説話100 元侍女は実況する
「はい……はい、とても元気にしておられました。御心配なさった様子はまったくございません。
……はい……そうです、相変わらずご飯を食べられる様子はございません。それだけが心配でございます」
「ねえ、だれと連絡してるの?」
「あ、いま横に来られましたので今日のご報告はここまでと致します。
……はい、わかりました。また随時ご連絡致します魔王様、失礼致します」
マーガレットがスマホみたいな魔道具でだれかと連絡してたから彼女に声をかけたんだ。
まあ、ボクでもケイタイは作れたんだから、魔王様ならスマホの一つや二つなんて問題はないはずさ。
「今の、魔王様?」
「マ・オウフ様です」
「え? だれそれ?」
「あたくしの後釜に魔王軍の幹部になられたマ・オウフ様です」
おっかしいなあ。
魔王軍に最初期からいたボクなんだけど、そんな変な名前の魔族なんて聞いたことがないや。魔王様とほとんど変わらない名前なら覚えやすいだけどなあ。
「でも、それだと呼ぶときはマ様とかオウフ様にならないかなあ?」
「いいえ、マ・オウフ様です」
「……機密もあるから聞きたくはないけど、なんの連絡なの?」
「あたくし、スルト様が行かれてから魔王軍で極めて多忙な職務についております。
自分のお部屋の風呂を洗ったり、棚や机を拭いたり、床を掃いたりして毎日が大変なんでした。
その詳細についてご連絡致しました」
「それってただのお掃除だよね?」
「スルト様! お掃除を簡単なことだなんて思ってはいけません!
お掃除こそ毎日規則正しくかつ几帳面にしておかないとなんとおお!」
「なんと?」
「塵や埃が積もっちゃうんです」
「そりゃ積もるよね」
二人して真顔でなんのことでボクはマーガレットと会話してるんだ。
もういいや、ほうっておこう。この子との会話で疲れるのはなにも今に始めたことじゃないし。
ボクは仕事の薬草摘みしてる。普段なら夢中になるこの作業も今日だけは違った。
なぜか横でスマホを掲げたままマーガレットがついてくる。
「ねえ、なにしてるの?」
「魔王様にスルト様の実況をお送りしております」
「魔王様?」
「マ・オウフ様です」
「……」
いかんいかん。薬草は今が摘み時だから気を取られるな、ボク。
午後の休みでボクは寝起きした小さな子供たちとボクが作った積み木で遊んでる。
今もボクの隣でスマホを掲げたままマーガレットがついてきた。時々クスリと優しい笑顔を見せてくる。
「ねえ、なにしてるの?」
「魔王様にスルト様の実況をお送りしておりますが、子育てがとてもお上手との仰せでございます」
「魔王様?」
「マ・オウフ様です」
「……」
あ、積み木が崩れて女の子が泣き出した。遊んでるときはマーガレットのことを気にしちゃダメだ、
一日は慌ただしく過ごしていき、今はお楽しみのお風呂タイム。
言うまでもなく、湯船の中でスマホを掲げたままマーガレットがついてきた。しかも裸体のままで。
「ねえ、なにしてるの?」
「魔王様にスルト様のお風呂の実況をお送りしておりますが、アソコがとても可愛いとの仰せでございます」
「魔王様?」
「マ・オウフ様です」
「……」
お風呂くらいはゆっくりさせてよと言いたいが、マーガレットは風呂掃除を担当してるので、いつも最後に入るボクは彼女を追い出すわけにはいかなかったんだ。
今日が終わり、ボクはいつもよく眠ってから明日に備える習慣があるんだ。
でも、ベットの隣でスマホを掲げたままマーガレットがベッドに入ってきた。なぜか裸体のままで。
――マーガレット。風邪ひくからパジャマくらい着なさい。
「ねえ、なにしてるの?」
「魔王様にスルト様のお休みのお時間を実況してお送りしておりますが、早くお子様を成せとの仰せでございます。」
「魔王様?」
「マ・オウフ様です」
「だあー! もう魔王様でいいんじゃないのそれ?」
「マ・オウフ――」
――スパーンッ
「いたっ!」
ボクが手にしているのは世界樹の樹皮製ハリセンの普通バージョン。
魔王城にいたときと同じく、いつものようにこれで叩かないとこの子は一向に止まらないよ。
「いい加減になさい、マーガレット」
「……スルト様、ずっと、ずっとお会いしとうございました」
マーガレットがちょっとだけ涙を流してボクに抱きついてきた。
そう言えばこれはもう長年の習慣で、彼女を逢魔の洞で拾って以来、夜はずっとこうして寝かしつけてあげてたんだ。ボクがいきなり魔王軍から出て、ひょとして彼女も寂しかったかもしれない。
まっいいか、今夜くらいは一緒に寝てあげるよ。
さて、布団を被ってあげようかな。
「……あそこを触るな、だれが触っていいって言ったの?」
「マ・オウフ様です」
――スパーンッ
お疲れさまでした。




