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ミネリア~最後の聖妃~  作者: 花岡 和奈
第一章 世界の鍵を握る少女
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3.大神官の決断

 ミア達は謁見の間に着いた。

 金細工が豪華にあしらわれた大きな扉がそびえ立つ。エトがリオナとソフィに向かって言う。



「本来ならば神女が入れる場所ではないが、任命式で衣装などを渡したい。ミネリア神官だけでは、持ちきれないので、どちらか一名入りなさい」



 謁見の間は格式高い場所だ。高官会議以外では、大きな行事の任命式や、皇家の方々との会議に使われるだけだ。その場に神官ではない神女の同席は、許されていない。今回は特例だということだ。



「かしこまりました。ソフィ、あなたはここで待っていなさい。私が入ります」



 謁見の間の扉の雰囲気に呑まれてしまったのか、ソフィはリオナの言葉に頷くだけで精一杯のようだった。無理もない。普段神女であれば、関わることのない場所、人物と入殿してたった三日で関わっているのだ。恐らくエトの凛とした雰囲気も、まだ幼いソフィには怖いと感じるだろう。



「では、参りますよ。ミネリア神官、この先は何を言われても、アーネス様を信じなさい。良いですね?」



 意味深なエトの言葉にミアはやや戸惑ったが、この先に待ち構えているものを知らないので、「はい」と答えるしかない。

 ミアの心の準備を他所に、エトは扉の向こう側に届くような張りのある声をあげた。



「失礼いたします。ミネリア二等神官を連れて参りました。ミネリア神官とその補佐官として神女の入室をお許しください」



 祭文を読み上げるような見事な声だった。澄んでいて心地いい。エトは顔も声も美しいのだと、ミアは思っていると中から返答の声が聞こえてきた。



「ミネリア二等神官と、特例として補佐官である神女の入室を許します。入りなさい」



 顔が見えなくてもミアにはわかる。アーネスの声だ。二等神官になるまで、アーネスのお世話をしていたのだ。遠くからでもアーネスの声はわかる。

 アーネスの言葉を合図に扉がゆっくりと開く。部屋の内側からアーネス付の三等神官二人が開けてくれたのだ。

 エトが小さな声で「さあ、アーネス様の御前まで行きなさい。神女は入ったらすぐに止まり、顔をあげないように」と言った。開かれた扉の先、正面の椅子にアーネスが腰掛け、高官四人が左右二人ずつ座っている。

 アーネスのすぐ隣にある椅子が空席なのは、高官の一人であるエトが座るのだろう。

 ミアは深呼吸を一度してから、足を踏み出す。ミアが歩き出したのを確認すると、エトは空席に向かっていった。リオナは扉近くに立ち止まり、両膝をついてうつ向く姿勢になった。


 ミアはアーネスが声を張り上げなくても良いくらいの位置を見極めて止まり、両膝をついた。そして一 礼をする。そのタイミングでエトも自身の席に着席した。

 ミアの礼が終わると、アーネスが話し始めた。



「これより、ミネリア二等神官に大礼式での舞手の任命を行います。今回は【シャンティエ リマ ソルナ】をそなたに命じます」



 アーネスの一言で、静かだった謁見の間が一気にざわつく。エト以外の高官達の声だ。ミアはざわつく意味がわからずどうしようかと思ったが、エトの「アーネス様を信じなさい」を思い出す。もしかしてエトはこうなることを予測していたのだろうか。

 高官の中でも一番年配に見える神官が声を荒げながら異議を唱えた。



「アーネス様、それはいかがなものでしょうか。あの舞は特別なものです。ミネリア神官が舞手になることは、承知しましたが、シャンティエ リマ ソルナだとは聞いておりません。只でさえ舞手に相応しいか疑問だと思っておりますのに! 」



 エト以外の高官三人も意見は同じらしかった。「そうです」「私も同じ意見ですわ」と続く。

 そんな高官達を見ても、アーネスとエトは落ち着いている。



「ミネリア神官を舞手にするだけでも猛反発したそなた達に、シャンティエ リマ ソルナをさせると言うほど私は愚かではない。お忘れのようですが、大礼式での舞をどの種類にするかの決定権は大神官である私にあります」



 ミアは息をするのを忘れそうなくらい緊張に体を支配される。テニカのような若い神官達だけでなく、高官達もミアが舞うことに反対であるのがわかったからだ。他にも候補はいくらでもいたと思うのに、何故自分が舞うことになったのか、益々わからなくなる。エトの言う通り、アーネスを信じるしかない。

 最初に反発した高官が、また反論する。



「反対するのは当たり前です。舞手に憧れ、励んでいた神官はたくさんおります。皆が納得する舞手を選ぶべきです。しかも、シャンティエ リマ ソルナはミネリア神官には荷が重いと思います」



 アーネスは軽くため息をつく。エト以外の高官達に比べ、アーネスは若過ぎる。大神官として会議を取り仕切っているアーネスが、日々苦労しているのが伺える。



「荷が重いとは、なんの根拠があるのです」

「逆です。根拠があるのかお伺いしたいのは私共です。アーネス様が、ミネリア神官になら務まるとお思いになった根拠をお示しください。私共もただ反論しているわけではありません。しかし皇国神殿は世界の太陽信仰の拠り所であり、歴史があります。私共の代でその歴史を汚したくないだけです」



 高官は早い口調で言い切った。高官達は普段からアーネスが気に入らないのだろう。そういった不満が、言葉の端端に見えている。



「ナカハ高官、根拠を示せば良いのですね? ミネリア神官が舞手に相応しいかどうか」



 アーネスの言葉に一番驚いたのはミアだ。何故舞手になったのか、不思議で仕方ないのに、根拠の思い当たる節がない。ミアは思わずアーネスの顔を見てしまう。アーネスは口調だけでなく、表情も堂々としていた。



「ミネリア神官、棒術の演舞を皆様に披露なさい。エト高官、演舞用の衣装と装飾棒を持ってきてください」



 実はミアには昔から疑問があった。


【何故、アーネスは自分に棒術を習わせたのか】


 習い始めは「皇国の伝統だから習っておきなさい」とだけ言われた。ミア自身が棒術を好きになったので、その後は当たり前に続けていたが、アーネスの真意は、やがてミアに舞をさせる時の切り札にすることだったのかもしれないとミアは思った。そう考えると、アーネスは気まぐれにミアを舞手にしたのではなく、六年も前からこうなることを予測していたことになる。ミアが抱えていた疑問は益々深くなるだけだった。

 元々棒術は神官の舞から生まれたと、師から聞いていた。その美しさに感動した武官が始祖となり、相手を殺めることなく、制することだけに徹した進化をしたのが棒術らしい。



「アーネス様、そう仰せになるかと思いましたので、準備してあります」



 さすがエトだ。アーネスの側に常にいれば、アーネスの考えを理解していてもおかしくない。



「そうですか。助かりました。ミネリア神官、今から着替えてきなさい。エトに手伝ってもらいます。それからミネリア神官の補佐である神女もついていきなさい。舞の衣装は一人では着られない。今後のためにそなたも覚えておくと良いでしょう」



 神女は大神官と言葉を交わすことを、許されていない。リオナは黙ったままだ。

 エトが立ち上り「ミネリア神官、こちらに来なさい」と言うので、ミアはそれに従った。やっとこの重たい空気から一瞬でも解放されると思うと、正直安堵した。

 エトは謁見の間の隣にある部屋に誘導した。ソフィが待つ通路を通ることなく、アーネスが座る椅子の後ろに小さな扉があり、アーネス付の三等神官達が扉を開けてくれた。そこは、執務室になっているらしい。広くはないが、着替えるには充分だ。

 執務机には綺麗にたたまれた衣装が置いてあり、その机に棒術用の装飾棒が立て掛けられていた。

 エトは衣装を広げ、数本のリボンを用意しながらミアに指示を出す。



「ミネリア神官、皆様がお待ちですから急がなくては。神官装を脱ぎ、肌着だけになりなさい。神女はそれを手伝いなさい」



 ミアは言われた通り、正装冠と腰帯をはずし、神官装をとく。はずした冠などをリオナが受け取る。

 用意されていた衣装は澄んだような白色で、上下に別れていた。上は裾が広がったデザインで裾はレースが揺れる。下は一見スカートに見えるが、舞うためにズボンになっていた。

 アーネスの言っていた「一人では着られない」のは上の衣装だ。頭から被ったあと、三つの朱色のリボンを背中側に結ぶのだ。一つ目は首、二つ目は背中、三つ目は腰だ。三つとも結ぶと体のラインが強調されると同時に動きやすい。ズボンにも裾にリボンが付き、キュッと先が締まったシルエットだ。動きやすさと、舞った時の優雅さを考えた衣装だといえる。

 着付け終えると、エトがミアに説明してくれた。



「この衣装は練習用です。シャンティエ リマ ソルナ用の衣装は特別なものなので、私が保管しています。これから練習する時は、この練習用の衣装を着るように。着てわかったように、一人では着られない衣装です。神女が手伝いなさい」


 リオナは頭を下げ「かしこまりました」と答え、ミアが脱いだ神官装をたたんでくれた。

 着た衣装は練習用だとしても充分華やかなので、もったいない気がする。そして、ミアは思い切ってエトに質問することにした。



「エト様、シャンティエ リマ ソルナとはなんのことですか。高官様方の反対を目の当たりにして不安になりました。私は舞う資格があるのでしょうか」

「申し上げたはずです、アーネス様を信じなさいと。ミネリア神官は古語はわからないのですか? 」

「いえ、意味はわかります。シャンティエ リマ ソルナ。直訳すれば【天に捧げるシャンティによる舞】です。ですが、高官様方があれだけ反対されるのは、私が舞うことが相応しくないとお思いだからですよね」



 エトは小さなため息をつく。呆れているのではなく、諭すような息遣いに思えた。



「あの方々は変化を嫌っていらっしゃる。ここ二十年ほどは一番簡素な舞である【キリエ リマ ソルナ】が選ばれてきた。反対するのは、その慣例を破るアーネス様をただ批判したいだけです。アーネス様には深いお考えがあっての決断だと言うのに、批判することしか頭にないのです。あとは、自分達が可愛がっていた神官を舞手にして、権力をつけたかったといったところでしょう。【キリエ】は神官を意味しますが、【シャンティ】は巫女を意味します。巫女と神官が異なる意味を指すのは知っていますか」


「はい。巫女は女性の印を迎える前の乙女で、かつ未婚の者に限ります。一方神官は、一度結婚していても、子供がいても、出家すれば誰でもなれる資格があります」


「そうです。そなたはまだ女性の印を迎えていませんね? ならば、そなたには巫女の資格はあるということになります。舞手に相応しいかどうかなど考えなくても良いではありませんか。アーネス様が相応しいと思われているのですから、何の異議があるのですか」



 例によって、エトの言葉から感情は読み取れない。事実をただ言われただけに過ぎないが、何故かミアの心は少しだけ軽くなった気がする。エトという人物が、ただ冷たいだけの人間ではないと、ミアは思い始めていた。今まであまり言葉を交わす機会がなく、印象だけでエトの人格を決めてしまっていたのだとミアは思い、少し恥じた。



「さぁ、戻りますよ。アーネス様はそなたを信じている。ならば、そなたはそれに応えれば良いのです。戦いなさい。そなたの力で」

「はい。やってみます。ただ心を込めて舞ってみます」



 その時だ。エトが少し微笑んだように見えた。一瞬だったが間違いない。

 その顔はミアの予想通り、華やかで天女のようだと思った。

 今は疑心暗鬼になっても仕方がない。ミアの目の前に、アーネスは道を用意した。その期待に応えられるか自信はないが、応えたいと思う自分がいる。

 謁見の間の扉が、再び開かれる。ミアの心に小さな闘志が生まれた。

こんばんは。

花岡和奈です。お読み頂き、ありがとうございます!


今回は金曜日の0時に第二話をUPしておりますが、基本的にはこの第三話をUPしている日曜の0時に更新したいと思っています。

連載開始時にも書きました通り、学生しながら働いていますので、時間との勝負なんです。

ただ、物語がたくさん浮かぶ内は出来る限りUPするスピードを速めたいと思っています。


無理をしない程度に、最低でも一週間に一話ずつ以上を目安に頑張ります!


次回から本格的にミアことミネリアが、たくさんの出会いと試練を迎えます。

一緒に楽しんで頂ければ幸いです。



2016年10月16日 花岡 和奈 拝

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