プレゼント(3)
パーティは夕方頃から始まった。
ロヴァニエミの町人たちが、手みやげを持参して教会へとやってくる。その手みやげは時に手作りのクッキーであったり、刺繍されたテーブル掛けであったり、そしてある時には木製の椅子であったりもした。
それらをシスターが笑顔で受け取り、教会の中へ招き入れる。
シスターと神父さんたちが力を合わせて飾り付けた聖堂は、つい先日、焼け落ちたと思えないほど華やかだった。
日暮れには少し早いけれど、装飾台に蝋燭を灯してランプをある限り散りばめた。その灯りは一日かけて磨きあげられた煤のないステンドグラスを照らし出す。焦げていた壁と左右の祭壇はは刺繍のある布で覆ってしまい、焼けていない中央祭壇だけに注目が集まるようにしている。
その祭壇の前に一つだけ椅子を置いて、あたしはその椅子に座らされていた。椅子の脇のサイドボードには、スカーフをしておめかししたオンちゃんがちょこんと座っている。
リーダーはあたしを守るように背後に佇んでいた。
あたしの席からは聖堂がすべて見渡せる。
入り口から入ってきた人々は、まず聖堂の鮮やかさに息をもらし、まずは中央祭壇に祈りを捧げる。そして、祭壇の側にいるあたしにご挨拶するようにひざまずくのだ。
……これ、パーティっていうより握手会じゃない?
でも、あたしに向かって真剣にお祈りしてくださる人たちを見ていたら、彼らがどれだけ〈歌姫〉という存在を信仰しているのかが伝わってくる。
何だか胸のどこかが温かくなった。
お祈りが終わった人たちは、聖堂の壁際にたくさん置かれた食べ物や飲み物を手にして、談笑する。この食べ物や飲み物はララさんが寄付したそうだ――企画部の、広報予算を使って。
そして、メリィとララさんが聖堂の入り口近くに広げた出店でスタンバイしている。
何人かがすでに興味を持って、〈記憶箱〉の説明を受けているようだ。驚きの声が幾度も上がっている。
喜んでもらえているようで安心した。
祭壇と同じようにあたしに対して祈りを捧げる人たちに対して、お礼に〈紡〉の光素をバラマきながら――これもある種の祝福になるらしい――こっそりと売れ行きを見守った。
値段設定としては、非常に高価な化粧品くらい、と言っていた。つまりは、女性でもがんばれば手が出せる金額と言うことだ。
オリジナルは家が数件建つくらいにつぎ込んだ事を考えると、ずいぶんがんばったんだね。それとも、グーリュネンの鉱山から採れる藍鉄鋼を見越して最初は赤字覚悟の値段設定なのかな?
ちなみに、そのオリジナルのカメラは、今日はクーちゃんに預けてある。パーティの様子を好きに撮ってもらうつもりだ。
と、3人1組で記憶箱を購入したらしい女の子たちが、こちらへやってきた。
お祈りはさっき済ませたはずだけど、どうしたんだろう?
首を傾げてにこりと微笑むと、どうやらその視線があたしの後ろに注がれているらしい事に気づいた。
あたしの後ろ。
つまりはリーダーだ。
「リーダー、一緒に写真に写って欲しいみたいよ」
半分振り向きながらそう言うと、リーダーは一瞬、とっても嫌そうな顔をした。
が、その時、どこからか刺すような視線を感じた。
はっと見ると、入り口の方で記憶箱を売りさばいてララさんがものすごくいい笑顔でリーダーを見ていた。
それを見たリーダーは、大きくため息をついた。
次に顔を上げたとき、リーダーはまるえ映画俳優さんみたいにキラキラの笑顔になっていた。
女の子から悲鳴があがる。
「ご一緒しますか、お嬢様方。それとも、俺が撮りましょうか?」
リーダーは愛想を振りまきながらあたしの警護を離れて女の子たちの輪に加わった。
女の子たちは、アイドルに出会った女子高生と同じ反応をしていた――まあ、アイドルみたいなものなのかな? どさくさに紛れてリーダーに触ってみたり、握手を求めたり。
リーダーは恐ろしく現実味のないキラキラした笑顔で応対していた。
珍しいものを見た。
あたしが目を丸くしていると、オンちゃんがぼそりとつぶやく。
「今回、りー姉を東につれていくのに、ララアルノが協力してくれるだろう? だから、今は逆らえないのさ、アイツ」
なるほどねえ。
ごめんね、リーダー。あたしのために苦手そうな人付き合いをさせてしまって!
端から見てるあたしはものすごく楽しいけどね!
リーダーが一緒に写ってくれると知った女性たちは、一気に記憶箱に群がった。そしてリーダーの姿は人並みの向こうに消えていった。
なるほど、これもララさんの作戦の一貫だったのか。リーダーとの撮影会があるなら、よく売れそうだもんね。
人事のように見ていたあたしだったけれど、記憶箱を購入した一組の親子がリーダーではなくあたしに向かって歩いてきた。
「歌姫様、一緒に写っていただけませんか?」
小さな男の子があたしに向かって手を差し出した。
「うちのお父さん、坑道に光化種が出たとき、歌姫様に癒していただいたの。ありがとうございます。だから、歌姫様の守ってくださったお父さんと一緒に、みんなで思い出を残したいの」
隣のお姉ちゃんがそう言って、あたしに手を差し出した。
二つの小さな手。
ご両親を見ると、深く頭を下げていた。
あたしが手を取って椅子から立ち上がると、お姉ちゃんがオンちゃんにも手を差し出した。
「小さいハイリタちゃんも一緒に」
オンちゃんを見ると、バツが悪そうにしていた……なにしろオンちゃんは、その光化種そのものだ。
「行こう、オンちゃん。一緒に写真、撮ろうよ」
「でも、ボクは」
「いいから」
問答無用でオンちゃんを抱き上げ、お姉ちゃんの方に渡す。二人ともまだ10歳にならないくらいだろうか。オンちゃんのふわふわの毛並みを撫でているお姉ちゃんを、弟がうらやましそうに見ていた。
あたしとクーちゃんが小さかった頃を思い出して、ほころんだ。
姉弟とあたしが並び、ご両親が後ろに立つ。
ああ、これって家族の思い出の写真だ。こんな日があった事をいつか思い出して、家族みんなで楽しむために、写真として残すのだ。
あたしが望んでいた〈カメラ〉の使い方だった。
思わず目のはしにジワリと涙がにじみそうになったけれど、こらえて、記憶箱に向かって微笑んだ。
パーティは夜まで続いた。
たくさんの人が入れ替わり立ち替わりやってきて、祭壇と歌姫に祈りを捧げていく。
夕方頃は子供や家族連れが多かったけれど、夜になるにつれてだんだんと大人の姿が増えてきた。
ある時は坑道で働いていた人たちが徒党を組んであたしの元に殺到し、涙ながらに感謝を訴えた。
またある時はメリィに本気で惚れたらしい若い男性がやってきて、僕が君を悪人たちから守ってみせる、なんて情熱的なプロポーズをしていた――もちろん、断られていたけれど。
一緒に写真を頼まれることも多く、あわよくばあたしの肩を抱こうとする輩がいると、オンちゃんが威嚇するか、またはどこからともなく飛んでくる石のつぶてに手をしこたま打ちつけられていた……たぶん、どこかに潜んでいるもう一人の弟の仕業だろう。
とても楽しかった。
たくさんの人に囲まれて、楽しそうな笑顔をたくさん見られて。
「オンちゃん」
弟を胸に抱きしめながら、柔らかい毛に顔を埋めながら、あたしは呟く。
「この世界にきてよかった」
初めて、そう思うことが出来たのだ。
オンちゃんはびっくりしたようだったけれど、すぐにあたしの頬をぺろりとなめた。
「りー姉が楽しいなら、ボクも楽しいよ」
「ふふ、よかった」
温かいオンちゃんを抱いて、あたしはもう一度笑った。




