少年少女、祠の前で
そう、それはどうしようもなく突飛で、唐突だった。
この事態は、俺にとって非常に新鮮で、鮮やかだ。
実際、視界は鮮やかな真っ黒だ。黒を鮮やかなどというのは可笑しいだろうか? しかし、そう感じたのは事実である。
さて、今。俺の心臓は、初対面の少女に貫かれ、正確には彼女の持っていた凶器、刀によって貫かれたわけだが。
先述したように、この出来事は俺にとって突飛であり、唐突であり、新鮮だ。今まで手足がもげたり、もがれたり、凄惨に家族が殺害されたり、世界が滅されたりしたことは多々あったが、それでもつつがなく米寿を迎え、孤独に死ぬことに変化はなかった。
そのことに疑問を抱くのは、とっくに辞めていた。思考を止めていたのではなく、考えることが意味をなさなくなったので、勝手に止まったのである。
何にしても、俺は困惑した。昨日十五歳の誕生日を迎えたばかりだというのに、もう死んで良いのだろうかと。人間らしく、死が近づいている証拠として、大量に滴っているだろう血液。彼女はその赤い水たまりの真ん中に、堂々と、憮然と、当然のように立っている。
俺の脚からは力が無くなり、彼女にもたれ掛かる形となった。視界が黒で埋まっているのは、俺の頭が彼女の髪に埋もれているからに相違なかった。倒れてようやく肩あたりならば、彼女は相当に年下なのだろう。
「情けない。自分の足で立ちなさい」
近頃では、ほとんど人と会話していない。いつからか人は俺に近づかなくなったし、俺も近づこうとは思わなかった。
「厳しいねぇ……」
そろそろ俺の声帯も退化し、使い物にならなくなったかもしれないと思っていたが、存外、声というものは出るものだ。血反吐を吐きながらの言葉だったが、きっと伝わっているだろう。
それにしても、新しい経験、即ち、刺激というものは素晴らしい。若返ったようだ。勘違いしないように予め言っておこう。俺は、俺の肉体に関して言えば、何度でもあの時の若さに戻ることができる。いや、戻ってしまう。俺の意思は、そこには存在しないし、存在したところで聞き入れて貰えるとは思えない。だから、大量の分子やら原子やらで作られているこの身体が、生まれた時の状態に少しでも近づくということは、本当にどうでもいいことなのである。
俺が若返ると言ったのは精神の話だ。精神というのは、どうにも朽ちることができない。ただただひたすらに年老いていくばかり、だがそれでも消えてしまうことはない。不便であり不憫でもあり。自分自身からも必要とされていないのだ。ただ、新しいものにやはり胸躍り高鳴る。童心を忘れたわけでは、決してないのだ。
「いつもより早くお勤めを終われて、貴方は今、幸福でしょうか? それとも、不幸でしょうか? どちらであれ、これは私の都合でこうしているのだから、貴方の希望や思いなど、気にはしていませんが」
「そうかい……」
少しずつではあるが、生気が抜けていく。意識も少しずつ俺の元を去っていく。こういった体験を、俺は何度繰り返しただろうか。
そういえば、昔、極楽があるとかないとか、地獄があるとかないとか、そういうことが話題に上がっていたのを思い出した。
残念ながら、その話題をしている集団の中に、俺は含まれていない。あくまで輪の外から聞いた話である。別段、輪の中にいたいとも思わないが、彼らを観察していると昔の俺を思い出せる。そうすると、自分も人間だったと気付くのだ。いや、もちろん今も人間なのだけれども……そう、人間らしさというものに気付く、これなら正しく伝わるだろう。
……そろそろ、彼女の言葉を無視し続けるのも難しいか。
俺の気持ちが一切の事柄に関与しない、出来ないのはいつもの通り。理不尽だ。慣れているとも。
俺は何者かによって何度も生かされてきたようだが、それが俺にとっての「お勤め」だなんてことは知らなかった。「勤める」という言葉の定義など、俺は調べたこともない。興味も湧かない。
突然にそう言い放ち、俺に何を求めるのか。感謝の言葉でも述べて欲しいのか。俺が感謝して……ああ、なるほど。だから、幸福かどうかなど、知らないというわけか。俺に、余計なことを考えるなと、そう言いたいわけだ。
なんにせよ、もうすぐこの身体とはお別れとなる。未練など微塵もないが、非常に憂鬱だ。
またこの場所から始まり、終わるのだ。
「また会いましょう。今度はもっと、早い頃に」
覚醒すれば、いつもの通りだった。祠に雑木林。風邪に揺れる木の葉の音は、なんとも寂しいものである。
いや、一つ違う。
振り返る。やはり、例の少女はそこにいた。
今では私も、小さな少年ではあるが。