説話169 勇者は奥義を放つ
「スルトのお力を借り、我は究極の魔法を撃ち放つっ!」
エルネストの掛け声に賢者組から獄炎魔法、極凍魔法、颶風魔法、巨雷魔法などそれぞれ得意の魔法がアールバッツに向かって射出する。
「わが身に捧げるは剣の道なり! 討魔剣気いっ、オーラブレイドおお!」
バルクスが率いる戦士組からは、剣に込められた剣気を手に持つアダマンタイトの剣を振り払うことで、飛び剣気が同時にールバッツに向かって飛んでいく。
「スルトのお力を借り、増大する力を我が同輩に与えたもう!」
フィーリたちの聖女組は能力増強の魔法を唱えて、担当している勇者の攻撃力が倍増させていく。
「剣に聖なる力を宿し、我らは世の闇を斬り払う!」
マルスが先頭に立つ勇者組は剣をアールバッツのほうに向けると、剣に乗せた聖気を彼へ飛ばしていく。
アールバッツは聖剣を空へ向けて高く掲げると仲間からの魔法攻撃、剣気に聖気を聖剣で受け止めて、聖剣は勇者たち全ての攻撃力を圧縮するかのようにまばゆく光り輝いている。
アールバッツは魔王様へゆるぎない自信を込めた視線を向けて、自分の思いを乗せた言霊をぶつけた。
「魔王! あなたに恨みも憎しみもない! ただ、ぼくらが前へ進み行くためにここであなたを倒させてもらう!」
『よい。いままでにない勇者の勇気を見せてもらうゆえ、かかってくるがよいぞえ』
魔王様は神がいない今、間違いなく世界最強の存在なんだ。
そのために彼女は刃を向けてきた者の全てを、律儀に礼儀正しく正々堂々と立ち向かっているんだ。
最強であるがゆえ、負けることがないため、魔王様は正面から来る攻撃を受け止めてから反撃する。
「フィニッシュアタッークッ! ファイナルミーティアスラッシュ!」
アールバッツは足を蹴って空高く飛んだ。
かかげている聖剣に自分の全てをかけて、それを魔王様に放り投げる。
そう。アールバッツたちの最終奥義は最大の攻撃力を含んだ聖剣を飛ばすものであった。
頭上から襲いかかる聖剣を魔王様は最高の微笑みで見つめている。
これほどの攻撃はボクら魔将三人衆でも中々出すことはできないもので、魔王様は右手を飛んでくる聖剣のほうへ上げていく。
全ての負の力は魔王様手のひらに収束されていき、彼女は勝利を確信した。
それは彼女の笑顔を見ればわかる、ボクたちは最初に魔王様に仕えた魔族、だからわかちゃうんだ。
彼女は聖剣しか見ていないことを。
負の力と聖気を乗せた攻撃は激突した。
相反する負の力と聖気がぶつかり合ったときはどうなると思う? 音を立てることも爆発することもなく相殺されてしまうんだよねこれが。
だから魔王様は笑った。
確かに一時的に負の力は消えるが聖剣に乗せられた聖気は完全に消滅させられた。勝利を手にするかのように彼女は微笑んで聖剣を掴んだ。
魔王様が僅かに目を見開いて、手に持っている聖剣を手放そうとしたがすでに時は遅し。ボクは本当の聖剣を魔王様の背中に突き刺すようにして黒の衣を壊し始めた。
『ス、スルト……そなた……』
魔王様の口からうめき声が漏れ、こんなおいたわしい姿なんて本当は見たくもない。
だって、魔王様にお仕えして本当に最高に楽しかったんだ。あんな日々なんてどうあっても二度と帰ってこないよ。
だけどね、こうでもしないとこの歪んだ世界がいつまでも続くだもの。
長い時を使って、考えに考えた末の答えがこれ。
ボクが魔王様を消滅させるんだ。
「魔王様、お仕えできて幸せでした。
スルトがあなたにできることはこれが最後、魔王様、色々とありがとうございました。
すっごく悲しいけど魔王様……
これでさよなら」
別れの言葉を言い終えると、ボクは涙で顔いっぱいにして、魔王様に突き刺すように聖剣を前へ押す。
魔王様はずっとボクのことを見ている。
憎しみでもなく、悲しみでもなく、お怒りでもなく、召喚勇者を刺してきたボクに初めて見る表情をその美しい顔に浮かばせる。
魔王様はボクを慈しんでくれた。
涙で視界がぼやけて、魔王様とともに過ごした日々が昨日のように思える。
でも、それも全て記憶にしか残らないんだ。
もう、魔王はいないから。
「――さあ、顕現せよ!」
ボクはあらん限りの力で悲しみを大声で吹き飛ばすことにした。
役割を果たした聖剣は粉砕し、黒の衣は細かく破れる。
負の力を含む黒の衣の布切れと神力が込められている聖剣の破片は引き寄せるようにして、この場から消え失せていく。
黒の衣が無くなった後に一人の光っている女性がその姿をあらわす。
その女性はボクをたしなめるような目で睨んでくるんだ。
――時が停まり、お隠れになった女神様の再臨さ。
お疲れさまでした。




