2.波乱の予感
「御衣装のことなのですが、昨晩アーネス様の補佐官エト様からのお達しがありまして、本日朝の礼拝が終わり次第、大神官謁見の間に来るようにとのことです。正式な任命式を行われるようで、衣装はその時に渡すとも仰せでした」
ミアはリオナの話を聞きながら鏡台に座り、漆黒の長い髪を整える。朝の礼拝の為の、礼拝冠という冠を被る為だ。この冠も神官装と同じ薄紫の絹製の帽子に腰帯と同じ色のリボンが巻かれている。結び目がちょうど後ろにくるデザインだ。従って、ミアの冠のリボンは緑色だ。
「わかりました。今日は棒術の練習をしようと思っていたのですが、後回しにしましょう。では、礼拝の後、謁見の間にすぐ行きましょう。正装冠を用意してもらえますか」
ミアはアーネスに言われ、入殿した時から皇国独自の武術である棒術を習っていた。元々体を動かすのは好きなので、練習は厳しくても、楽しさが勝った。今では師を務めてくれている皇国武官も誉めてくれるまでの腕になった。それでも隔日ペースでの練習はかかさない。
しかし、アーネスからの呼び出しがあるとなれば話は別だ。
リオナはミアのその言葉を待っていたらしく、得意気に微笑んだ。
「そう仰せになるかと思いましたので、正装冠を用意してあります。入りなさい」
リオナが扉の外に向かって言うと、幼い少女が入ってきた。六、七歳といったところか。栗色の髪を神女らしく、後ろに一つに束ねている。ミアが入殿した歳と同じくらいに見えた。
その神女は手に盆を乗せ、その中にミアの正装冠があった。リオナはミアの言葉を先読みし、用意しておいてくれたらしい。さすが気立てのよい少女だ。
正装冠は行事の時、大神官謁見の間に臨む時に被る特別な冠だ。こちらも薄紫の絹製の帽子に腰帯と同じ色のリボンが巻かれているが、真珠と水晶があしらわれた豪華なデザインになっている。その為か、正装冠は二等神官以上でなければ、持つことが許されていない。普段は滅多に使わないので、補佐官が保管し、必要に応じて用意いている。
「さすがリオナです。私の行動はお見通しといったところかしら。ところで、その神女は初めて会いますが、新しく入殿した子ですか」
正装冠を持ってきた神女は緊張しているのか、表情が硬い。心なしか、正装冠を持つ手も震えている気がする。
「はい。一昨日入殿したソフィです。本日から私と共にミネリア様にお仕え致します。ソフィ、ミネリア様にご挨拶しなさい」
ソフィと呼ばれた神女は、持っていた盆を側にあった机に置き、一礼する。
「お初にお目にかかります。一昨日神女として入殿いたしました、ソフィでございます。よろしくお願い致します」
きっとこの挨拶を何度も練習したのだろう。少し拙さが残る口調だったが、年齢にはそぐわない敬語をきちんと使えていた。
「こちらこそよろしくお願いしますね、ソフィ。何かわからないことがあれば、遠慮なく聞いてください。私を姉だと思っていいですから」
ミネリアが礼拝冠を被りながら言うと、矢継ぎ早にリオナが訂正する。
「ミネリア様、とんでもございません! ミネリア様は二等神官です。姉だと思ってはなりませんよ、ソフィ。ミネリア様は名誉あるお役目を任されているのです。そのお役目をお支えするのが、我らの勤めです。」
名誉ある役目はきっと舞のことを言っているのだろう。ミネリアよりもリオナの方が意気込んでいるかもしれない。その意気込みにミアはすこしほほ笑ましく思った。
髪を編みこみし、後ろの低い位置に丸める。そこに簪を一本さすのが、神官の髪型と決まっている。
ミアの手つきは慣れたもので、リオナやソフィと話しながら、全ての支度を終えた。
「お待たせしました。準備が整いましたから、礼拝聖堂に参りましょう。ソフィ、礼拝が終わるまでその正装冠を持っていてください」
ソフィは小さく「かしこまりました」とだけ答え、テーブルに置いていた正装冠を手にする。
それを確認したミアは一番先に部屋を出る。その後にソフィ、リオナが続く。リオナが部屋の扉を閉じた。
ミアの寝所を出て右にまっすぐ行くと、外に面した通路がある。この通路の先に毎朝三等神官以上の者全員の日課である、礼拝を行う場所、礼拝聖堂がある。その通路にさしかかった時、ミアは自分が舞手になったことを初めて知った日を思い出す。
舞手に選ばれたことを知ったのは、アーネスの一言だった。
ミアはつい三日前のことを思い出す。
「大礼式での舞をミネリアに任せることにしました」
今ミアが歩いているこの通路で、しかも通りすがりに言われた。「励みなさい」とだけアーネスは付け加えて、この場を去っていったように記憶している。前回の大礼式の時、ミアは8歳で慣れない式の準備に追われ、式全体の記憶があまりない。しかし、舞が特別なものであること、舞手もまた特別な存在であることだけは、なんとなく覚えている。
舞手を無事に務めあげた神官は、出世を約束されているという。それ故に、舞手に選ばれたい神官はたくさんいただろう。
ミアは元々神官になりたかったわけではなく、半ば人質同然にここにいるのだから、選外だと思っていた。そして、望んでもいなかった。それが、何てことのない通路で、通りすがりに言われたとなると、神秘性がないと感じてしまうのは仕方がない。
アーネスが冗談を言うような性格ではないことは、ミアもよく知っているが、それでも信じ難く、その日の晩に、アーネスの側近であるエト一等神官の執務室を訪れ、「お聞きしたいことがある」と前置きをして尋ねた。
「私が大礼式の舞手に選ばれたというのは、本当でしょうか」
高官の執務室をわざわざ訪れておいて、何だかやや間の抜けた質問だと思ったが、それくらい信じられない事実だった。
エトはミアが入殿する前から、アーネスに仕えているらしい。他の一等神官は年配者がほとんどで、若い一等神官はほとんどいない。エトはそのほとんどいない若い神官の一人で、ミアの目からは、30歳くらいに見える。長年勤めていない者で一等神官になるには、特別な事情があるのだろうとミアは思っていた。
そんなエトは感情を表に出さな訓練をしている神官の中でも、一番喜怒哀楽が表情に出ない人だった。顔立ちは綺麗なので、微笑むだけで華やぐに違いないが、ミアの知る限り、エトの表情が変わったのを見たことがなかった。年配の一等神官達が、「鉄の娘」と陰口を叩いているのを、聞いたことがある。
エトはミアの素朴な疑問に、いつも通り何の感情もなく答えてくれた。
「本当です。先日の高官会議で、アーネス様が発案なさり、承認されました。正式な任命式は後日ミネリア神官の補佐官に通達します。何か不都合でもあるのですか? 」
ミアはすぐに「とんでもございません」と謝ると、問答は終わったと感じたのか、エトは執務机にある書類に視線を移したので、ミアは静かに執務室を後にしたのだった。
これがつい三日前の出来事だ。未だに信じられないというのが、正直な感想だった。
礼拝聖堂に着くと、何人か二等神官と一等神官が礼拝をしていた。
皆ミアの姿を見ると、顔色が変わる。ある者は妬み、ある者は憧れ、ある者は腫れ物を見るような目だ。ミアが舞手に内定していることが、神殿中が知っているらしい。通路でおもむろに、宣言されれば、噂になるのに時間はいらなかっただろう。
皆の視線は気持ちの良いものではなかったが、ミアにはどうしようもない。自ら志願してなったわけではないのだから、放っておくことにした。
礼拝聖堂には神女は入れない。リオナとミアの正装冠を持っているソフィは聖堂の入り口で止まり、ミアだけ中に入る。皆の様々な視線にさらされながら、いつも通り礼拝することにした。
中に入ると、ちょうど祭壇が空いていたので、ミアは祭壇の前に立ち、両手のひらを天に向ける。太陽神からの恵みを受け取れるよう、手のひらを軽く丸め、胸に当てる。そして一礼しもう一度繰り返すのが決まりだ。
ミアが礼拝を終えて立ち去ろうとすると、ミアと同じ二等神官が立ち塞がった。妬みの視線を放っていた神官だ。確か、テニカという二等神官で、十三歳くらいだっと記憶している。ミア自身、あまり社交的ではないので、話したことはない。
しかし、立ち塞がれては前に進めない。ミアが避けようとすると、テニカは口を開いた。
「この度は舞手に選ばれたそうですわね。おめでとうと言った方がよろしいかしら」
全く祝う気などない口調だ。十三歳だとギリギリ舞手に選ばれる可能性があったことになる。そして、年齢的に次回はない。テニカは舞手になりたかったのだろう。その為に日々励んでいたに違いない。
ミアは気は進まないものの、とりあえずお礼を言うことにした。
「ありがとうございます、テニカ神官」
「何故、アーネス様はあなたを選んだのかしら。中には納得していない人もいるのよ。一体何をして舞手に選ばれたのか、皆が気になっているの」
あきらかにテニカ自身が納得していない、それはミアにもわかる。しかし、選ばれた理由はミアが知りたいくらいなので、質問には答えようがなかった。
ミアが困っていると、抑揚のない声が入り口から響いた。
「ミネリア神官、何をしているのです。アーネス様と高官方がお待ちです」
声の主はエトだ。聖堂の入り口にリオナとソフィが待っているのを見て、ミアが聖堂にいることがわかったのだろう。相変わらず感情がわからない。エトはテニカに向かって歩みより、表情一つかえずにテニカに聞いた。
「テニカ神官、今回の決議に不満があるということは、アーネス様に不満を持っているということですか」
エトの出現は状況を一変させるには充分だった。テニカは「そんな、とんでもございません。誤解を招く発言でした。お詫びいたします」とだけ言って、一目散に逃げていった。
ミアがエトにお礼を言おうとすると、エトが先に口を開いた。
「ミネリア神官、もっと堂々となさい。あなたはアーネス様が決めた舞手なのです。先程のような事を言われても、無視しなさい」
それは叱咤なのか激励なのか、エトの口調からは読み取れない。ミアは「はい」とだけ答え、聖堂を出ていくエトに続いた。
中々出てこない上に、エトまで入っていったのを見たリオナは心配していたようだ。ミアの姿を見て安堵した様子だった。リオナはミアの礼拝冠を取り、ソフィが持っていた正装冠を被せる。これで、謁見の間に行く準備が整った。
大神官謁見の間は、神殿の上部にある。エトの後ろに続く形で歩くミア達。謁見の間に着くまで、一言も発しなかった。それはエトが醸し出す凛とした雰囲気と、久々に正装冠を被る状況におかれた緊張からだとミアは思った。
一等神官の中でも、「高官」と呼ばれる神官は特別だ。神官会議への出席が許され、決議権を持つ。二十名ほどいる一等神官のなかでも「高官」になれるのは五名しかいない重役だ。ミアも普段過ごしていて、高官と話す機会など滅多にない。任命式で何が行われるのか、起きるのかミアの鼓動は速くなるばかりだった。
こんばんは。
花岡和奈です。
早速ブックマークして下さった方、本当にありがとうございます。
ご期待に添えるよう、心を込めて執筆します!
現時点で、この物語は四部構成を予定しています。
その内の一番目が「少女編」です。
あまり、激動であったり感動的な展開にはならない編かと思いますが、これからの構成に大きくかかわる部分ですので、読んで頂けると嬉しいです。
少女編が終われば、物語は大きく展開する予定ですので、しばらくお付き合いください。
ご指摘、ご感想などよろしければお寄せください。
どんなご意見でも、泣いて喜びます!!
2016年10月14日 花岡和奈 拝