説話150 元同僚は暗殺者を斬る
私は暗黒の森林の近くにあるヴァツルス辺境伯家の次男であるアルフォンス男爵だ。
父上である先代のヴァツルス辺境伯が亡くなってから、兄のブルクハルトが後を継いだのだが、王都育ちの兄上は父上と違って、民に圧政を敷いている。
前回のワルシアス帝国との戦で、兄上が領内で徴兵した領民は二割以上が帰って来なかった。帰って来た者たちの三割以上はなんらかの障害を負い、彼らの家族と将来のことを思うと心が痛い。
父上の代から仕えているヴァツルス辺境伯騎士団の団長であるクラウディウス殿は、戦から帰還後に当主である兄上を強く諫めたが引退させられた。
兄上が王都にいる時からのご友人である、ディートヘルム殿といういけ好かない男がクラウディウス殿の代わりに騎士団の団長になった。
ディートヘルム殿は兄上以上に強欲な男で、兄上の命令で働き手を失った村々から戦争復興税という意味がわからぬ臨時税を強制的に取り上げてる。
古参の騎士団員から伝え聞くと、兄上が決めた税率以上にディートヘルム殿は領内の村々から金品を強奪してるみたいだ。戦争復興税を払えない場合は奴隷商人に領民が家族ごとを売り払われたことも耳にした。
ヴァツルス辺境伯領……いや、このカラオス王国という国はいったいどうなっていくのだろう。
心を痛めた私は引退したクラウディウス殿を伴って、村々の現状を見るために軽装で外遊することにした。
ヴァツルス辺境伯である兄上に外遊したいことを伝えると、ディートヘルム殿がなにやら兄上に耳打ちしてるようで、兄上はあっさりと私の外遊を許してくれた。
――畜生、あのディートヘルムという男に謀られた。
今、私とクラウディウス殿は凄腕の暗殺者達に追われている。
「アルフォンス様! 先に行かれよう。わしがあやつらを止めてみせますぞ!」
「だめだ! クラウディウス殿が死んではならない。
あなたはこれからもヴァツルス辺境伯家に必要な人だ。ここで死ぬことは許さん!」
「アルフォンス様……」
「口が達者の御老人だ。
そんなことを言ってる暇があるなら一緒に逃げ切ってみせろ。いいなっ!」
――ここまでか。
暗殺者達は私とクラウディウス殿が乗ってる馬を狙ってきた。
落馬した私とクラウディウス殿は今、50人は超えている暗殺者に囲まれてる。これから兄上たちにますます搾取されていくであろう領民たちのことを思うと胸が痛む。
――私に力がないばかりにすまない。本当にすまない。
「なんか人間が面白いことしてるのね」
「ふむ、2対53か。中々の見物だな」
私と暗殺者たちは声がしたほうに目を向けると、そこは剣を携えた大男と麗人が立っている。
「見られたらマズい、あいつらを殺せ」
「女は殺すなよ! 貴族の坊ちゃんと爺さんを殺したら血の気で騒いだ体を鎮めたいからな」
暗殺者たちは私とクラウディウス殿を斬ろうとした武器を男女二人組のほうへ構えなおした。
「なにやつかは知らんが、ここにいたことを悔やむがいい」
暗殺者の人が男女二人組に殺意を向けた。
どこのどなたかは知らないがすまない、私のことで巻き添えを食らってしまった。
「あら? こいつらはあたしにいやらしい目で見てきたわ。
死にたいらしいね」
「メリル、われに任せろ。
死闘を挑まれて立ち会わぬのであらば、魔剣ルシェファールが嘆く」
「そう、じゃお願いね」
「ああ」
男女二人組は暗殺者たちに怯えることがなく、ごく自然に会話してた。
――なんだ? あの余裕は。
「クラウディウス殿。この者達をどう見るか」
「……」
クラウディウス殿は体を震わせていて、ただ大男のことをジッと見つめてるだけだ。
――どうしたのだろうか。
「汝ら。好きにかかってくるがいい」
大男の放つ異様な雰囲気に暗殺者達は身動きをとれなかったが、大男の言葉で我に返った暗殺者達は一斉に大男へ飛びかかる。
「――斬っ!」
声と共に眩く光った一瞬に私は思わず目を閉じてしまった。目を開けたときは信じられない光景がそこにあったのだ。
たったの一振りで暗殺者達の全員が両断されてた。
「つまらぬものを斬った。魔剣ルシェファールがまた嘆く」
「だからあたしがやるって言ったのに……
ガルスは戦うことになると本当におバカだねえ」
麗人はそれが当たり前のように大男を笑ってるようだが、この人たちは何者だ。
お疲れさまでした。




