説話97 元侍女は来訪する
「――お久しぶりでございます。スルトさま」
背中に大きな荷物を背負って、ボクの前に現れたのはメイド服を着たサキュバスである元侍女さんのマーガレット。
あれ? なんでこの子はここにいるわけ? 確かにボクの部屋を譲って、彼女は新参だから席順こそ低いとは言え、れっきとした魔王軍の幹部になったはずなんだけどねえ。
「やあ、マーガレット。なぜきみがここにいるんだ?」
「あたくし、マーガレットはめでたく魔王軍によって追放されました。
行く当てもございませんので旧主であるアーウェ・スルト様を頼ってここへやってまいりました」
いや言葉おかしいよね? マーガレット。
めでたく追放されたってなあに? めでたいのそれ? それだと魔王軍全員を追放しなくちゃいけないよね。
「なぜきみが追放されたのかな? なにをしたの?」
「いえ、魔王様にスルト様にお会いしたいと申し上げたら喜んで追放して頂けました。
スルト様がこけたとか、スルト様が放屁したとか、スルト様にまつわる面白そうなことを毎日欠かさず、魔王様に申し上げることがあたくしの今後のお務めでございます」
それって追放されたじゃなくて監視役を引き受けたってことだよね? 言い方がおかしいよ。
それにそれは魔王様のやりそうなことだ。マーガレットには悪いけどボクは断固拒否させてもらうよ。
「あのね、マーガレッ――」
「あら、スルトちゃん。こちらの方はどなたですの? なかなか美しいお方みたいですけど」
あー、まずいね。
こういうときにペットがくると大抵いい流れにはならないのよね。ほら、マーガレットが忙しくボクとイザベラの顔を交互で観察してるよ。これはなんとかしなくちゃ。
「イザベ――」
「お久しゅうございます、お嬢様。お元気でいらっしゃってましたか? マーガレットはずっとお嬢様のことを探しておりました」
「あら、あなた。見ない顔ですけど、どちらさまでしたの?」
ペットがコンコンと自分の頭を軽く叩いて思い出そうと懸命に考えてる。
考えるな、イザベラ。きみたちはまったくの初対面、顔を合わせたことがないよ。
「おいたわしいや。こんなにマーガレットがお嬢様のことをお慕い申しておりますのに、あたくしのことを忘れただなんて……
――ちなみにお嬢様のお名前は?」
「あらそうですの。あなたに申し訳ないことしましたわ。
きっとワタクシを慕うあまりに記憶が飛んじゃったのね? 許して下さるかしら。
ワタクシはイザベラ・ゼ・メリカルスですわ。もっとも今はお家が断絶してイザベラ・ザ・エクセレントって名前を名乗っておりますのよ。
オホホホ」
「そうなんです、イザベラお嬢様! マーガレットはお別れした日からお会いしとうございました」
「あらそうですの? それはジョン等に申し訳ないことしましたわね」
――いやおかしいよ絶対。
マーガレット、きみは今しれっとイザベラの名前を聞いたのよね? そのイザベラもさも当たり前のように受け止めているけどさあ、きみの頭は鳥頭か? 飼い主として頭が痛くなるよ。
しかもイザベラ・ザ・エクセレントってだれ? ボクの記憶ではイザベラ・ジ・エレガンスのはずなんだけど、ここはボクの記憶がおかしいかなあ。
「あたくし、遠路遥々帝国のほうから――」
「ワタクシの出身はカラオス王国なんですけれども」
「そう! 遠路遥々そのカラオス王国からイザベラお嬢様を探して、苦労の末にここへたどり着いたのです」
「あら、そうですの。それは苦労をかけましたわねえ」
「いいえ、イザベラお嬢様がこれまでなさった苦労に比べればささやかなものかと」
「そうですのよっ!
ワタクシ、これまでに草や露で飢えを忍んで、これもあれもメリカルス伯爵家たったの一人の生き残りとして死んでやるものですかと思ってのことですわ。
……まあ、姉上様は帝国のほうで元気に暮らしてますけどね」
なにこの頭の悪い会話は。
ねえ。誰か教えて? おかしいのは彼女らかそれともボクか、誰でもいいから教えてほしいなあ。
ところでイザベラ、ボクはきみにいつ草や露を食べさせたのかな? きみには魔王軍の最高級料理をこれでもかと食べさせてたよね。
「それで今まで通り、あたくしはイザベラお嬢様にお仕えしたいと思っておりまして、ここにやってまいりました」
「そうですわね……」
イザベラがチラッとボクのほうを目を向けてきたよ。一応は尊重してくれるんだね。
ボクは勇者養育計画のために、魔王軍の幹部マーガレットの滞在を断らせてもらうよ!
お疲れさまでした。