説話171 元魔将軍はお別れする
時は動いて、この世界に女神様と男神が再臨した。
まあ、男神は失神したままだけどさ。
『女神様じゃああっ! 女神様がまたお見えになられたああ!』
この声はアダムスだね。声が大きいよ。
――いいぞ、もっと叫べ!
女神様の神威にこの場にいる種族たちのほとんどが動けなくなってる。
『勇気ある者たちよ、貴方たちは魔王を打ち滅ぼしました。
もうこの世に魔王はいません。
真の勇者たちにわたくしフレーアから加護を授けましょう。
その加護を持って、全ての人々を導きなさい』
女神様は勇者たちの前に立ち、光り輝く祝福を子供たちに与えた。
あれが女神フレーア様のご加護。
いずれは死ぬことに変わりはないけど、普通の人よりも寿命が長くなり、老いることも無くなる。それに魔力も増えて、毒とかの異常が効かなくなる。まあ、大したものじゃないけど、生きてる時はちょっと助かるってところかな。
――うん? よく見たらイザベラもみんなの中に交えて、女神様のご加護を受けてるじゃないか。
ペットはなにをしてるのかな? まあ、いいか。
イザベラはイザベラだもんね。
『全てのものよ、強く生きなさい。
わたくしフレーアと男神フレーは二度とこの地上に現れません。もう、貴方たちに手を差し伸べることはありません。
はるか昔から願っていたのはこの大地で全ての種族が幸せに暮らしていけること……どうかその願いを、ずっと忘れないでください』
天門が開き、空から舞い降りるのは天使の軍団。その数、数百万。
ど肝を抜かれた人たちが見守る中、女神フレーア様と天使たちに抱えられた男神フレーは天門を通り、そのお姿は天使たちと共に消えていった。
天門は閉じられ、それが地上に向けて開くことはもうない。
さあて。魔王様は消え、女神様と男神も去った。
歴史を地上の生き物にゆだねる時が来た。
これからボクが子供たちへ送る人生の花道を切り開くんだ。
「みんな! よく聞いて。
魔王は倒され、女神様と男神もいなくなった。この地上は今いる生き物のものになったんだ。
だが魔王が倒れても幸せはまだその先にある。
これからボクとガルスとメリルとマーガレットがみんなの道を作るからボクたちの後に続きなさい。
いいかっ! 今後の日々は自分たちでなすべきことを精いっぱいやってね!」
魔王の討伐、女神様と男神の再臨、女神様のご加護、女神様と男神の隠遁、子供たちは急激に変化する一連の出来事についていけないまま硬直してた。
でもやっぱりペットだけはこういうときでも、いつもと変わらずにちゃんと動けるのよね。
「スルトちゃん! ワタクシを置いてどちらに行かれますの!」
「イザベラ、色々と楽しかったよ。きみなら大丈夫、きっとうまく人々を導ける。
それが分かり合えるくらい、ボクときみは月日を過ごしてきたんだから――勇者たちのことは頼むね」
「スルトちゃん! ワタクシはまだまだあなたを養わなくちゃいけませんの。
――だからどこも行かないでくださいまし」
泣きそうな顔でペットが追いすがるように悲痛の声をあげた。少しだけ懐かしさが胸に広がり、そういえばここのところ、ペットの教育はしていなかったね。
これじゃ、ご主人様失格だよね――
「この際だからはっきり言うけどね――イザベラを養っていたのはボクなんだからね!」
もう、このペットは最後になにを言い出すんだよ。
「アールバッツ」
ボクは聖剣を呆けているアールバッツに剣の柄を突き出した。
これもルシェファーレが作った偽聖剣、本当の聖剣は武器じゃなくて黒の衣を壊すための道具さ。
まあ、真実をアールバッツに言うこともないよね。
「スルト兄さん……」
「聖剣を持って人々を救え。
イザベラとよく相談して、みんなのことも面倒を見てやってね」
「スルト兄さんっ!」
「じゃあ、これからボクたちはきみたちの道を切り開く。
その後をちゃんとついて来るんだよ」
言うべき言葉をアールバッツに伝えると、ボクたち四人は子供たちに背中を向け、二ヵ国連合軍のほうへ駆け出した。
後ろのほうで子供たちの泣き声が聞こえてきたが、それで足を止めることはない。
いつかはお別れが来る。
ボクと子供たちがお別れするならそれは今。生きていればきっといつかはまた会えると思うから、それまでに自分の使命を成し遂げてほしいんだ。
目の前にいる今でも動けない二ヵ国連合軍の歩兵部隊をボクたち四人は飛び越えた。
目指すのは二ヵ国連合軍の本陣、そこに貴族連合と騎士団がいる。
新しい世界に腐ったリンゴはいらない。元魔将軍のぼくがそう決めたんだから、こいつらは勇者伝説の幕開けにここで退場してもらう。
後ろについて来るガルス、メリルとマーガレットに目配りすると、三人とも理解したようにボクへ頷いてみせる。
手に魔力をためる。
今から使う魔法は転移勇者のカガが教えてくれたもの。その名は爆裂魔法さ。
ここにいる人たちが見ている中、二ヵ国連合軍の本陣に大爆発が起きた。
「――進みなさい!
スルトちゃんの死を無駄にしてはいけません! スルトちゃん命がけで切り開いた道、勇者らしく前へ突き進みなさい!」
イザベラの絶叫に勇者たちは手に持つ武器をかかげ、後ろにいる農民軍は突撃の体制を整え、全員が乱れ始める二ヵ国連合軍へ向かって一気に走り出した。
お疲れさまでした。




