説話11 魔将軍は同僚にかみ付く
「はて、たいしょくとは異界の言葉で責務をやめたいということであろう? そなた、魔王軍をやめたいと申すのか?」
上座にいる魔王がなぜかいつも巨大なテーブルの一番奥の隅で座ってるスルトへ向かって、不思議そうな顔で問い質す。魔王からの問いかけにスルトは一回だけ頷くと、その決意を魔王に示した。
「解せぬ。わらわはそなたに十分に報いてやっておるつもりだが、そなたになんの不満があろう。申せ、わらわもちゃんと考えるぞ」
「不満はありません、魔王様から十分に恩賞をもらい受けていますから。ただ――」
魔王から慰留を受けたスルトは視線を長くて巨大なテーブルの右側へ目を向ける。
「妬み」
右側の席に座る魔族たちが一斉に顔を背けた。
次にスルトは視線を長くて巨大なテーブルの左側へ目を向ける。
「嫉み」
左側の席に座る魔族たちが一斉に顔を背けた。
「そういうことでボクもなんだか疲れちゃいましたので、退職するから退職金をください」
魔王がなにかの言葉をかける前に魔王の横に座ってる、魔王軍序列一位である不動の魔神と呼ばれた剣王将アガルシアスが閉じていた目を開き、スルトのほうへ重々しく命令するように言葉を告げる。
「汝、アーウェ・スルトは魔王軍をやめることは叶わぬ。われ、アガルシアスがそれを許さぬ」
ここにいる全員は、魔王とスルト以外に大きなどよめきとざわめきが至るところで湧き上がる。不動の魔神アガルシアスが人前でなにかを話すのは古株の幹部を省いて、ほとんど誰も聞いたことがないから。
「いや、やめるねボク。ガルスのいうことでもボクは聞かないよ? やめるったらやめる」
「汝、強情者スルト。久方に汝と刃を交えよう、力づくで止めて見せようぞ」
アガルシアスの厳しい口調に、スルトはすねた表情でプイっと顔を横に向ける。
アガルシアスは腰にぶら下げていた魔剣ルシェファールを抜き、辺りに輝かんばかりの光が一瞬で満ち溢れた。魔剣ルシェファールは太古より空を切り裂き、大地を叩き割り、立ち阻むものの全てを斬り倒すと言われたほどの伝説的な魔剣。
一方、スルトの周りから魔力による火花が飛び散り、空間が歪められ、周囲の魔力が一気にスルトへ集まりつつあった。強大な魔力の放流による時空震に、魔王軍の新しい幹部たちは思い知らされる。これが魔王軍最高の魔法使いと呼ばれたアーウェ・スルトの本当の実力と。
力のアガルシアス。
魔のアーウェ・スルト。
この二人に魔王領の各地を巡回視察している技のナシアース・メリルが加われば、それが魔王と共に魔王領を切り開いた伝説の三人。魔将三人衆と呼ばれた魔王軍最強にして至高のつわものたち。
そのアガルシアスとアーウェ・スルトが今、まさに激突しようとしている。
『やめないか! ばかものども!』
魔王による本気の咆哮は、ここにいる魔族たちの魂を震わせるほどの怒声であった。
お疲れさまでした。




