説話124 森の賢者は希望に喜ぶ
森の賢者アダムスの話に子供たちは声を上げることもなく、まるでおとぎ話を聞いているように楽しそうにアダムスのほうに注視してるよ。
よかった。歴史を多く知るアダムスが語る神話を、子供たちが聞けることも天の導きってやつだとボクは信じるね。
魔王様という異物をこの世界から退場して頂くのは天の意思さ。
『最初に呼び出された召喚されし勇者たちはツワモノ揃い。
彼らはその強大な力を持って、魔王の手下である魔王軍を打ち破って行き、無人の野をゆくがごとく魔王領の奥地にある魔王城へたどり着こうとしたときに、魔王軍の幹部がその前に立ち阻んできたのじゃ』
子供たちはこのくだりに耳を澄まして聞き入ってる。
勇者の話ってさあ、子供にとっては心を躍らすのよね。でもまあ、本当に初代の召喚勇者たちは強かったよ。いまでも歴代の勇者ではナンバーワンってやつだね。それと彼らは奥地なんて行ってないよ? 魔王城の近くまでは来たけど。
その後は彼と彼女たちを倒したボクが刺しちゃったけどね。
『その名は今となって伝わっておらんが、かの魔王軍の幹部はとんでもなく恐ろしく、召喚されし勇者たちとともに行動した当時の人間側にいる最強の冒険者たちや騎士団はやつの前にことごとく敗退してその命が失われたのじゃ。
ついに召喚されし勇者たちもまだ健在だった滅びの城で混戦に激戦の末、その魔王軍の幹部にうち滅ぼされたと言われるじゃよ』
子供たちから大きなため息を漏らしてしまったね。
ごめんね? お話のご期待に沿えなくて。だって、ボクは魔王軍の幹部だったんだもん。
『その時に魔王軍の幹部が撤退する人間たちに言い残したのがミズサキアンナイニンの伝説じゃよ。
今は名が残されていない滅びの城に勇者だけを来させろ、されば魔王の御前に勇者が辿り着くのだろうと。
それ以来、転移勇者たちは幾度も呼ばれ続けられてきたが未だに魔王を打ち倒す勇者が現れることはないのじゃ。
嘆かわしいことよのう……』
ごめんね、アダムス。転移勇者たちはボクがきっちり刺して、みんなをお家に帰してきたんだ。
『だがしかしっ! ここに来て光明があらわれたのじゃああっ!』
ねえ、アダムス。いきなり大声を出さないでほしいなあ。
子供たちが隣の子に抱き着いてびっくりしてしまったじゃないか。
『スルト殿からお前たちを勇者に育てることを聞いたのじゃ、わしは嬉しく思うぞ。
そうなのじゃ、魔王を倒すのは関わりがない他人の手を借りてはいかーんっ!
わしらの世界の人が魔王を倒し、世界に再び光をもたらすのじゃあ!
魔王とその手下である魔王軍に脅かされてるこの世界を、お前たちがその脅威を取り払うのじゃっ!』
いやいや、ちょっと待てねアダムス。
魔王様も魔王軍も魔王領から出ていないよ? 世界を脅かしていないよ? なるほどね、人間側ではそういうことになっているんだね。
『人間はいつしか神を敬わなくなり、その精神が落ちぶれて、神の憐みであるはずの転移勇者たちを自分たちの賭け事の対象として魔王の討伐に向かわせておる。
転移勇者たちをはいまや可哀そうな奴隷のようなもんじゃ。
それに失望したわしは世界を彷徨い、どうにか魔王を倒す方法をずっと長い間探し求めてきたのじゃよ……』
へえ、アダムスはそんなことを考えてたんだ。尊敬しちゃうね。
『喜べっ! 子供たちよ! 否、未来の勇者たちよ!
わしは、わしはついに男神フレー様か、もしくは女神フレーア様を見つけたのじゃああっ!』
「ひっ!」
だからアダムスってばあ、子供たちが驚いて悲鳴を上げてるなじゃないか。
それより、男神か女神かを見つけたってどういうこと? それはぜひ聞きたいよ。
『わしは世界中の色んなところを回ってきたが、ついにこの暗黒の森林で神々しい存在を発見することができたのじゃっ!
間違いない、暗黒の森林の最深層に神様が隠れておられる。あんな神々しく存在感を示せるのは神様しかいないのじゃ!
神の御力とスルト殿に鍛えられたお前たちならきっと、魔王を打ち滅ぼしてくれるに違いないぞ。
わしは……わしは長生きしてよかったのじゃああっ!』
「ひっ! こわいよ」
「こわいなの」
ガクンと全身に脱力感が走り抜けていく。はああ……
ごめんね、アダムス。
きみが生涯をかけて探し求めて、やっと見つけたのは神じゃないね。まあ、神に近いと言えば近いだけどさあ。それを目の当たりにしたとき、君は失望感でボク以上の脱力感で萎えちゃうよ?
子供たちが勇者になるまでは自殺はダメだからね。
それと、ここ大事なんだけどさ。よくもミールとエリアスを怖がらせてくれたね。この毛玉をどうしてくれようか? いっそうのことイザベラにプレゼントしちゃおうかな。
お疲れさまでした。
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