説話159 勇者は各地に現れる
涙と笑い声の別れ会の後に勇者たちはそれぞれの思いを胸に秘めて、カラオス王国とワルシアス帝国へ出撃したんだ。
ワルシアス帝国は14組が担当し、カラオス王国は15組が各地へ散らばっていく。
アールバッツたちの特別組は王都と帝都の付近で人々を助けることになった。
子供たちは知らないだろうが、ボクはセクメトにお願いして、デューさんたちが8人一組でそれぞれの勇者の影に二人ずつ隠れてもらったのさ。
危機になった場合はそこから飛び出して子供たちを助けてくれる。
ボクはね、子供を死なせるつもりがないんだからね。
さて、勇者たちはいなくなったけどボクにはまだすることがあるんだ。子供たちに広めさせる噂はカラオス王国とワルシアス帝国の矛先をこっちに向けさせるためなんだよね。
それに備えて作物と薬草の畑をさらに広めるつもり。美味しいご飯はねえ、たくさん食べなくちゃね。
もう勇者候補はいないから、勇者パーティ教育学園の名前を変えた。
イザベラの希望でイザベラ聖学園本校という名前になったのさ。イザベラが喜んでくれるならボクはそれでいい。各組の名前はそのまま残すというのがイザベラの意見なんだ。
勇者組は勇者ではなくて、イザベラが人々を導く政治家みたいな園生を自ら育てていく予定らしい。
戦士組はガルスが担任となって、主に戦闘に長ける軍人さんや冒険者を育成する方針。
聖女組は男女問わずに神の教えを中心とした授業で、アダムスは神々への信仰を人々に伝えていきたいって意気込んでるよ。
賢者組は学問や魔法など知識を教えることで、未来の学者さんをメリルが教育していくということになっている。
ガルスもメリルもイザベラに頼まれて担任を引き受けたとマーガレットが教えてくれた。ボクはペットに毎日することがあればそれでいいんだ。食べて寝てばかりじゃ太るからね、健康管理は大事なことさ。
勇者を育てる仕事はなくなったけど別にボクはすることが無くなったわけじゃない。今日も元気にポーション作り、薬草の栽培と雑草抜きやすり潰しは雇われる人たちの仕事なんだ。
ボクはたまに雑草抜きしか手伝わない。仕事に全部をやってしまうからさあ、ボクがみんなから睨まれちゃうのよね。
今は薬草を煮詰め作業をやっているんだ。
あー、カキカキカキカキカキ――
それ、マゼマゼマゼマゼマゼ――
よーし! 久しぶりに満足のいく煮詰め作業ができたよ。なんでもボクが作るポーションは最高品質だからさあ、高い売値がつくみたいのよね。
このまま仕上げの魔法を込める作業に入りたいけど、マーガレットが怒りそうだからどうしようかな。
「スルト様。ご飯になさってから一休みにして、その後で作業をしてはいかがでございましょうか」
「あれ?マーガレットなの? いつからそこにいたの?」
後ろに振り向くとマーガレットが笑みを浮かべて休憩用のテーブルに座っていて、机の上はボクの食事が用意されてる。
「マーガレットがずっとスルト様を見ておりました。
今までも、これからもでございます」
「そう……ありがとう。マーガレット」
「お食事のほうはいかがなされますか?」
「そうだね。じゃあ、もらおうかな」
ボクは席について、マーガレットが作ってくれた食事を食べるんだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カラオス王国近衛騎士団第九大隊第八分隊第四小隊の隊長は焦っている。
近頃に勇者を名乗る不届き者たちが国内の各地に現れ、全ての民を助けると言って、食糧を分け与えたり、怪我人を治してたりしているらしい。
王都の付近でもその不届き者たちが姿を見せたので近衛騎士団の団長から命令を受けて、村へ聞き込みしようとしたときに、勇者を自称する者たちと出くわしてしまった。
「こいつらを捕らえろ!」
隊長はは配下の騎士団員に指令を下したものの、その勇者と自称する者たちは恐れることもなく、ただ近衛騎士団第八分隊を眺めているだけ。
「大勇者と勇者と聖女と賢者は人々を助けろギャ。
ここはオレだけで十分ギャ」
「わかった、そいつらはお前に任す。戦士」
鎧姿の屈強そうなゴブリンが一人で近衛騎士団第八分隊の前に立った。
「来いギャ! 人間の騎士ギャ」
「ゴブリン風情が人間様の言葉でほざくなっ!」
不審に思った隊長が制止する間もなく、一人の騎士団員が馬に跨ったまま鋼の槍で鎧姿のゴブリンを突き刺そうとしたが、軽やかな足さばきでそれを避けたゴブリンは、背中に背負っている巨大な両手持ちの剣を握ると、一振りだけで馬ごと槍持ちの騎士団員を縦に両断した。
「どうしたギャ? 臆したかギャ?
人間の騎士たちギャ」
近衛騎士団第九大隊第八分隊第四小隊へ威風堂々と手招きするゴブリン。
同僚を殺された騎士団員たちは武器をかかげて、次々とゴブリンに襲いかかる。鎧姿のゴブリンは嬉しそうに笑みを浮かべて、巨大な両手持ちの剣を強く握りしめると、騎士たちからの攻撃を笑いながら迎撃した。
近衛騎士団第八分隊は全滅、荷物持ちだけが生き残って解放された。
彼らは王都へ逃げ帰って、自分たちが見たことをそのまま近衛騎士団の団長に報告した。
近衛騎士団の団長は悩んでいだ。
こうした勇者と名乗る不届き者が王国内で多発している。貴族どもも自分の領地で同じことが起きて、王国軍でどうにかしろと苦情がうるさいのだ。
だがそれはネズミ捕りと一緒で、いつ、どこで自称勇者たちが現れるかは近衛騎士団の団長が知るはずもない。
だから彼は今日も一人で苦悩していた。
お疲れさまでした。




