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ミネリア~最後の聖妃~  作者: 花岡 和奈
第一章 世界の鍵を握る少女
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4.巫女への分水嶺

 謁見の間に戻ったが、重くて冷たい空気のままだ。

 しかしその中でただ一人、アーネスだけは衣装を着たミアを見て嬉しそうに微笑んだ。



「よく似合っています、ミネリア神官。そなたを六年前から見ていますが、成長したものです。素直に嬉しく思いますよ」



 アーネスにしては珍しく喜びを表した言葉だ。エトほどではないにしても、アーネスもあまり感情を表に出さない。そのアーネスが自分の成長を喜んでくれていると思うと、ミアは何だか面映ゆかった。



「早速ですが、ミネリア神官、【アユナエ リマ ラタ】を舞えますか? 」


「【アユナエ リマ ラタ】でございますか。もっと派手な舞もございますが、それでよろしいのですか? 」



 【アユナエ リマ ラタ】は「乙女による可憐な舞」を意味する。棒術の演舞は比較的、攻撃的なものや派手なものが多い。その中で、【アユナエ リマ ラタ】はシンプルだが、それゆえに難しい舞とされており、ミアも棒術を習い始めて四年目でようやく習得できた。



「良いのです。舞ってください」



 何故アーネスがそのシンプルな舞を望んだのかわからないが、ミアには断る理由はない。

 

「かしこまりました。それでは舞わせていただきます」



 ミアは息を整える。緊張からか、いつもより自分の鼓動を強く感じてしまう。それでも言い聞かせた。


           「これまでの六年間の努力は私を裏切らない」と。


ミアが棒を強く床に叩きつけると、装飾の鈴が「シャン」と謁見の間に響く。いきなり音がしたので、高官達は少し驚いているようだ。

 鈴の音が完全に収まると、ミアは体を動かし始めた。棒を両手を使って左右に回すと、棒が揺れる度に鈴が鳴る。しかし、ただ鳴れば良いというわけではなく、鳴らさなければならないところが、決まっているのだ。棒を持つ手元が狂うと、不必要な箇所で鳴らしてしまうか、必要な箇所で鳴らなくなってしまう。今のところ、鳴りどころは完璧だ。

 あれだけ緊張していたミアの体は、動くにつれて次第に解れていくのを感じる。氷のように冷たかったミアの指先は、今では汗ばんでいるくらいだ。

 謁見の間を縦横無尽に動き回り、衣装の大きなリボンも華麗に舞ってくれているようだ。最後に棒を投げて一回転し、棒を掴む。そして冒頭同様、床に棒を叩きつけて【アユナエ リマ ラタ】は終わった。


 棒の鈴の音が完全になくなっても、謁見の間は静まり返ったままだ。ミアは何か落ち度があったのかと不安になったが、その沈黙と不安を、アーネスが拍手とともに払拭してくれた。



「ミネリア神官、見事です。時間を忘れるほど見いってしまいました。ナカハ高官はいかがでしたか」


「え、あ、はいっ」



 ナカハは急にアーネスに話しかけられ、言葉が出ないようだ。それともミアの舞に夢中になっていたのだろうか。



「ナカハ高官の質問は、「ミネリア神官が舞手に相応しいのか」でしたね? ミネリア神官は「アユナエ リマ ラタ」を舞うことで、根拠を示してくれたと確信していますが、ナカハ高官いかがでしょう」



 アーネスは慎重に語りかけているように見えた。ナカハを試しているような、そんな言葉選びだ。そしてやや考えた後、ナカハは何かに気がついたようにハッとなる。それは戸惑っているようにも見えた。

一体ナカハは何に気がついたのか、ミアには見当もつかない。しかし、ナカハは落ち着きを取り戻すと、静かな口調で言葉を紡いだ。



「異存ございません。根拠は充分に示して下さいました。ミネリア神官がシャンティエ リマ ソルナを務めることに賛同致します」



 このナカハの言葉に謁見の間が再びざわついた。

 あれだけ反対し、大神官であるアーネスとも喧々諤々といった様相を呈していたのは何だったのか、ミアもわからなくなった。

 他の高官も動揺を隠せないらしく、驚きのあまり口を開けたままの高官もいる。しかし、高官の中で一番出仕年数の長いナカハが反対しないのであれば、賛成するしかない。そんな雰囲気になっていった。



「良かった。神殿に人生を捧げてくれているナカハ高官なら、わかってくれると信じていました。さあ、これでミネリア神官をシャンティエ リマ ソルナに任命するにあたり、反対者はいませんね? 」



 アーネスは謁見の間にいる全員を見渡す。誰も何も言わない沈黙は肯定と同じだった。



「エト高官、預けていたシャンティエの衣装をここに持ってきてください。ミネリア神官は棒を補佐官に預け、私の前に来なさい。衣装を渡す前に、儀式があります」



 ミアはアーネスに従い、棒をリオナに預け、アーネスの正面に両膝をつく。するとアーネスは、筆と小さな器を持って、ミアのすぐ前まで歩いて来た。小さな器には金色の絵の具が少しだけ入っているのが見えた。



「瞳を閉じ、心を落ち着かせなさい」



 アーネスはそう言うと、筆をミアの額に当てて、何かを書いている感触があった。「もう良いです」と言われて、今が瞼を開けると、ミアは一瞬眩暈に襲われた。天と地がわからなくなるほどの眩暈。倒れる、と思った時には治まった。



「そなたの額にシャンティエの印を書きました。その印は舞を終えると消えます。それまでは、今から渡す額飾りを付けなさい。特に太陽神様が、御光をお恵み下さっている時間ははずしてはなりません。強い光に当たると良くないのです。わかりましたね? 」


「はい」



 何を自分の額に書かれたのか、全くわからないが、アーネスに従うしかない。丁度その時、衣装を取りに行っていたエトが帰ってきた。先ほどミアが着替えた執務室に置いていたらしい。エトが持っていた衣装の中から、アーネスは額当てを取り出す。



「早速つけなさい。この宝石が額の中央にくるように、後ろで結ぶのです」



 アーネスが取りだした額当ては神官装と同じ紫色の布地に、金の刺繍が施されていた。そのちょうど中央に赤い宝石がついている。アーネスは話しながら、ミアの額に布を巻くのを手伝ってくれた。その間エトはリオナに衣装を衣装箱ごと渡していた。



「さて舞のことですが、シャンティエ リマ ソルナの振り付けを知る者がいません。二十年前に舞った者は亡くなっています。従って、これから大礼式までの間、前回の舞を記録した舞踏譜を解読することから始めなければならないのです。ミネリア神官、舞踏譜は読めますか」


「はい。棒術の師に学んでおります」


「よろしい。では、これから大礼式までの間、皇国大書庫への出入りを許可しますから、保管されている舞踏譜を解読し、舞を研究しなさい。皇家側には話しておきます。ただし、規則に従い、ターナで顔を隠すのですよ」



 これは異例の措置だ。神官は神殿の外に出ることを許されていない。ミアの記憶が確かなら、大書庫は神殿から遠くはないが、それでも神殿の外に出ることに変わりはない。ターナというのは、顔に巻く布のことだ。



「ミネリア神官、シャンティエ リマ ソルナは難役であり、大役です。舞を教えることは出来ませんが、何かあればいつでも相談に来なさい。大変でしょうから、通常の二等神官としての業務は免除します。舞に集中するようになさい」


「ありがとうございます。責任をもって務めさせていただきます」



 もはやミアは目の前にある扉を開けるしかない、そんな心境だった。シャンティエ リマ ソルナがどんな舞なのか、舞手を務めることで自分がこの先どうなるのか、見当もつかない。

 しかし、ひとついえるのはエトが言っていた通り、アーネスを信じるしかない、ということだ。


 ミアはこの日を後に振り返り、「分水嶺」だったと思うこととなる。

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