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ミネリア~最後の聖妃~  作者: 花岡 和奈
第一章 世界の鍵を握る少女
21/42

19.白黒

 あれから星見の泉でアーネスと少しだけ話し、ミアはアーネスを大神官の居室まで送り届けた。居室の前にはエトが待っており、アーネスと一緒に現れたミアを見て少し意外そうな顔をしていた。「鉄の娘」らしく、その表情は一瞬で消えたが。



「ミネリア神官、もうここでよいです。明日も舞の練習があるのですから、貴女も早く寝なさい」


「はい。アーネス様。先ほどお味方くださると仰って頂いたこと、生涯忘れません。そのように思って下さるアーネス様や、支えて下さる方々の為にも舞いたいと思います」


「よい心掛けです。舞とはそれを見た者が勇気づけられるものであるべきです。貴女のその信念はきっと正しい未来へつながるでしょう。期待しています」



 アーネスはそう言うとエトが扉を開けて待機していた居室へと入って行った。ミアはアーネスが居室に入り、扉が閉まるまで頭を下げ続けた。本来なら神殿の頂点である大神官が一介の二等神官と直接話をするなどあってはならない。それほど神殿は身分に重きを置き、その規則に沿って二百人あまりが仕えている。そう考えると今宵のアーネスの行動は極めて異例のことだと言えた。

 ミアにとってアーネスは厳しく、雲の上の人だと思っていた。時には自分とは違う種類の人間なのではないかと思うほど、いつも冷静沈着、アーネスが現れるだけでその場が張り詰める凛とした佇まいを備えている。そのアーネスが自分を抱きしめ「味方だ」と優しく諭してくれただけで、幾分かの不安が払しょくされた気がした。アーネスの話ではミアを待つ未来に困難がうかがえる。でも人間生きていれば多少の困難はつきもであるし、これだけ応援してくれる人がいるのだから何だか大丈夫な気がする。ミアは自分の居室につながる外通路を歩き、優しく光る月を穏やかな気持ちで眺めた。明日も良い天気になりそうだ。



「ミネリア様、お目覚めでいらっしゃいますか」



 居室に戻ってからミアはすぐに寝付いたらしい。いつもであればリオナが声をかける前に目覚めているのだが、今日はリオナの声掛けの方が早かった。



「今、目覚めました。入室を許します」



 居室の扉が観音開きになり、リオナとソフィが一礼をして入ってくる。ミアが起きる前に執務室の掃除をしてくれたらしい。扉の先に見えた執務室が昨夜より片付いていた。



「リオナ、ソフィ、おはようございます。今日は神官装ではなく、練習用の舞衣装を着用して大書庫に行きます。今から軽い朝食を摂った後に着替えますから、手伝って下さい」


「かしこまりました。朝食はすでに準備してございます。私とソフィは衣装の準備をして参ります。ミネリア様が朝食を終えられるまでに、準備を整えますので、またお声掛けください」


「頼みます」



 ミアが寝具から起き上がって、テーブルに就くとソフィがおぼつかない手つきで朝食を運んできてくれた。きっと自分が入殿したての頃もこのような感じだったのだろうと思うと微笑ましかった。厳しく指導してくれたアーネスもこのように微笑ましく見てくれていたのだろうか。いつか聞いてみたいと思った。

 ソフィは準備が整ったらしく「お待たせいたしました」と慣れない敬語で伝えてくれる。ミアは「ありがとう。リオナの手伝いに行きなさい」と言って、それに従うソフィを見届けてからミアは朝食に手をつけ始めた。

 昨晩大泣きしたからか、今日は心が清々しく体も軽い気がする。舞手に決まってからあまり食が進まなかったが、今日はスープもパンも美味しく感じる。心持ちひとつでこうも世界が変わるなんて不思議でならない。と、思った途端ミアの思考は一時停止する。



『恋です、恋』



 ルヨンの声が頭の中で何度も再生される。アーネスとの会話で忘れそうになっていたが、昨晩はルヨンに自分の気持ちを指摘されたことを思い出した。自分が日華の君に恋心を抱いているとはまだ信じ難いが、真っ向から否定できない自分もいる。何事も白黒はっきりつけたい性分のミアは、自分が本当に恋心を日華の君に抱いているのか知りたい気持ちが膨らんでいく。どうすれば白黒つくのか考えた結果、日華の君に会えばわかることだと、まるで戦にいくような気分になるのだった。そのためにもしっかり食べなければと、用意された朝食を綺麗に平らげた。



「リオナ、ソフィ着替えます」



 本来なら舞の練習用の装束だが、恋心を確かめんとする今のミアにとっては戦闘服と同意義だった。

 ミアの言葉を合図に、リオナとソフィがそれぞれ衣装を持って入室する。任命式で着て以来だが、確か着付けるのに二人は必要なはずだ。自分では結べない位置に三つもリボンを結わなければならない。ミアが大書庫に行っている間に、リオナがソフィに教えていたのだろう。ソフィの手つきは慣れたものだった。二人の手際がよかったので、ものの五分ほどで着付けは完了した。居室にある小さな姿見で自分の姿を確認する。任命式で舞った時のことを思い出した。確かあの時は、針のむしろのような状態で舞った気がする。高官達の反対の中、自分の実力を発揮しなければアーネスの顔に泥を塗ることになると思ったのも相まって、緊張していた。しかし、今はまた別の意味で緊張している。そのいつもと違う様子に気がついたのか、リオナが心配そうに声をかける。



「ミネリア様、今日は何かあるのですか? まるで戦に行かれるような面持ちをされていらっしゃいますが…… 」



 さすがは長年ミアの補佐官をしているだけあって、リオナの読みは鋭い。それほどにミアの顔も強張っているのだろう。自分でもわかっているが、いつもの表情がわからなくなってしまっている。ミアは嘘を言う必要もないと感じ、素直に答えることにした。



「リオナ、正解です。私は今日戦いに行くのです」


「それは物騒ですね。何かあったのですか? 私でよろしければお手伝いさせていただきますが」


「戦いの相手は私自身です。白黒はっきりつけなくてはならないことがあるのです」



 リオナはミアの言葉を聞いて首をかしげる。無理もない。ルヨンとミアの一連の流れをまったく知らないのだ。しかも自分と戦うなど意味がわからなくて当然だった。しかし、ミアもこれ以上リオナに話せる内容でもないので、リオナには悪いと思ったが、ここで話を終わらせた。

 ミアは衣装の上にガウンを羽織る。衣装だけで神殿内や書庫をうろつくと、非常に目立ってしまうだろうと思ったからだ。大きなリボンが三つ、舞のためにヒラヒラしている裾、そして極め付けが色味の強さだった。神官装は薄紫である。しかし今着ている舞衣装は赤、緑、黄色など神官の腰帯の色がすべて織り込まれている。きっと練習用とはいえ、この衣装にも意味があるだろう。

 こうして戦い、もとい大書庫に行く準備が整ったミアは神殿を後にした。



*********



「そなた、武者のような顔をしているぞ」



 それが日華の君の第一声だった。

 仮にも華やかな舞衣装を着ている女子に言う台詞ではない。しかし、ミアはそれどころではない。日華の君への気持ちを白黒つけたいのだ。今思えば、入口にいたあの若い書官もミアの顔を見て、少し驚いた顔をしていた気がする。ミアの表情に気圧されていたのかもしれない。少なくとも書官よりミアの方が確実に幼いのだが、それだけ鬼気迫る顔をしていたのだろう。



「何かあったのか。私でよければ話を聞くぞ。せっかくの衣装が台無しではないか。女性はもっと可愛く笑っていた方がよいぞ」


「何もございません。時間もありませんから、さっそく練習を…… 」



 ミアが話しながら歩こうとした時、裾が足にひっかかってしまった。練習用の衣装である為、今のミアには少し裾が長めなのだろう。このままでは倒れると思った瞬間、景色が止まった。恐る恐る瞼を開けると、日華の君が抱きかかえるようにミアを受け止めていた。



「大丈夫か。神官装とは違うゆえ、気をつけよ。今怪我をしては舞をするどころではなくなるではないか」



 ミアにはこれだけで十分だった。

 自らの気持ちに白黒つけるのに十分だった。

 戦いで例えるなら、ミアは負けたことになるのかもしれない。

 日華の君の顔が自分の顔のすぐ近くにある。それだけで心臓がつぶれそうだった。

 日華の君に抱きかかえられている。それだけで何か満たされていく感覚があった。



『恋です、恋』



 ルヨンの声が再び聞こえた気がした。



 時間が止まったように動かないミアを見て、日華の君は眉間にしわを寄せる。



「大丈夫か? どこか怪我をしたのなら医務官を呼ぶぞ。とにかく返事をせよ」



 日華の君が自分の肩を触れた瞬間、ミアの時間はようやく動き始めた。



「申し訳ございません。私は大丈夫です。日華の君様こそ大丈夫ですか。どこかお怪我はされていらっしゃいませんか? 」


「そなた、男を甘く見るな。そなたを抱きかかえたくらいで、怪我などせぬ。とにかく、怪我がないのなら良かった。それで? 舞は完成しそうか? 」



 ミアはとっさに日華の君から離れたが、腕や肩に日華の君の感触が残り熱く感じる。ただ、それを日華の君に悟られるわけにはいかない。『恋』の力に驚いていると同時に、ミアは神官としての定めを思い出す。



『神殿は男子禁制であり、太陽神以外の殿方を想ってはならない』



 ミアは元々はキエナ王国からの人質として神官になっているため、生涯を神殿で暮らすことはないだろう。しかし、それでも今は神官であることに変わりはない。しかも、日華の君は皇家の皇子か皇孫だ。すでに妃を迎えているかもしれないし、候補くらいは決まっているだろう。キエナ王国の一介の貴族の姫にすぎないミアが妃になることは不可能だと、十二歳のミアでもわかる。それほどこの国は厳粛で神聖な国なのだ。自分と何より日華の君の為にも、『恋』を自覚したと同時にその気持ちに蓋をしなければならなかった。それが辛い事だと、今初めて気付く。



「どうした。武者のような顔つきだったと思えば、今度は落ち込んでいるのか。今日のミアはおかしいぞ。何か悩み事があるなら話せ」



 日華の君がそう言いながらミアの肩に触れた瞬間。ミアの視界は色付き、そして虚無感が同時に襲う。こんなに悲しい思いをするなら『恋』なんて知らない方が良かったとルヨンに言おうと思った。涙が溢れそうになった瞬間、思いもよらぬ声が聞こえた。



「そこにいるのは神官ですか」



 地下四階の扉にいたのはナカハとその補佐官二人だった。ナカハがミアを名前で呼ばなかったのは、ここが神殿外であり、神官の名前をみだりに知られてはならないと思ったからだろう。出そうになっていたミアの涙は一気にひっこむ。何故ここにナカハがいるのか、そして、自分が日華の君と共に居る所を見られたことが何より危険なことではないかととっさに思った。



「そなたは誰だ」



 日華の君を見た途端ナカハの顔つきが変わる。日華の君の装束を見て、すぐに出自がわかったのだろう。足早に日華の君に近付き、ひざまずく。それを見た補佐官達も同様にひざまずいた。



「皇家のお方でいらっしゃいますね。大変失礼いたしました。神官が先に目に入りましたので、礼節を欠いたこと、お詫び申し上げます。私は神殿に仕えております高官でございます」


「高官と言えば、大神官に次ぐ高位ではないか。この神官の上官にあたるわけだな。ここは書庫だ。そのような堅苦しい挨拶はいらぬ。面をあげ、立つが良い」



 日華の君がそう言うと、ナカハ達は恐る恐る立ちあがる。



「ところで、殿下。そちらの神官が何かいたしましたでしょうか」


「案ぜずともよい。この神官は先日私を助けてくれたのだ。今日も偶然ここで会ったので、礼を申していたのだ」



 日華の君は「我らは友である」と言うより、その場しのぎの嘘を言ったほうが良いと判断したのだろう。神官が書庫に来るなど、特別な許しを得ているミア以外にはいないはずだ。今後ここでナカハと会う確率を考えれば、日華の君の判断は正しいように思った。それと同時にミアは何故ここにナカハがいるのか不思議でならなかった。それは日華の君も同じだったようだ。



「この神官は特別な許しでここに来ていると聞いたが、そなたらは何故ここにいる。神官はみだりに外出できぬと聞いているが」


「私は、先日キエナ王国に布教に行った神官の報告をまとめ、本日こちらにその報告書を納めに参りました。地下四階にそちらの神官がいるはずだと思いましたので、寄っただけでございます」



 キエナ王国に布教に行った者の一人はルヨンだろう。まじめなナカハのことだ。ルヨンが帰国してすぐ報告を聞き、その日のうちにまとめたのだろう。そして、励ましたミアのことを案じ、わざわざ地下四階まで来てくれたのだ。年老いたナカハの足でここまで階段を下りてくるのは辛かっただろうと思うと、ミアは嬉しさと同時に申し訳ない気持ちになった。



「今日は客人が多いですね。何かあったのですか」



 何もこのような時に現れなくてもと、毎回思わせてくれる人物が来た。日華の君のお目付け役、アイゼンだ。



「アイゼン、多くを申すな。用件だけ述べよ」



 アイゼンが「また神官様と何をされていらっしゃったのですか」などと言われれば、今ナカハについた嘘がばれてしまう。日華の君はそれを阻止するために先に予防策を放った。

 アイゼンも何かを察したのか、いつものような小言を言うことなく、手短に用件を述べる。



「殿下、皇王陛下がお呼びでございます。お戻りくださいませ」


「わかった。すぐに戻る。では高官殿、神官、ここで失礼する」



 日華の君が去り、その配下の侍従達が完全に去るまでナカハもミアも補佐官達も一切言葉を口にせず、頭を下げたままの状態になった。そして、事態はミアが思う最悪の方向に行きそうな一言をナカハが発した。



「ミネリア神官。今日の練習が終わったら、私の執務室に来なさい。良いですね? 」

こんばんは。花岡和奈です。


ここまで、続けられているのも、読んで下さっている皆さまのお陰です。

改めて御礼申し上げます。

第一章で伝えたいことの八割は既に書けていますので、あと数話で次章にいきます。

そこでは、ミネリアが神官ではない別の形で登場しますのでご期待下さい。

もちろん日華の君も、新しい人物も登場します。

登場人物が増えていく一方ですので、「登場人物紹介」を設けています。

どうぞ、そちらもご参考下さい。


さて、私は学生ですが、インフルエンザが猛威をふるっています。

皆さまもどうかご自愛ください。


次回もお読み頂ける事を祈って・・・・



2017年1月22日  花岡和奈 拝

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