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ファイエルベルクの祈祷師《1》  作者: 小野田リス
19/21

封印(ジーゲル)

「アラン様だと?」


ローレルの口にした名に、クリスとシルヴィがすぐさま反応した。


ハナは驚愕の表情を顔に貼り付けている。


ローレルが抱き起こした”知らないおじさん”は、ローレル先生やハナだけではなくクリスやシルヴィも知っている人のようだ。フェリスは訝しげな顔でそれぞれの反応を見ていた。


「父上……!」


シルヴィが駆け寄り、ローレルから奪うようにその体を抱き起こした。開かれた瞳の色は、シルヴィのそれと同じ色だった。目も髪の色も、顔立ちも……ふたりはそっくりだった。まるで、クリスとガリエル伯爵のように。


でも……


「シルヴィ!その方の今の顔は、本当の顔ではありませんわ!!」


フェリスがそう叫んだとたん、男の口元にうっすらと歪んだ笑みが浮かび、その目の色が淡緑色から赤い光に変わった。


「シルヴィ、離れろ!!」


クリスは叫びながら近づいたが、すでに遅かった。シルヴィは振り向きざまに腰の長剣を抜き、クリスの胸元を払った。危ういところで身を引いたクリスの胸元をかすめ、銀刃は鋭い風音を立てて空を切った。なおも襲いかかろうとするシルヴィの目は光を失い、フェリスを捕まえようとしていた兵士たち……呪詛にかけられた人のそれだった。シルヴィは続いてローレルを襲うが、素早く鉄の棒で受け止められた。ハナの援護を受けながら剣をかわし、何とか距離を取った。


「シルヴァン様が、生きておられたとはねぇ。」


白い外套の男は、瞳に赤い光をにじませたまま起き上がり、シルヴィの後ろに立った。すでにその顔は、クリスやローレルの知る人のものではない。


「ピエル=プリエールの血は、二つも要りません。祈祷師となったフェリシア様には、ここで死んでもらいましょう。」


その言葉に促されるように剣を振るいあげたシルヴィが、フェリスに向かってゆらりと駆け出した。あっと言う間に目の前にシルヴィが迫ってきたが、フェリスは体が硬直したようにその場から動けなかった。


しかし振り下ろされた剣を、鋭い音を立てて受け止めたのはクリスだった。


「シルヴィ、正気に戻れ!」


激しい剣戟の音が、聖堂に響く。あの仲の良い二人が……このままでは互いに傷付けあってしまう。こんな時に六芒星の布が手元にないなんて……ラドルのずだ袋と自分のものを間違って持っていたという"うっかり"を、心底悔やむフェリスだった。


白衣の呪術師がいつの間にか剣を握りしめ、クリスの背後に迫る。


「クリス様!後ろ!」


フェリスの悲鳴で、後方から振り下ろされる銀刃に気づき、クリスは何とかそれを払った。しかし不安定な体勢で相手の剣を受けたため上腕に傷を負ったようだ。腕を押さえて膝をつくクリスを援護するように、呪術師との間に素早くハナが入ったが、その背後ではさらに斬りかかろうとシルヴィがゆらりと剣を頭上で構えた。


「シルヴィ!!だめよ!!」


フェリスは、手にしていたずだ袋を振り回し遠心力をつけて、シルヴィの背中めがけて思い切り投げつけた。


見事に命中したずだ袋は、その中身を辺りに撒き散らしながら放物線を描く。お土産のハンカチが飛び出し、ひらひらと宙を舞う。目で追っていたずだ袋やハンカチの向こうに見えたのは……六芒星。


六角垂の尖塔の小屋梁の重なりが、下から望むと天井に巨大な六芒星を描いていているように見えるのだった。


「ローレル先生、六芒星を見つけましたわ!!」


言うや否や、フェリスは両手を胸元に結び、心を静めて祈った。


「山の神、我をして清むるは汝の血……光よ、我らの魂を清めたまえ……!!」


かすかに白さを増したように見えるフェリスの肌を、さらに上から眩しい光が照らした。闇の中に黒ずんで見えていた尖塔の小屋梁が、何かに照らされているかのように光り輝き……それは誰の目にも六芒星として映った。


その六芒星から降り注ぐような淡い光を浴びたシルヴィたち……呪術師によって意思を奪われていたグロースフェルトの兵士たちも……次々とその場に崩れるように倒れこんだ。


**


不思議な光だ……。


クリスは目をすがめながら天井を見上げた。気を緩めると視界が歪みそうになっている目にも、はっきりとその”星”が見えた。昔の領主が増築したものの今はほとんど使われることのないこの大聖堂カテドラルに、まるで朝の光が差し込んだようだ。壁も、床も、螺鈿やタイルで優美な装飾を施された白い柱も……昔からずっとそこに神が住んでいたかのように清麗で、柔らかく光を照り返している。長くこの城にいるが、大聖堂ここを美しいと思ったのは、これが初めてだった。


淡く光る床や壁に、柔らかな光の粒子が降るように注ぐその光景は、白いブラン城に舞い落ちる真っ白な雪を思い出させる……その安らかな光は、肌を滑り、染み込み、身体中の血へと溶けていくようだ。


一気に力が抜け、クリスはそのまま膝を崩し、うつ伏せに倒れて意識を失った。


**


「クリス様……クリス様!!」


鈴を鳴らしたような声に意識を引き戻されたクリスは、そのままゆっくりと目を開けた。


瑠璃色の瞳が、心配そうに覗き込んでいる。


金糸をまとった小さな頭の向こうにある天井には、光る六芒星を形作っていた小屋梁はもう見えない。いつも通りの暗く冷たい空間となっていた。


「よかった、目をお覚ましになったわ!ローレル先生、クリス様は生きてらっしゃいますわ!」


「ああ、ド派手な解呪が済んだしな。それに……呪詛をかけられても、あれだけ自力で動けたんだ。ちょっとやそっとじゃ死にやしねえよ、そいつは。」


やる気のなさそうな声で応じるのは、おそらく緋色の外套を着た派手な祈祷師だろう。クリスは、フェリスに支えられてゆっくりと身を起こした。


シルヴィは……ローレルとフェリスの護衛に支えられて、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。


「すまない、フェリス、クリス……何ともないか?」


淡緑色の瞳に、いつもの光が戻っている。意識は取り戻しているようだ。


「ああ……大丈夫だ。おまえの方こそ、顔色が悪いぞ。」


安心させるように笑みを浮かべるクリスに、シルヴィは目を伏せた。


「父上が……生きておられたのかと驚いた。」


呪詛とは、恐ろしいものだな……シルヴィはそう呟きながら手を銀髪に差し入れ、こめかみの辺りを抑えた。


アランの顔を知り、シルヴィが生きていたことに少なからず衝撃を受けていた白い外套の呪術師……彼は、間違いなくブラン城を襲った呪術師に違いない。しかし、ローレルがその呪術ちからの封印のため、妖の力でアランの顔を見せた呪術師に再び近づいたところ、倒れていたその白い外套の下には全くの別人……グスターヴォに入れかわっていたのだという。解呪の隙に、逃げられたようだ。


「ま、白いヤツに逃げられたのは痛いが……とにかく先にあいつの力を封印しとくか。」


ローレルが倒れたままのグスターヴォに近づこうとした時、聖堂の入り口から駆けてくる音が聞こえた。


「フェリス!!無事?!」


濃紺色の外套をなびかせて聖堂に駆け込んできたのは、祈祷師見習いの少年ラドルだ。そしてその後ろを、灰色の外套をまとった恰幅の良い男……おそらく祈祷師が、ゆさゆさと体を揺らしながら走ってついてきている。


「なんだ、ダンじゃねえか!」


「会長様?!」


その姿を見とめた師匠と弟子の祈祷師が目を丸くした。ダンは、フェリスの顔を見るとふにゃりと表情を崩した。


「フェリス〜!無事だったんだねぇ!」


よろよろと手を伸ばしたところを、フェリスは駆け寄ってしっかりと抱きしめた。


「会長様、どうしてここへ?」


「ハナがね、知らせてくれたんだよ。」


ホーエンドルフにローレルが不在だったため、ハナは祈祷師協会の本部を訪れ、グロースフェルトの城にフェリスとラドルが軟禁されているということをダンに伝えたのだ。ただの”寄り道”と思っていたダンは、大慌てで他の理事に仕事を任せて山を降りてきたのだという。


「怖かったねぇ、フェリス。ごめんね、大変なお仕事を任せちゃったみたいで……」


重たい体に鞭打ってグロースフェルトの城に着いたら、呪詛にかかった大勢の兵士たちが寝かされていた。ここにも呪術師が現れたことに驚き、こんなに大勢の人が呪詛にかけられるという大事件に若い女の祈祷師ひとりを派遣してしまったと自分を責めた。


「とにかく、広間に寝かされていた軍人はみんな私が解呪しておいたからね。」


ラドルは、クリスとシルヴィに『あの人は祈祷師協会の会長で、ホーエンドルフで一番ベテランの祈祷師なの』と説明した。ハナもそれを補うように、解呪した兵士たちや怪我人は今、マルクグラーフ村から戻った従者たちやメイドたちがみなで手当てしているのだと伝えた。そして呆れるような眼をローレルに向けてフンと鼻を鳴らした。


「この赤マントがホーエンドルフにいなかったせいで少し時間はかかりましたが、やはり会長をお連れしてよかったです。」


「赤マントって言うな。っつーか、ハナ……俺がいないからって、いくらなんでも年寄ダンりはないだろう。」


「私の故郷くにに、『枯れ木も山の賑わい』という言葉があります。」


「おまえ、頼っといて失礼なやつだな。『腐っても鯛』とかいう言葉だって、あっただろう。」


2人のやりとりを半眼で見ていたラドルは『どちらにしても、良いこと言ってる気がしないんだけど……』とつぶやき、クリスとシルヴィを振り返っていつもこうなのだというように肩をすくめて見せた。


「ローレル先生、ハナと仲良くおしゃべり中にごめんなさい……その、封印ジーゲルを……」


会長との再会をひとしきり喜んだフェリスが声をかけると、ローレルとハナは同時に『これは仲良し会話ではない』と言って振り返った。しかしその否定も息がぴったりで、逆に二人の相性の良さを感じさせるものがある。


ローレルは呪術師グスターヴォの力を封印すべく、懐から蝋石を取り出し、床に”二重円”を描こうとした。


「ローレル、封じの円は必要ないよ。」


それを素早く止めたのは灰色の外套を着た祈祷師ダンだった。


「おまえ、気付かなかったのかい?ここには、すでに”封じの円”があるんだよ……しかも、特大のね。」


ダンはローレルに片目で目くばせし、フェリスの肩を抱いてその顔を覗き込んだ。


「ここで封印ジーゲルをやってみせてごらん、フェリス。」


フェリスはその言葉に驚きと困惑を隠せず、瑠璃色の目を不安げに会長に向けた。そんな女祈祷師を励ますように、会長はゆったりとした笑顔を向けた。そして戸惑うローレルやハナ、ラドル、シルヴィ、そして最後にクリスに視線を止めて、宣言するように言った。


「グロースフェルトの城に、”賢者”のご帰還ですよ」


大聖堂カテドラルはその言葉を認めるかのように、厳かにその声を響かせた。

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