説話108 元魔将軍は午後を過ごす
お昼寝、なんていい響きがする言葉なんだ。
魔王軍の規則を決める時も、お昼休みをねじ込んだものだよ。
寝るにしろ寝ないにしろ、お昼はねえ、ゆっくりしたいものなんだよね。
子供たちが寝静まる寮の中、ボクは自分の部屋の扉を開けて、そーっと中を覗いてみる。ベッドの布団は平ぺったい、人の形をした隆起がない。
――よしっ、今日はマーガレットが来てないから右手に持つハリセンは異空間に直す。
雨が降っていないときはセクメトに布団を干すように命じてあるんだ。
もっともそれをやっているのはリビングアーマーなんだけどさあ。干した布団はフカフカでいい匂いするから、だれがやったっていいか。
午前中のお仕事は雑草抜きだけだから、今日はポーション作りの作業がない。
というよりも作れないんだ。
もう倉庫がポーションを詰めた木箱でいっぱいだから。異空間に入れたらいくらでも入るけどそれはしない。やっぱりね、ああいう風に積み上げた木箱を見ると、作ったぞお! という満足感がたまらないのよね。
そういうわけだから今日の午後は釜洗い。道具はねえ、綺麗にしておきたいのよね。それじゃあ、お昼寝です、おやすみなさーい。
「ねえ、マーガレットはわかってるけど、イザベラまでなにしてるんだい?」
起きたら布団がなくて、全裸に近い薄い寝間着を着たマーガレットとイザベラが、ボクを左右から抱きかかえるように寝ていた。
「え? マーガレットがね、ワタクシに教えてくれましたのよ? スルトちゃんは肉布団が大好きみたいですわね。
だから二人で肉布団になってさしあげてますのよ。オホホホ。」
――そうかそうか、そうですか。
近頃は構えてあげられなくてペットも寂しかったんだね。
――そうかそうか……
「イザベラお嬢様。お頭にお気を付けてください。」
「へ? なんですの?」
シュッ スパンッスパーンッ
釜洗いも楽しいね、うん。
ポーション売りを決断した自分にご褒美あげたくてしょうがないよ。ピッカピカのテカテカに、ボクは洗いあげた釜の美しさに惚れ惚れと見とれてしまった。
「スルトお兄ちゃん、いまいい?」
「いまいいなの。」
釜を拭きあげてるボクの後ろから、ミールとエリアスの声がしたので振り向いてみた。
ミールたちが目だけで見上げるようにボクのことを見つめてくる。
「やあ、ミールとエリアス。どうしたかな?」
「あのね……ミールとあそんでくれる?」
「あそぶなの」
そう言えばこの子たちと今日は遊んでないよね。
もちろん色々と教育を受けさせて、今後の人生に役立つことを身につけさせることも大事なんだけど、その前に子供たちはいっぱい楽しい思い出をつくることも、人生には欠かせない大切なことなんだよね。
――よし、今日のお仕事はここまで。
「ミールとエリアスはなにして遊びたい?」
「おにごっこっ!」
「ごっこなの。」
鬼ごっこだね、いいよ。それは勇者たちがボクと一番遊んだお遊戯なんだ。
これをボクは子供たちにも教えてあげた。鬼はね、あいつしかいないのさ。
「セクメトを呼んで来ようね。」
「うん! いま行く!」
「いくなの。」
鬼は地獄からやって来る。
そういう言い伝えが人間にはあることをフィーリから聞かされた。だったら鬼の役ならあいつしかいないもんね。
夕食を済ませた後に今日はアールバッツたち男の子と大浴場へ一緒に入って、水をかけ合う遊びして、お互いの背中を洗い合った。
こういうゆったりとした日々もきっと必要だと思う。うん。
それにしても今日のマーガレットは大人しい、ちょっかいかけてくることは一切なかったね。諦めてくれたかな?
そうだとボクも嬉しいけどね。
「ねえ、マーガレットもイザベラもそれはわかったけど、セクメトまでそこでなにをしてるの?」
ベッドの上に、もうそれは脱いだほうがいいじゃないみたいなスケスケの薄い寝間着を着たマーガレットとイザベラとセクメトが寝そべってる。
――ところでボクのフカフカ布団はどこへ行ったのかな?
「あ、スルトさまあ、これ新刊ないの?
新刊くれたらさあ、ウチはそれを読んでるからあ、その間に肉布団でもなんでも好きにしてていいよお。」
「スルトちゃん、男の子ですから照れてはいけませんよ?
お姉さんが手取り足取りで教えてあげますわ。オホホホ……
ねえマーガレット、こう言えばよかったのかしら?」
――異空間から説教の道具を出すね。
「はい、イザベラお嬢様。それでようございます。殿方を上手にお誘いするのもレディの務めでございます。
それとセクメトちゃん、頭に気を付けて」
「ほえ?」
スタスタスタ……スパンッスパンッスパーンッ
お疲れさまでした。




