説話1 勇者は魔王に戦いを挑む
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勇者たちは大広間の奥にある玉座から湧き出す凄まじい魔力によって迎えられた。この大広間は今まで通ってきた魔王城の通路よりもはるかに豪華爛漫な装飾が施されているが、勇者たちにはそれを観賞するゆとりなど持ってない。それほど、これから対面する魔王が放つ魔力は強烈で圧倒的だ。
「ほう、やはりは小僧に小娘か。当代の勇者はどなたも未熟者ばかりだのう」
玉座から人が立ち上がる。煌びやかに輝く黄金色の広間を黒い人影はゆったりとした歩みで勇者たちに近付いてくる。
「魔王っ! あなたに何の恨みもないが、ぼくらが帰るために死んでもらうっ!」
圧力に屈しないように勇者は勇気を振り絞り、魔王へ声を張りあげる。
「勇ましいことよのう、当代の勇者は中々の人格者とみた。わらわを悪の親玉とか決めつけないところが気に入ったぞ? ほほほ」
勇者たちの前に魔王は立ち止まる。
透き通るような素肌、艶やかな唇に流れるような銀色の髪。魔王はしなやかな手で優美そうに口元を覆い、燦々と燃えるように輝くその赤く瞳は、逸らすこともなく勇者たちを見つめている。黒のボールガウンドレスで身を包んでる魔王は勇者たちから見ても、これまで見てきた王妃や王女、それに貴族のご令嬢たちなど、王国にいる女性たちの誰よりも、動作のどれもが優雅で見惚れてしまいそうな上品さを漂わせて美しい。
ただ、その銀色の髪から突き出した二本の黄金色の角が彼女は人間じゃないことを確かに証明している。
「魔王! 武器を取れ!」
「まあまあ、わらわと少し話しても良かろうに。そなたらに問う、遠く離れた異世界とやらの故郷に帰りたいと思うかえ?」
魔王はまるで友人と話すようにとても優しそうな口調で勇者たちに話しかける。その異様な雰囲気に勇者以外の仲間たちが口を閉ざす中、勇者たる彼だけが彼女の問いかけに答えることができた。
「当たり前だ。そのためにぼくらは命をかけて戦ってきたんだ、こんなクソッタレの世界から離れるためにな!」
「それは残念だのう。そなたらにこの世界の素晴らしさを知ってもらえなくて、魔王としての責任を感じるよのう」
深いため息をついた魔王が本当に残念そうな視線を下に向け、人を惹きつけるような声は、なぜか勇者には謝っているように聞こえた。
「な、なにを言ってるんだ?」
「もうよい。もう少し語り合いたかったが、それも無粋な願いであろうな。帰りたいというのならそなたらを帰そう。わらわとて無理に客人を引き留めるのは好きではないでのう」
ゆっくりと垂れてた顔を上げてくる魔王の周囲は徐々に無色の空気が灰色へと変わっていく。まるで空間そのものが震わせているかように、魔王の身体から漏れていた魔力が集まりつつ、先と打って変わって、人々が恐れ慄いてる魔王という存在は勇者たちの前でその真価を現し始めた。
「どうしたのかえ? いつでもかかってくるがよいぞ?」
「くっ……」
魔王は武器も持たない。それどころかその両手は垂れ下がっていて、魔王は勇者たちからの攻撃を待ってるかのように、ただそこに佇んでるだけ。
「遠慮することはないぞ、好きなようにおやりなさい。わらわは魔王、そなたらにとっては天敵。勇者と名乗るなら魔王を倒すことが務めであろうに」
「いくぞみんな! 最大の一撃をぶち込む、それで終わらせて帰ろう!」
「おー」
魔王の挑発に触発された勇者は後ろにいる仲間たちへ号令をかける。この魔王はやばい。普通に戦っては勝ち目なんてないことを勇者は理解していた。だから自分たちが作りあげた最強の技でしとめないと家へ帰れそうにない。
「ほう……楽しませてくれよ、当代の勇者たち」
魔王は笑っている。しかもそれはとても愉しそうで、まるで午後のおやつを待っている天真爛漫な子供のようだ。
「神のお力を借り、怒れる炎をこの身にやつし、そののちに撃ち放て!」
賢者が最大技の火炎魔法を唱え、彼の身体にある魔力が高まっていく。
「神のお力を借り、増大する力を我が同輩に与えたもう!」
聖女が能力増強の魔法を唱えた。これで勇者の攻撃力が倍増する。
「おら行くぞ! 撃滅剣気、ジェノサイドブレイドっ!」
戦士はミスリルの大剣に闘気をタメて、あとは彼女得意の飛び剣気を放つだけ。
「来い!」
勇者は聖剣を高く上へ掲げ、勇者だけが持つ討魔の聖気を宿す。
勇者たちの動きに魔王はただ笑みを顔に浮かべ、勇者たちを見つめるだけで微動たりしない。
勇者は魔王には悪いがその体勢はありがたいと思った。この最終技は四人が合わせないと撃ってないので、勇者たちが考えて作り出してから一度も使ってない。当たり前のことだけど、今まで魔王のように待ってくれる敵なんていなかったからだ。
「奥義……」
「焼き尽くせっ!」
「光輝けっ!」
「食らえっ!」
頼もしい仲間たちが一斉に得意技を解き放つ。勇者に向かって。
「焼き払えええ! クロスファイアーっ!」
勇者に獄炎魔法と撃滅剣気が当たる直前に、攻撃倍増の光が彼を包み込む。それを受けた勇者は一気に聖剣を振り下ろす。
聖剣から聖気を含んだ剣気が飛ばされて、それは仲間たちが持つ最強の技を巻き込み、魔王のいる場所に迸っていく。
飛ばされてくる猛烈な聖炎剣気を魔王は回避することもなく、ただ赤い瞳でそれを見ているだけである。
お疲れさまでした。