説話154 勇者は前へ進む
「亡き兄上がこの村を襲撃したことを詫びさせてもらいたい。
償えというのなら貧しいわがヴァツルス辺境伯が賠償金を分割してでも必ずお支払いさせてもらう。
どうかそれでお許ししてもらえないだろうか」
――困ったなあ。
目の前でアルフォンスとクラウディウスの二人が土下座しそうな勢いで謝っているけど別に謝罪もいらないし、償いもいらないね。この人たちが襲ってきたじゃないのにね、律儀な人間もいるもんだ。
それはそうと貧しいとか言ってたね。
ここはイザベラに判断を委ねようかな? 彼女がどんな決断をするのか、楽しみだよね。
「別にいいよ。きみたちがしたことじゃないし、謝ってもらっても困るし、こっちに損害があったわけじゃないから償いなんかいらないよ」
「なんとお心が広いお方でしょう。
わしの……わしの首を刎ねてくれいっ! それでヴァツルス辺境伯を許してくれい!」
なんだこの暑苦しい爺さんは。
いらないよそんなおいぼれの首。あ、そう言えばイザベラの家族の首はどうしようか? 異空間に入ったままなんだけどね。
「そういうのはいいからね……
ねえ、イザベラ。ヴァツルス辺境伯は貧困らしいよ? 君ならどうするの?」
「あら。そんなの簡単じゃありませんの。イザベラ村から余剰の食糧を無償で援助いたしますわ。
ただし、それはヴァツルス辺境伯が持ち直すまでの間といたしますね。それ以後は市場の値段でお買い上げさせていただきますわよ。
オホホホ」
「……イザベラ殿。ご温情はありがたく受けさせてもらう。
どうか今後もヴァツルス辺境伯とイザベラ村は友情の儀を結ばせて頂きたい」
「うおーっ! イザベラ殿お! 民に変わってご感謝致しますぞお!
わしの……わしの首を刎ねてくれいっ! わしの首もって感謝の気持ちをあらわしたいですぞお!
うおーっ!」
も、爺さんは首を刎ねろってうるさいね、そんな首はいらないってば。
それよりもイザベラの判断は支持するさ。うるさく色々と勇者たちの知識を仕込んできた甲斐があったね。
――やったね。
なんでもヴァツルス辺境伯の当主であるブルクハルトは病死。
王都から来たディートヘルムというやつはアルフォンスが忠告したにもかかわらず、暗黒の森林へ行き、そこで魔物に襲われてしまい、首だけはどうにか持って帰ったということになったらしい。
それでアルフォンスがめでたくヴァツルス辺境伯の当主の座を継いで、クラウディウスは騎士団の団長に返り咲いたとアルフォンスが教えてくれた。
今回はお詫びとイザベラ村と友誼を結びたいためにやってきたらしい。
「わしの首を刎ねてくれい!」
爺さん、あんたうるさいよ。死に急がずに長生きしてよね。
襲ってきたヴァツルス辺境伯の前当主とヴァツルス辺境伯騎士団を全滅させたことが、イザベラ村のジャックたち村人の気持ちを高ぶらせたみたい。
「騎士団のやつらは最強なんかじゃない! おれたちだって鍛えればきっとあいつらを倒せるんだ!
イザベラ村の自衛団を作ろう。おれたちが自分の村を守ろう。もう二度とあいつらにおれたちの幸せを奪われてたまるかっ!」
「おー!」
いいねえ、そういう気持ちが大事だよ。
自分のことは自分で守る、強くなる方法くらいはボクが教えてあげてもいいからね。
「そういうわけでなんとかメリル様か、ガルスお願いできないだろうか」
「いいよ。でもね、それは適任者がいるんだよね」
ジャックがボクにイザベラ村の自衛団の設立について教えを乞いに来たんだ。
ボクがガルスたち以外に適任者がいるって言ったから、ジャックが目を丸くしてしまっている。
「アールバッツ。ここに来て」
「はい、なんでしょうか? スルト兄さん」
呼ばれてきたアールバッツは凛々しく成長した。もうどこか気弱な雰囲気を持つ少年なんかじゃないさ。
――さあ、チャンスは作るからここで大きく羽ばたいてほしい。
「勇者アールバッツよ、君に告ぐ。
勇気を持って、イザベラ村の人々を導いてやりなさい」
「はいっ! 必ず成し遂げてみせます!」
勇者養育計画は最終段階の手前まできた。
――魔王様、あなたのことは今でも世界で一番お慕い申し上げてます。
でも世界が前へ進むために、あなたにご退場させていただくことをどうかお許しください。
お疲れさまでした。




