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ファイエルベルクの祈祷師《1》  作者: 小野田リス
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辺境伯の憂鬱

「来たか。」


テラスに出て、外を見下ろしていたクリスチアン=グロースフェルト辺境伯は、視界の再奥に広がる森から小さな馬車が出てきたのを認めてつぶやいた。


森と、居館となっているその城の間には、なだらかに波打つような牧草地が広がっている。馬車の走る一本道は、そのわずかな起伏を避けるため、緑の絨毯を縫うように緩やかな弧を描きながら城門まで続く。


城は、いまは崩れて人の背丈ほどの高さもない石壁を二重にめぐらし、その中に、丘の上に張り付くように建っている。


かつては度重たびかさなる異民族からの侵攻に備え、鉄壁の防御力を誇っていた城塞だったと聞く。しかし数百年もの間、風雨にさらされたままになっている外観は、城壁だけでなく城館の方もところどころ崩れ落ち、すっかり鉛色なまりいろに黒ずんで元の色が分からないほどだ。


その廃墟はいきょ的外観には、長い戦いに耐えてきた昔の領主たちの念が宿っているようで、見る人をおごそかで敬虔な気持ちにさせる。


そうやって周りを威嚇いかくするようにそびえ建つこの城は、羊が群れをなして草をむ牧歌的な草原とは、ずいぶん不釣合いに見えるだろう。


「まぁ、せいぜい不気味がるといい。」


そして、ここを早く出たいと自ら思ってくれるといい。


“こんな事情”でなければ、彼も珍しい旅人は大歓迎なのだ。


めったに自分の領地を離れることのできない身。異国の、しかも歴史の古い街から来た旅人をもてなすことは、楽しくないはずがない。


しかも、祈祷師ときている。


これといって趣味のない彼にとって、曽祖父の代にしつらえられた図書室に放置されていた古い書物を読み漁ることは、幼い頃からの唯一の楽しみだった。数々の歴史書の中に、幾度となく登場する”祈祷師”たち。その後時代を経て、学問としての”医術”が発達したデーネルラント王国には、もう痕跡こんせきどころかその職能を表す言葉すら存在しない。大陸では唯一ファイエルベルク国にのみ存在し、いまでも人々の暮らしに溶け込んでいると聞く。


もはや”生きた化石”ともいえる祈祷師の実態を知るには、またとない機会だというのに。


しかし、いまはそのような好奇心を満たす時ではない。


領主として、グロースフェルト領を、ひいてはデーネルラント王国を守ることを優先せねばならない。


「こんなことに巻き込まれて、お互い気の毒なことだ」


彼のアメジスト色の瞳は、草原の道を徐々(じょじょ)に近づく一行と、その上におおいかぶさる灰色の雲を映している。


これから起こることを暗示しているかのようで、小さくため息をついた。


あの祈祷師が早々にここをってくれれば。そして、厄介な”呪術師”がまた現れる前にファイエルベルクに戻れば。


お互い、巻き込まれずに済むのだろうか。


あるいは”呪術師”の言うとおりにことを進めれば、本当にこの国は守られるのだろうか。


怪しいものだ、とクリスチアン=グロースフェルトは考える。


人の命を軽く扱うような輩が、殊勝にも “約束”を守るものだろうか。


「ともかく……あの気の毒な祈祷師殿を出迎えるとしよう。」


胸のつかえを振り切るように、きびすを返しテラスを後にした。


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