説話10 魔将軍は退職を願い出る
宴会の間でこれでもかと数々の料理が並べられている。とてもじゃないけどボクは手をつける気にはなれないよ。ここに座っている魔族たちはほとんどが鋭い視線をボクに送っているんだ。
嫉妬、憤慨、冷淡など、どれもだれもボクを褒め称える気はないのさ。
そりゃそうだよね。勇者が異世界より召喚されて以来、勇者を退け続けてきたのはボクだけ。ボク一人がその名誉を独占し続けてきたんだ。
今じゃ、だれもボクのことを地獄の水先案内人なんて呼ばないよ。勇者殺しというありがたくない通り名で呼ばれ、卑怯者とか、騙し討ち名人とか、暗殺者とか、陰でみんなに呼ばれていることをボクは知ってるんだ。
「皆の衆、此度もめでたく異世界の勇者を葬り去った。わが軍の地獄の水先案内人である魔将軍アーウェ・スルトの手によってな、一同、祝ってやれ」
魔王様のお言葉にここにいる魔族たちが一斉に騒ぎ出した。
「さすがは勇者殺し、暗殺を極めしものよ」
「いやはや、その幼き面で騙される輩の多いことよな? まことに羨ましい」
「嫉むでないぞ、みんな。力がない者は闇討ちも立派な手立て。もっとも、俺様にはそのような真似は到底できそうにないがな。わははは!」
おい、最後のやつ、しっかりと耳で聞いたよ。
力がない者だと? 闇討ちだと? よぉし、そのケンカを買ってあげるよ。地獄の水先案内人の真価を見せてあげちゃうよ? お前みたいなバカは3秒と立たずに消し飛んじゃうよ?
まあいい、心を落ち着かせよう。
この役を買って出たのもボク。送還のナイフを所持しているのもそうなんだけど、初代の召喚勇者との戦いは損害が大きかったからね。主に魔王領に入った付近で住んでた、戦いとは関係のない魔族たち。それに召喚勇者のことはボクも興味を持ってたからね。
楽しかったな、魔王城までのわずかな時間で勇者たちとの交流。そういえばカナヤマのように何代目の勇者かは忘れたけど、カガもアニメとかマンガとか大好きとか言ってたな。みんなから聞いた異世界の魔法の概念でボクも随分と色んな魔法を作り上げたな。
爆裂魔法とか飛空魔法とか。
でも、みんな一人残らずボクの手にかかって死んじゃったよ。
いや、元の世界に帰ったからあっちじゃ死んではいないけど実際に刺したのはボク、手にかけたことは間違いないよな。召喚のときに付与された勇者たちがチートという、魔王戦に特化された戦闘能力はこの世界で鍛えた肉体と一緒に殺しておかないと、あっちの世界に異能者たちを送り返すことになるんだ。
それでは歴代の勇者たちが帰っても日常が壊れると思うのよね。
そのために送還のナイフには蘇生と原点復帰の効果がついてるんだ。それで歴代の勇者は召喚されたと同じ時間に帰れる。こっちの世界での死と引き換えにね。
特殊な道具であるゆえに、送還のナイフは何があっても知られてはいけないボクと魔王様の秘密。これだけはほかの幹部たちに漏らしてはいけない魔王軍最高の秘匿機密。だから勇者との決戦の場に立ち会えるのは魔王軍の中でもボクだけ。
それで嫉みを買っているだけどね。
でもなんだか、もう疲れたなあ。
今回のアスカの目は特に心を突き刺しちゃったなあ。泣きそうになったよ。思わず話してはいけない呪文を聞かせちゃったなあ。戻ってこないからいいよね? ボクだって感情ってもんはある、誰かに慰めてほしいよ。
でもね、魔王様に慰めてもらうとより一層の恨みを買うだけ。
このことは誰にも言えないからストレスのループに入っちゃうなあ。あー悲し。
あ、そうだ。
何代目の勇者かは忘れたけど、オヤマダは勇者やめてえよとかが口癖だったなあ。なんか親が退職して退職金をもらったので、これからその金で遊び倒すというのにとか言ったな。
まあ、あいつもボクの手にかかちゃったけどね。
元の世界に帰ってからあいつは遊んでるかな? 羨ましいなあ。
ボクしかできないとは言え、こんな辛いこともうやめたいなあ。
「して、此度のことでわらわはそなたになんと報いてやればよいのかえ?」
「え?」
あ、ヤバっ。魔王様の話は全然聞いちゃいなかった。なんの話かな。
「いいよな、騙し討ちで魔王様のご恩愛。オレもあやかりたいぜ」
だれがそれを言ったかは知らない。思えばそれが賢者クスダの言ったトリガーってやつかもしれない。
ムカーッってきたボクはついそれを口にしちゃったんだ。
「退職するので魔王様、退職金をくださいっ!」
と。
お疲れさまでした。