表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

少年少女、祠の前で

 そう、それはどうしようもなく突飛で、唐突だった。


 この事態は、俺にとって非常に新鮮で、鮮やかだ。

 実際、視界は鮮やかな真っ黒だ。黒を鮮やかなどというのは可笑しいだろうか? しかし、そう感じたのは事実である。


 さて、今。俺の心臓は、初対面の少女に貫かれ、正確には彼女の持っていた凶器、刀によって貫かれたわけだが。

 先述したように、この出来事は俺にとって突飛であり、唐突であり、新鮮だ。今まで手足がもげたり、もがれたり、凄惨に家族が殺害されたり、世界が滅されたりしたことは多々あったが、それでもつつがなく米寿を迎え、孤独に死ぬことに変化はなかった。

 そのことに疑問を抱くのは、とっくに辞めていた。思考を止めていたのではなく、考えることが意味をなさなくなったので、勝手に止まったのである。


 何にしても、俺は困惑した。昨日十五歳の誕生日を迎えたばかりだというのに、もう死んで良いのだろうかと。人間らしく、死が近づいている証拠として、大量に滴っているだろう血液。彼女はその赤い水たまりの真ん中に、堂々と、憮然と、当然のように立っている。

 俺の脚からは力が無くなり、彼女にもたれ掛かる形となった。視界が黒で埋まっているのは、俺の頭が彼女の髪に埋もれているからに相違なかった。倒れてようやく肩あたりならば、彼女は相当に年下なのだろう。


「情けない。自分の足で立ちなさい」


 近頃では、ほとんど人と会話していない。いつからか人は俺に近づかなくなったし、俺も近づこうとは思わなかった。


「厳しいねぇ……」


 そろそろ俺の声帯も退化し、使い物にならなくなったかもしれないと思っていたが、存外、声というものは出るものだ。血反吐を吐きながらの言葉だったが、きっと伝わっているだろう。


 それにしても、新しい経験、即ち、刺激というものは素晴らしい。若返ったようだ。勘違いしないように予め言っておこう。俺は、俺の肉体に関して言えば、何度でもあの時の若さに戻ることができる。いや、戻ってしまう。俺の意思は、そこには存在しないし、存在したところで聞き入れて貰えるとは思えない。だから、大量の分子やら原子やらで作られているこの身体が、生まれた時の状態に少しでも近づくということは、本当にどうでもいいことなのである。

 俺が若返ると言ったのは精神の話だ。精神というのは、どうにも朽ちることができない。ただただひたすらに年老いていくばかり、だがそれでも消えてしまうことはない。不便であり不憫でもあり。自分自身からも必要とされていないのだ。ただ、新しいものにやはり胸躍り高鳴る。童心を忘れたわけでは、決してないのだ。


「いつもより早くお勤めを終われて、貴方は今、幸福でしょうか? それとも、不幸でしょうか? どちらであれ、これは私の都合でこうしているのだから、貴方の希望や思いなど、気にはしていませんが」

「そうかい……」


 少しずつではあるが、生気が抜けていく。意識も少しずつ俺の元を去っていく。こういった体験を、俺は何度繰り返しただろうか。

 そういえば、昔、極楽があるとかないとか、地獄があるとかないとか、そういうことが話題に上がっていたのを思い出した。

 残念ながら、その話題をしている集団の中に、俺は含まれていない。あくまで輪の外から聞いた話である。別段、輪の中にいたいとも思わないが、彼らを観察していると昔の俺を思い出せる。そうすると、自分も人間だったと気付くのだ。いや、もちろん今も人間なのだけれども……そう、人間らしさというものに気付く、これなら正しく伝わるだろう。


 ……そろそろ、彼女の言葉を無視し続けるのも難しいか。

 俺の気持ちが一切の事柄に関与しない、出来ないのはいつもの通り。理不尽だ。慣れているとも。


 俺は何者かによって何度も生かされてきたようだが、それが俺にとっての「お勤め」だなんてことは知らなかった。「勤める」という言葉の定義など、俺は調べたこともない。興味も湧かない。

 突然にそう言い放ち、俺に何を求めるのか。感謝の言葉でも述べて欲しいのか。俺が感謝して……ああ、なるほど。だから、幸福かどうかなど、知らないというわけか。俺に、余計なことを考えるなと、そう言いたいわけだ。


 なんにせよ、もうすぐこの身体とはお別れとなる。未練など微塵もないが、非常に憂鬱だ。

 またこの場所から始まり、終わるのだ。


「また会いましょう。今度はもっと、早い頃に」







 覚醒すれば、いつもの通りだった。祠に雑木林。風邪に揺れる木の葉の音は、なんとも寂しいものである。


 いや、一つ違う。


 振り返る。やはり、例の少女はそこにいた。


 今では私も、小さな少年ではあるが。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ