白薔薇の災厄児(3)
あたしが、リーダーの弱点になる。
決してそんな事はない、と言いたいところだけれど、否定できるだけの要素はない。あたしがさらわれたらきっとリーダーは助けに来るだろうし、下手したら共和国を敵に回してでも戦い出しかねない。クーちゃんと二人で、世界中を敵に回してしまう姿が、ありありと浮かんだ。
もちろんその引き金はおそらくあたしだけじゃなく、メリィやララさんに対しても同じことが言える。彼らは、身内を守ろうとする。だからこそ、弱点でないとは言い切れない。
「歌姫様が事実上、災厄児の配偶者である事を差し引いたとしても、共に行動することはお勧めしません。いつか露呈した時に、共和国の元首は厳格な措置をとるでしょう」
リーダーの配偶者扱いだという事実が頭で理解できないほど、衝撃を受けていた。
あたしが、彼らを危険にさらしている。
その事実に打ちのめされた。
あたしが真名を知り、主記憶を提供することで彼の存在が本物の『災厄』になってしまう。
リーダーは絶対に災厄の権化になるような事をしないと言い切れる。
でも、周囲の人にとってはきっとそうじゃない。世界を亡ぼす力を持つ人間を認められないだろう。それは、これまで聞いてきた話から分かっていた事だ。そうでなければリーダーはこれまで苦労しなかっただろうし、王国が滅びた原因にされることはなかっただろう。
『災厄児』として忌み嫌われてきたというリーダーが、これ以上人に疎まれるのは、嫌だった。
実際にリーダーと接すれば、そんな事をする人間かどうか分かってもらえる。ララさんだってそうだった。会ってみたら、印象が全然違うって言ってくれて、共和国ににらまれる可能性を示唆されながらダン商会に取り込んでくれた。
でも、ラジオもテレビもないこの世界では、全員に伝えていく手段なんてないんだ。実際、そんな手段があったとしても、電波の向こうの人間のいう事を信じてもらえるか分からない。
「……あたしがいなかったら、ルースがこれ以上、追われたりする事はないの?」
「確実とは言い切れませんが、これまで通りの停戦状態を維持する事が可能でしょうね。歌姫様の存在が異例なのです……いえ、少し違いますね。歌姫様の存在ではなく、歌姫様と災厄児が共に在る事が例外なのでしょう」
あたしとリーダーが一緒にいる事が、異例。
そっか。たとえこの世界に残ったとしても、あたしはリーダーと共に生きる事は出来なかったんだな、きっと。最初から無理だったんだ。
そう思ったら、気が楽になった。
よかった、これで迷わずこの世界を後にできる。
「キャンさんは、この事を共和国に報告するの?」
「どうでしょうね」
ひょうひょうとした共和国の将軍は、羽ペンをくるくる回した。
メモ用紙には、まだ何も書かれていない。
あたし次第だという事だろうか?
「……何が知りたいんですか?」
あたしは、キャンさんを真っ直ぐに見据えた。
キャンさんは羽ペンの動きを止めた。
「リーダーやクーちゃんに不利益の出ること以外なら、あたしの知る事、すべてを教えてもいいよ」
あたしの言葉で、キャンさんはビン底メガネの奥の瞳をきらりと光らせた。
ばれたのがキャンさんだけでよかった。共和国に属してはいるけれど、共和国のためにばかり動くわけではない。自分の知識欲のために、いろんなものを天秤にかけられる人だ。
この人はきっと裏切らない。
あたしが望む情報を提供し続ける限りにおいて、あたしの味方をしてくれるはずだ。
「その代わり、リーダーとクーちゃんには手を出さないで」
どうせあたしは、あと少しでこの世界からいなくなる。
ならば、少しでも彼らのために何かを残していこう。
窓の外には、見たこともない幻想的な世界が広がっていた。
折り重なった地層に陥入岩が入りこんだようなマーブル模様の平原に、真っ直ぐ虹色の絨毯が続いている。その絨毯を線路に見立て、重厚な機関車が滑るように走っていく。
空は見渡す限り地面と同じ虹色で、目がおかしくなってしまいそうだ。
眩いばかりの光素の海原を機関車が駆けていく。
その中であたしは、共和国の将軍と取引した。
大丈夫。
リーダーとクーちゃんに守られてきたあたしが、彼らの邪魔になる事しかできなかったあたしが、最後に彼らを守って行こう。彼らの歩む道が少しでも平坦になるように。
隔離光術に覆われていたオンちゃんを受け取り、胸に抱く。
オンちゃんは、キャンさんに向かって威嚇している。
「大丈夫だよ、オンちゃん。少し、内緒の話をしてただけ」
「……敵意はなかったけどさ、でも、それってボクにも言えない話?」
「うん、ごめんね」
相手がオンちゃんだとしても、言えない。
これはあたしが胸に秘めて、この世界を去る事にするね。
「向こうに帰ろう」
決意するようにぽつりと呟いた。
あたしはこの世界に望まれていない。それがはっきりと分かったから。
あたしがいなくなれば、ルースの真名を知る人間もいなくなり、広大な主記憶を手に入れた災厄児が世界を敵に回す心配もなくなる。
すべては解決するのだ。
あたしは元の世界へ帰り、母と再会し、この世界の事を話しながら、クーちゃんの思い出話をしよう。変な話だけれど、あたし一人ならば、クーちゃんを疎んでいた父とも和解できるかもしれない。
あたしにはまだ元の世界でやらなくちゃいけない事が残っている。
あたしの決意を乗せて、異海を渡る船はユマラコティ山脈を地下から越え、ハーヴァンレヘティ共和国の東側へと向かって行く。
長かった異世界の旅ももうすぐ終わりだ。
王都の地下にあるという古代兵器を起動させ、元の世界に帰る。
今は王都ではなく、共和国の首都であるその都市に何が待っているのか。
あたしは期待と不安を込めながら、機関車の進む先を見つめていた。
ここで第三章「白薔薇の災厄児」はおしまいです。
また、閑話をはさんで第四章にうつります。
第四章で、物語全体の半分くらいだと思います。




