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閉塞破砕  作者: KILO
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復帰前-1

 左足の裏がアスファルトの地面を捉えた直後には、前に出した右足のかかとがぶつかる。右足がつくと、今度は左足。

 横目で見ていた首都警察術科センターの正門はあっという間に後ろへ行ってしまった。前からやって来た、キャップを目深にかぶり出動服姿の五、六人の機動隊員とすれ違う。課業後も身体鍛錬に余念がない彼らには関心する。


「君は所謂経験者枠で採用されることになる。他道府県警や軍、君の古巣の出身者のための枠だ。この枠で採用された者は新木場の術科センターで三ヶ月、研修を受けてもらう。当然この期間にも給与は出るし......」


 一ヶ月前に本庁で受けた三木の説明が脳裏で再生される。

 最初に受けた健康診断の結果によれば、体は一年間の路上生活にも関わらずひどいことにはなっていなかった。緊急の治療を要すものはないが、酒はしばらく断つように医者からは言われた。それだけが苦痛の種だ。体力もSGTにいた頃よりは落ちるが、取り戻しつつある。体術も悪くない成績だ。射撃の指導教官はみちるの拳銃射撃の成績に満足していたが、みちる自身はまた実戦で撃てるのか疑問だった。狙撃手だったころにあった、引金を引く自分の指が作戦を決するという自信や気概はもう持てないのか不安に思うことがあった。実戦で自分が引金を引けばなにかまずいことが起こるのではないかという不安が常にある。

 当然この時期に採用されるのは異例なことで、みちる一人に対して複数人の教官がついている。同期という者はいないが、その分いくらか気楽にやれる。なによりも訓練に集中している間は全てを忘れていられたのが良かった。たとえ夜には悪夢にうなされたとしてもだ。

 淡々とこの一ヶ月は過ぎた。劇的な変化にも関わらずだ。二ヶ月後にはレアズと対峙するかもしれない部隊に配属されるなど想像もできない、平穏さすら感じる。相変わらず悪夢に悩まされ、夜中に目を覚ますこともあるが、少なくとも課業中は忘れることができたし、課業後もこうして体を動かすことによって忘れていられる。


「頑張っているようだな」


 後ろから声をかけられて足を止めた。振り向く。声の主と会うのも一ヶ月ぶりだ。


「お久しぶりです」


 三木はやはり濃紺のスーツ姿で苦笑いを浮かべて立っていた。この男が笑うのは初めて見たかもしれない。隣にはやはり最後に会ったときと同じブレザーを着た少女、ツバキだ。


「最初に会ったときはもう少しくだけていたじゃないか」


「今はここの巡査のおれからしたら、三木警視は雲上人ですよ」


「嬉しいことを言ってくれるな」


 この一ヶ月で打ち解けた銃器出納係の一人が教えてくれたことだが、三木は準キャリアで採用され、見た目よりもずっと若くまだ三十六歳だという。

 三木がどんな人間なのかまだよくわかっていないが、きっと苦労が多いのだろう。笑みはどことなく自虐的だ。


「ツバキ、都筑さんにご挨拶は? お前の上官になるかもしれないぞ」


 ツバキは青い目をみちるの視線に一瞬だけぶつけると小さくおじぎした。


「こんにちは」


 聞き取りやすいが、平坦で機械的だった。


「こんにちは、えっと......」


 三木に視線を向けて彼女のフルネームを言わせようとした。


「ツバキ、先に車に戻っててくれ」


 ツバキに車のキーを渡すと彼女は機敏は動きで振り向き、早足に行ってしまった。姿が見えなくなると三木はようやく話しだす。


「わかってるだろうけど、彼女はS型のレアズだ。首都警が発見したのはちょうど一年前。万世橋署員が深夜に徘徊する彼女を見つけて職質をかけたところレアズであることが発覚した。話を聞けば中学卒業と同時に両親に追い出されたそうだ。彼女の両親に連絡をしようとしたが最初は取れなかったよ」


「死んでいたとか?」


「なんということはない。彼女が保護される三週間前に麻薬の所持で逮捕されて、身柄は検察に行っていたんだ。両親は彼女の存在を認め、身よりのなくなった彼女の採用を我々は決定した。両親とは折り合いが悪かったらしく、名字で呼ばれるのをとても嫌っているんだ。保護した当初も頑として名字を告げず、卒業した中学に問い合せてやっと確認したくらいだ」



 三木が言いたいことはわかった。やがてみちるも彼女の姓を知ることになるだろうが、名字で呼ぶべきでないのだ。


「たぶんだけど、君は彼女と一緒に仕事をすることになるから覚えていてほしかった」


「彼女と? 私はまだどんな部隊に行かされるかも聞いていません」


「君がここを出て、正式配属になったら説明しよう。ほかの者達も聞いていないのは同じだ」


 では頑張ってと言い残し、三木は背を向けて去っていった。




 ゴーストサイト越しに捉えた。剥き出しになった上半身は異常に白く、肩まで伸びた不潔な金色の髪はきらきらしている。背中の、ちょうど肩甲骨の辺りから現れている白くしなだれた羽は黒ずんでいる。距離は三十メートル。MP5A4とみちるの技量なら銃口を突きつけて撃つのと変わらない距離だ。セレクターが単射の位置にあることを確認して、サイトを敵の真っ赤な左目に合わせる。視線がぶつかる。引き金を絞り落とす。反動も銃声も意識の外に追いやれる。次に気にするのは当たったかどうかではない。銃身を視線ごと左右に巡らす。敵の姿が消えるのを視界の端で認める。

 甲高いブザーが鳴り、視界いっぱいの真っ青な空とアスファルトの路面が消え、全面の壁が白い、体育館ほどの広さの部屋が現れる。軍用ゴーグルを模した交戦訓練装置〈VRバトラー〉があらかじめインストールされていた状況の投影をやめたのだ。映し出される映像は担当教官もリアルタイムで追え、訓練装置に記録されている状況に変化をあたえることもできる。

 研修も二ヶ月が過ぎて終盤に差し掛かる中で、教官たちはみちるを困らせようとあれこれと変化を加えた状況を作り出していたが、今回は単純すぎた。

 仮想現実の中に現れる敵はためらいなく倒せる。その事実はみちるにとってなんの自身にもならない。訓練を終えて自分の成績を見て感じるのは、実戦でも同じように撃てるのかという不安だった。もし現実であれば自分の放った一発が相勤者に、一般人に危険をもたらすかもしれない。仮想現実のレアズだけを撃っていたい。

 背後の出入口が開き、小柄で寡黙な三十代の元機動隊員の担当教官と三木が入ってくる。およそ一ヶ月ぶりだが、当の三木は昨日も会ったような顔をしている。教官の顔はいつになく緊張している。


「だいぶ昔の勘を取り戻したみたいだな」教官は低いがよく通る声で言った。「そろそろ彼女との訓練に入ってもいい時期だ」


「残りの一ヶ月の訓練はツバキと受けてもらう」三木が継いだ。「彼女は正式に君の相勤者に決まった」


 一ヶ月前にもそんなことを匂わすようなことを三木は言っていたから、大した驚きはなかった。きっと配属先でやらされるのは、子守役だ。SGTにもいた。一人のS型に一人以上付き、普段は友人役として話を聞いてやり、作戦時には子守役がS型をコントロールする。真偽は定かでないが、万一S型が暴走し、良からぬ事を起こす場合には射殺するという任も負っていると聞いたことがある。一線に立つ突入要員や狙撃手からは見下されていた者たちだ。あまり気乗りはしない。


「彼女について前にも言ったかもしれないが......」


 三木が言い出すのと、出入口のドアが開くのは同時だった。ツバキは前に見た時と同様に清潔なブレザーを着ていた。銃口に訓練用のアタッチをつけたレミントンを持ち、ゴーグルをかけている。腰に拳銃とトンファー型の警棒を吊っているのが前とは違う。ゴーグルの下の大きな青い眼がくるくる動くのは幼さを感じさせるが、身長と端整な顔立ちのせいで実年齢より大人びて見える。肌が白く、服装に不釣り合いな装備品を身につけているせいで、非現実的な存在に見える。

 精一杯の愛想とともによろしくと言って右手を差し出したが、ツバキは一瞥くれると小さく頷き、握手には応えなかった。その態度に腹は立たなかったが、彼女とのコミュニケーションは困難なものだろうと思うと気分が沈む。


「では早速二人での状況に入ってもらう」


「ブリーフィングは?」


「二人で行う時間が欲しいなら何分か与えるが、でなければすぐ始める」


「五分だけください」


「いいだろう。五分経ったらこちらでVRバトラーを再起動させる。本日は三木警視がご覧になる。みっともないことはしないように」


 担当教官はそう言い残して三木とともに出て行った。いきなり組まされて無様な姿を見せるなとは理不尽な命令だ。最初は必ず息が合わない。部屋にはみちるとツバキだけが残された。

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