように起きるもめ事の仲裁に悩み、そのうちに気力を失わせていった。


 公爵の長女ということでもらった王妃とは初めから不仲であり、王国軍は賄賂や暴力沙汰が当たり前のように頻発した。


 民は貧困と飢餓に喘いで苦しみ、貴族と軍人だけが湯水のように金銀財宝を浪費する。


 国中のどこを見ても国王の御心を慰めることなど存在しない。



 宮廷魔法総長からすれば獣人とエルフどもが5年ごとに送られてくる美姫と美酒、それに目を眩むような財宝があの心の美しかった青年を汚染させたのだと今でもそう思っている。


 日に日に高まる貴族どもの圧力の中で、玉座についてから停止させた異世界から勇者の召喚を、疲れ果てて酒と女に溺れる国王は貴族どもからの歓声と称賛の声に再開させてしまった。


 ――あとはもう、坂から転がり落ちるように人は落ちて変わっていくだけ。



 有能な魔法使いは今でも自分を責め続けている。


 なぜ国王が国を変えようとしているときに、自分は諦観を持って仕えていたのだろう?

 

 なぜもっと本気になって国王を支えられなかったのだろう?



 結局、自分も貴族と何らかの変わりはない。


 初めから無理だと決めつけていた。情熱に満ちていた国王を置き去りにしたんだ。


 だから宮廷魔法総長は自分の生涯に課し続けた責務がある。


 ――この年老いて醜くなった国王と一緒に王国の滅亡を見届けてから地獄へ旅立とうと。




「早うせぬか、ウィービル!

 ……もうよい。お前のような役立たずなどに頼らぬわ!

 だれか。だれかおらぬか?

 はよう宮廷魔法師を呼んでまいれ!」


 このおいぼれは気付いていないだろうか、ここには人が誰一人としていないこと。


 宮廷魔法総長はそう思いながら自分が仕える国王を憐れむように目を向けるだけ。



「誰もいないよ? ここにいた者は全員が死んじゃったんだよ」



 涼しげな声と共に魔法陣の中央から急に現れた子供は、それは無邪気で大層美しくはあるが、どう見てもこの世の人には見えないと宮廷魔法総長は心からそう思った。



お疲れさまでした。

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