浮遊
また目を覚ます。目を覚まして最初に必ず感じるのは後悔と焦燥感だ。いつまでこんな日々を過ごせばいいのかわからないという焦りとまた新しい日を迎えてしまったという後悔。
三木が帰ってしばらく後、しばらくはあの話について考えていたが、やがて眠りについてしまった。よく凍死しなかったものだと思う。高架橋の下で一日中壁に背を押しつけてじっとしているのなら凍死したほうがよかった。三木の顔が思い浮かぶ。昨日彼に着いていっていれば、今朝はこんなことを感じなくてすんだのだろうか。
ゆっくり首をあげ、左右に回す。人通りはほとんどない。およそ午前九時から十時頃だろうと察しをつける。昨日みちるが放り投げたウォトカの瓶と手に取った朝刊紙はなくなっていた。どこかに今日の新聞は落ちていないかと首を巡らせたが、地面には空き缶一つ見当たらない。清潔な街だ。
首筋にまとわる冷気に気付き、ズボンのポケットをまさぐる。指先に五、六枚の小銭がぶつかる。よかった、まだある。少なくとも今日はなにもしなくても夜にウォトカを買えるだろう。だが明日には? その先を考える前に思考を止めた。考えたくもないし、必要に
迫られればなにかするはずだ。アルコールに泣きつけないというのは重大だから、きっとどうにかするだろう。
消えない眠気に負けてもう一度目を閉じた。
両腕に収まっていたのは体の一部といってもいいほど使い込み、馴染んだM14 EBRだった。黒い戦闘用ヘルメットをかぶりカバーオールの上に衝撃吸収版を挟んだタクティカルベストを羽織っている。手に持った狙撃銃を除けば標準的なSGTの装備だ。人員輸送車のシートに座り、正面には章が立っている。同様の身なりに、手には観測手用のM27 自動小銃。
無愛想に片手を突き出す。言葉を発したわけではないが、M14を渡せと言っているような気がした。
「これはおれのライフルですよ。いくら主任でも渡せませんね」
どれほど信頼する相手にも自分の小銃を触らせないのは狙撃手の鉄則だ。自分が調製したものを他人に触らせれば、歪みが生じてしまうかもしれない。章も狙撃手であるならそれは心得ているはずだ。みちるも他の狙撃手の銃に触れたことは一度としてない。
だが章は差し出した手を引かない。代わって狙撃を行うにしても、章は自動式を嫌っている。
みちるが迷っていると、章は自身のM27を差し出してきた。
「どうしたんですか? 調子が悪いみたいですけど......」
章はようやく苦笑いを浮かべ、みちるの肩を揺すった。
「おい、起きろよ! おい!」
聞きなれた、不快な声。その男が喋っていることが信じられなかった。章はどこへ?
「おい、起きろって!」
サカキの声は緊張していた。肩を激しく揺すられている。ゆっくりと目を開けると、サカキの引きつった顔が視界いっぱいに映る。なにか大変なことが間違いなく起こったのだと即座に察した。
「どうした。落ち着けよ」
口の中が乾いていたせいでひどく間抜けに聞こえただろう。かまわずにサカキが続けようとするとすぐに怒声が割り込んだ。
「避難命令が出てるでしょ! 早く行ってください!」
レミントンの散弾銃を持った中年の警官は目を見開いていた。その装備を一目見ただけでわかる。高架橋の端は二台のパトロールカーにふさがれていた。その向こうには拳銃や散弾銃を持った数人の警官。あの向こうにレアズがいる。