説話152 騎士団長は自分に酔う
「兄上! なにをなさるおつもりですか?
これはどういうことでしょうか!」
「ちゃんとヴァツルス辺境伯様と呼べ、礼儀を弁えないやつめ。
これからおれは騎士団を連れて、ヴァツルス辺境伯様に断りもなく村を作ったやつらを成敗しに行く。
そこでアルフォンス男爵、お前はしばらく謹慎だ。おれがよいというまでこの屋敷を出てはならん」
「兄上! いや、ヴァツルス辺境伯様、どうかおやめ下さい。
その者たちが住んでいるのはどちらの国でもない暗黒の森林です!
こちらに断りを入れる筋合いはないはずだ!」
「くどい!
――だれか、だれかアルフォンス男爵をお部屋に連れて行け。
飯だけは食わせてやれ、一応これでも弟だからな」
ヴァツルス辺境伯ブルクハルトはヴァツルス辺境伯騎士団長ディートヘルムの建言を受け入れ、いつもうるさく領民のためとか進言してくる弟であるアルフォンス男爵を暗殺しようとしたが思わぬ邪魔が入って、暗殺者は全員が殺されてしまったと監視の者から報告をうけた。
その際、暗黒の森林に豊かな村ができたと監視者の知らせに、ディートヘルム騎士団長はヴァツルス辺境伯ブルクハルトをそそのかし、その村へ懲罰という名目の略奪行為を働こうと騎士団の出撃が決まった。
同行するのは騎士団員の身分はあるものの、その実は王都から雇った100人の手練れのならず者ばかりだ。
彼らはこれから村で起ころうとする血煙と慟哭の光景を想像して卑しい笑みを見せている。
前回のワルシアス帝国との戦いで、彼らは思う存分にワルシアス帝国の村々で殺人や強姦を楽しんできた。それがまた出来ることに全員が心を躍らせてる。
「ヴァツルス辺境伯をないがしろにする輩に正義の裁きを下してやる!
者ども、出撃だあっ!」
「おーっ!」
ヴァツルス辺境伯ブルクハルトとヴァツルス辺境伯騎士団長ディートヘルムの二人に率いられた騎士団というの名を持つ盗賊はいま、スルトたちが待ち構えてる死の村へ、高まる興奮と抑えられない歓喜を胸に抱いたまま、怒声をあげながら駆け出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「虫がきたね」
最初に声を出したのはメリルだった。
彼女は村の外をジッと見ていて、その横にスルトがゆったりとした歩きで近付く。
「ねえ。今度はあたしがやっちゃっていいの?」
「こんなのきみの手を煩わすまでもないさ、ボクがやるよ」
「そう、村人は避難させておく?」
「なんで? なんも危険もないのになんで避難するの?
いつも通りでいいよ。すぐに終わるからさあ」
「そ。じゃよろしくね」
「アールバッツたちを呼んできてよ、こういうのは見慣れたほうがいいさ。
ミールたちはダメだけどね」
メリルは手をひらひらと振ってから、寮のほうに向かって歩いていく。
スルトのほうはずっと先までメリルが見ていた方向に目を向けていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お前らがこのヴァツルス辺境伯に断りもなく村を作った不届き者めか!」
「え? なにそれ、美味しいの?」
怒鳴ってるヴァツルス辺境伯ブルクハルトにスルトは恐れた様子をみせず、涼しげな表情で答えた。
村人たちは騎士団の襲来に震えあがったが、スルトはいつもの日常を送るようにと言いつけたので、ジャックたちは騎士団に恐怖を感じながらもなるべく変わらない日々の営みを過ごすように振舞っている。
「恐れを知らぬ小僧だな。
こちらにいるのが前回のワルシアス帝国との戦いで武功を上げたヴァツルス辺境伯ブルクハルトだ! 跪け!」
「え? なにそれ、美味しいの?」
ヴァツルス辺境伯騎士団長ディートヘルムは、その美しい顔をした少年が気に入った。
こいつは殺さずに捕まえて、夜な夜な泣かせてやりたいと彼は思った。だがこの少年はこの状況に恐れる様子を見せることもなく、彼の恫喝の言葉を茶化すような返事をしてくる。ディートヘルムはそれが気にいらない。
周りを見ると村の女性は上質な服を着ているが、あれはディートヘルムも見た記憶がある。
王妃が身に着けてたアラクネの糸で作ったドレスとよく似ている。ディートヘルムにこの村が豊かであることは一目でわかった。
収穫したばかりの小麦が馬車に山積みしてるなんて、ヴァツルス辺境伯の村々ではありえないことだった。
後ろにいる盗賊も同然の騎士団員は、これから始まる彼らが主演する惨劇に、これまでにないくらいやる気を高揚させていた。
ヴァツルス辺境伯騎士団長ディートヘルムは右手を上げ、それを合わすようにスルトも右手を上げる。
ヴァツルス辺境伯騎士団長ディートヘルムは勢いよく右手を振り下ろし、これが騎士団員へ示す襲撃の合図だ。
ディートヘルムは村人の血と叫びに酔おうと高笑いしていたから、スルトのほうも右手を振り下ろしたことに気付いていない。
ヴァツルス辺境伯騎士団長ディートヘルムが周囲の変化に気付いた時、彼ら全員が恐ろしい鎧を着た魔物に囲まれていた。
お疲れさまでした。




