説話106 元魔将軍は元侍女に願いを伝える
マーガレットはボクにハチミツ牛乳のお代わりを要求してきた。
最初にボクの所に来たときに、食べ物を一切食べなかった彼女がこれで食いついてきたからね。マーガレットがボクのほうへ見てきたので、そろそろ話を再開しようか。
「マーガレットは魔王様が自ら戦ったことを見たあるのかな?」
「……ありません。スルトたちが出れば大抵の敵は倒せるから」
「じゃあ、ボクたち魔将三人衆がなぜ魔王様を戦わせないと思う?」
「魔王様を倒させないためなのでは?」
「違うね。
もし魔王様が身に着けてる封魔のドレスを脱いで、真の姿になられた時に世界が破滅するかもしれないからだよ」
「え?」
マーガレットが固まってしまったね、気持ちはわかるよ。
このことは男神以外に魔王様と激突したことがあるボクたち魔将三人衆しか知らないだもん。このままでは世界が破滅すると恐れたボクたち三人は、あのときに彼女の下に付く決意したんだ。
――魔王を戦わせるなと。
「――黒の衣」
「え? なんですかそれ?」
ボクからの突然の言葉にマーガレットがきょとんとしたよ。
――あはは、面白いね。彼女が子供の頃に戻ったみたい。
「魔王様が身を現したときのお姿なんだ。
それを見た強者のほとんどは魔王様と戦う気持ちを抑えることができず、全力を持って魔王様とどちらかが息絶えるまで戦い続けるんだ。
そのときに魔王様と対峙した者に力があればあるほど、天は裂き、大地が割れ、想像をするだけで恐ろしい被害を出してしまうんだよ」
「そんな……」
「魔王領にある無影の砂漠って知ってるよね?」
「はい、生き物はなにもなく、生命がそこにいることを拒んでいると言われる広大な砂漠。
それが?」
「そこが魔王様とまだ魔将三人衆じゃなかったボクたちが戦った場所」
「……」
「魔王様の恐ろしさに気が付いたボクが他の二人を説得して、魔王様に従うことで戦いを終わらせたんだ。
あのときはボクであっても高揚する戦意を抑えることが困難を極めたのさ。
だから、魔王様を倒さない限り、この危険がいつまでも続くんだ」
「だからと言ってなにもスルトが……」
ボクと魔王様を敬愛してやまないマーガレットはきっと、ボクと魔王様が争う場面を見たくないのだろう。
「魔王領に生きる魔族では魔王様と対等に戦えないよ?」
「――はい?」
目を丸くしたマーガレットがとても可愛い。普段もこういう姿であってくれればいいのにね。
「黒の衣に対抗できるのは、神々のお力を借りた聖気だけ。
魔王という、神とかけ離れた存在を敬う魔王領の魔族ではその恩恵を受けることはできないのさ。
それができるのはほとんどしなくなったとはいえ、いまも神々を敬う人間側でしかできないことなんだ」
「……」
「天地創世のとき、男神と女神に暗黒神はねえ、全ての種族が地上で望む幸福に包まれて生きてほしいと願ったんだ。
暗黒神が地獄を作られたのも魂の再生と黒く染まられた魂を浄化するため、それでご自分が地の底にいることを自ら課したのさ。
ネチネチとうざいおじさんだけど、さすがは神の一柱だよね。
実はね、ボクも願ってるんだよ? この地上が再び楽園になることをね」
「……」
「マーガレットは手伝ってくれるかな?」
マーガレットが黙り込んでしまった。
彼女の返事次第ではいくら彼女を子供から育ててきたとは言え、ボクは全力で彼女をやっつけてから、ボクの影にある異空間に監禁する。
ボクに魔王様を倒す時期は今にしか見い出せないから。
――でも、願わくば従ってほしい。
彼女に手は出したくないし、子供たちがねえ、マーガレットにすごく懐いてるんだ。
彼女がいなくなるとわんわんと泣くだろうし、ボクも大事な先生候補を無くしたくない。
「……御身の願いのまま、アーウェ・マーガレットはアーウェ・スルト様に従います。
たとえ御身の敵が魔王様であろうと、我が名にかけて貴方様に従い、身命をかけて戦いましょう」
「ありがとう、マーガレット」
マーガレットはボクの願いを聞き入れてくれたんだ。
――よかったあ。
それはいいけど、なぜそそくさと全裸になってボクのベッドに入り込むんだ? 意味が分からないけど。
しかもさあ、布団をあけてボクのほうへ手招きしてるよ?
「ねえ、なにしてるの?」
「スルト様、大願成就のために、たとえスルト様の代で果たせなくても、お子様さえおらますれば必ずや悲願は果たされましょう。
不肖、このマーガレットが体を捧げて、ここはぜひスルト様に子作りを励んで頂きたく存じます。
ささ、ご遠慮なさらずにこちらへ、ささ」
スタスタスタ……スパーンッ
お疲れさまでした。




