説話140 元同僚男は堂々とやって来る
ユナとナルはいつも子供たちと遊んでくれる。
特にナルのほうは勇教園の授業まで出て、いつの間にかメリルから勇者候補に認定され、今は子供たちと一緒に学んでいるんだ。だからね、ボクはナルのために彼女の制服や勉強するための道具を作った。
これで勇者候補は116人だね。
制服を着たナルは女の子たちからすると可愛いお人形さんにみえたらしく、ナルは今、女の子たちに大人気だよ。
メリルも面白がって着せ替えの服を作ったり、ナル専用のお部屋を居間で構えたりして、すっかりみんなの人気者になったナルは毎日元気よくこの一帯を飛びまわている。
そのナルがお客さんを連れてきてくれたというか、厄介事を持ってきてくれたというか。まあ、その魔力の大きさでボクもすぐに誰が来たかがわかったのだけどさあ。
でもねえ……
暗黒の森林の前でボクは無言でその男と見つめ合ってる。
こんなところに居ていいはずがない人がここにいることに、さすがのボクも困惑せずにはいられなかった。
魔王軍序列一位の不動の魔神である魔王将アガルシアスが魔剣ルシェファールを引っ提げて、意味もなく威風堂々とそこに立っていた。
「ねえ。聞きたくないけどとても大事なことだから聞くね?
なんでガルスがここにいるわけ?
まさかきみも追放されたというわけじゃないよね?」
「われ、魔王様に言った。スルトに逢いたいと。
魔王様は嘆く、みんなはわらわを置いてスルトの所に行く。ガルスもさっさと出て行きなさいと。
魔王様は壊れない木製コップなど投げ捨てて、お皿を下げさせてからテーブルをひっくり返して、大声で怒鳴りながらとても快くわれの追放を気持ちよく申し付けてくれた」
「それ、快くないし気持ち良くもないよね? 魔王様は思いっきり怒ってるよね?
あの人は拗ねると大変だよ? 三日はご飯を食べないよ? 午後三時のおやつと夜食だけはきっちり食べるけどさあ。
どうするつもりだよ、まったくもう」
「われ、行くところがない。スルトに頼るほかない。
われをここに置いておくがいい」
物に動じないというのかな、それともただなんも考えていないというべきか。本当にガルスは昔からこういうやつなんだよ。
「ねえ。この人だれ? 不動の魔神って言ってたわ。
とても強いけど怖くないの」
「ああ、ガルスと言ってね、魔王軍序列一位の不動の魔神である魔王将アガルシアスだよ」
ナルが草原で遊んでいたらガルスを見つけたらしい。
ボクが駆けつけたときはすでに二人は仲良く話していたよ。まあ、魔族の子たちにはイザベラ以外、ボクたちが同じ魔族だってことは知られているよ。
バルクスたちは子供たちを混乱させないため、みんなに伝えるつもりはないって言ってくれた。
「われは元魔王軍序列一位、現在は位無し。スルトは間違っておる」
「はいはい、そうですね。元とは言え、今ここに魔王軍の序列前三位が集まってるよ。
魔王様をどうするのさ」
「大丈夫。われの後を継ぐのはネクロマンサーのブッチャクだ。心配はいらぬ」
「ネクロマンサーのブッチャク?」
だれだそれ。うーん……あっ、いたよ。確か魔王軍民生用品輸送兵団の一小隊長であったね。
ボクの領地を担当していたからブッチャクとよく話をした。ネクロマンサーであるブッチャクはスケルトンを使役するから、軍略とか戦術のことを彼に教えていたね。
ブッチャクは心優しく穏やかな性格しているから、魔王様に仕えるならちょうどいいとボクも思う。
ガルスはそういう人物の見抜きを間違えるはずがない。
魔王様に仕えて悠長な時間が過ぎた。
ボクたちが魔王軍のトップに立って、魔王領を導いていく時代はとうに終わっているのよね。今の魔王軍ならボクたちがいなくても魔王様の許で難なくやっていくことができる。
ガルスもちゃんと考えた上で魔王軍を去ったのかもしれないね。
それにね、これは天意だと思うんだ。
魔王様を倒すときに悩ませてくれた一番の難関が不動の魔神である魔王将アガルシアス。
魔王様に対してもっとも高い忠誠心を持つガルスが魔王様の前で立ち阻む限り、ボクであっても突破は難しいのよね。その魔王将アガルシアスが自ら来てくれた。
これはもう魔王様を倒す時期が来たということだね。
え? ナシアース・メリルはって? 彼女は大丈夫だよ。
ボクが魔王様を倒すって意思を示したとき、たとえ魔王軍に彼女がいても必ず引いてくれる。そういう以心伝心の信頼はボクとメリルの間にはあるんだ。
チラッと暗黒の森林のほうを見たけど、オーガさんたちとオークさんたちの森林巡邏隊が木の後ろに隠れてこっちを覗き込んでる。
わずかだけどくさい匂いがそっちの方向から漂ってきて、さては彼たちまた漏らしをしたんだね。お気の毒に。
うん、食堂のほうでメリルとマーガレットが説明を待っているはず。
森林巡邏隊が安心して撤退できるようにボクはガルスを連れて寮に戻ろうかな。
お疲れさまでした。




