生き返り、同じ時を過ごすのか否か
「やあ」
「起きましたか」
「今度は刺さないのかい?」
「目的は達しましたから」
今では恐らく、年上の少女。冷たい目だが、そこに殺気はない。嬉しい限りだ。生き返るとはいえ、痛いものは痛いのだから。
ここは祠の前。雑木林の中。家の裏手の、立ち入り禁止の柵の内側である。
現在、俺は七歳のはずだ。毎回そうである。そして、明日は俺の八歳の誕生日だ。これもまた、変わりないだろう。
「俺の記憶が確かなら、君とは『初めまして』の間柄かな?」
「前回のあれを含めなければ、そうですね。初めまして」
着物を纏った彼女は、足がないわけでも、浮遊しているわけでもなく、極々平凡に、そこに立つ。気味の悪い、というと失礼かもしれないが、日本人形を思わせる彼女からは、そういう気配が漂っているのだ。
「一つ質問があるのだけど」
「何ですか?」
「君は何? いや、何者?」
「私は私ですが」
「……質問を変えようかな。君の存在は、この世界ではどういう扱いなのかな?」
「扱い……それは、私に、私を、俗世一般で使われている言葉を用いて表現させる、ということですか?」
「……たぶんそうだね」
もうわけがわからない。
「恐らく、これはあなたの望む答えではないのでしょうが、あなたの望みは質問の答えであるのだから、答えましょう。私は、自分が何かを知りません。私は神ではない。私は天使ではない。私は悪魔でもない。私は仏でもない。私は霊ですらない」
「……そうかい」
もっとわからなくなった。しかし、すぐに思い浮かぶもので、彼女が口にしていない存在を一つ思いついた。
「それなら君は、人間なのかもしれないね」
「どうでしょう? これから先、私は死ぬまであなたと一緒に行動します。その過程で、あなたは、私が何者なのかを見極める。それでいいじゃありませんか。私が何かだなんて、たいしたことではないのですから」
彼女と俺の価値観は、恐ろしいほどにずれている。だが、彼女と居ることへの恐怖は少し和らいだように思う。言葉の持つ力は、とてつもなく、大きい。
「そろそろ、私があなたの前に現れた理由を伝えなくてはなりませんね。そうしなければ、あなたをあの段階で止めたことが、無駄になってしまいます」
久々に、俺の死が意味を持ったということだろうか。無意義に繰り返す生には、ほとほと飽きていたところだった。
「あなたは七歳の時、この祠の前に現れた。好奇心のためか、臆することなく祠に駆け寄り、調べ始めてしまった。それだけなら良かったのですが、残念なことに、あなたは一線を越えてしまいました」
俺の過去。彼女の語っていることは、時間の話だけでいえば、ほんの数分前、俺が行ったことである。だが、その物語を、俺は覚えていなかった。過去の俺には数分前でも、今の俺には何千何億年も前の話だからである。
だから、俺は真剣に彼女の言葉に耳を傾けた。
「中にお札があるでしょう? あれは世の人々が耐えきれない、受け止めきれないであろう不幸を肩代わりするものなのです。それにあなたは触れてしまったのです」
「その結果が、今までのあれだと?」
「そうです。 今まで溜め込んでいた不幸全てを、あなた一人が受けなければならなくなった。平凡な人間なら、精神が保たない程度の物ですが、あなたは奇跡的に生き残った。今日、この時まで」
「じゃあ、前回はどうなんだ。何故俺を殺した。今までどんな不幸があったとしても、死ぬ時は決まっていたじゃないか」
「あなたにも限界が来たのです。ただし、その限界というのも、常人とは違います。あなたに降りかかる不幸を水に、あなたの精神、魂を器に例えましょう。
大抵の場合、不幸は勢いよく器に流れ込み、溢れ出してしまう。魂の存在は残っていても、それが意味をなさなくなってしまうのです。
それが、あなたの場合、コップから溢れることはなく、溜まり続けた。器が大きかったからです。しかし、幾年も使い続けた器は、遂に壊れる時を迎える。精神が役目を終えてしまうということです」
「……なるほど。ありがとう。だが、俺は未だに健在だ。それは一体、どういうことだ」
「言ったではないですか。あの段階で止めたと」
「止めた?」
「そうです。あれ以上まともに生きてしまえば、あなたの精神は崩れて……消滅していたでしょう。そうならないように、私が現界したのです」
「……そうか」
あそこでまた一生を過ごしてしまえば、俺はここに立っていないと、そういうわけだ。
しかしそれは、非常に勝手だ。少女はまるで、俺が少しでも生きていたいと思っているようだ。
俺は消えたいのだ。生きていることは俺にとって無意味かつ無利益なのだ。私の器がどれだけ大きいのかなど知らないが、そんなことは、本当にどうでもいいことなのだ。
「これからあなたの、最後の人生が始まります。どのようなものになるのかは、あなた次第。如何様に生きても、私は何も言いません。ただ、手は加えさせて頂きますが」
……いいだろう。これが最後というのなら、なにかしらの足掻きを、記録を残してやろう。
それがどういうことになるのかなんて、神のみぞ知るってものだろう。