世界を越えて(2)
慌てているメリィを楽しそうにからかうクーちゃん。
珍しいものを見てしまった。
もしかして、クーちゃんって、割とメリィの事、好きなんだろうか。オンちゃんもメリィ王女の可愛さに一目惚れ(あくまであたし視点だが)してたし、やっぱり体と魂が別々になっても好みとかは変わらないんだなあ。
あたしもメリィは大好きだけどね。もし、メリィがクーちゃんと一緒にいてくれるならとっても嬉しいよ。
「そ、そんな事を言われましても……クォントはルースお兄様の世話役と言うだけで、りーちゃんのようにお友達という訳ではありませんし」
「ただの知り合いって思ってたの? 酷いなあー」
オンちゃんは、ピンと耳を立てて、何か言いたげにクーちゃんを見ていた。
好きな子をいじめるのは楽しいけど、嫌われちゃうんだよ。
だから、あんまり苛めすぎないようにね?
と、ユアンさんがクーちゃんとメリィの前に立ちはだかった。
「魂を持たぬ異海の玩具風情が、メリィ王女に話しかけるな」
「だって、もう王女じゃないんでしょ」
「黙れと言っているのだ」
今にも喧嘩を始めそうなクーちゃんとユアンさん。
「ほんとにユアンもロワンも過保護だよね。メリィだってそろそろ独り立ちして働いた方がいいよ? モデルの打診をしたってララさんから聞いてるけど」
「そんな危険な仕事をメリィ様にさせられるものか!」
「そう? 案外、大丈夫なんじゃない? ルースだって現に全くと言っていいほど共和国から無視されてるし」
「災厄児で王族としての心構えも何も持ち合わせていないルース様と、生粋の王女であるメリィ様を一緒にするな!」
でも、想像してたのと違う。ユアンさんとロワンさんは、言い方が悪いけど、もっとクーちゃんを忌み嫌ってるんだと思ってた。
でも、違うみたい。もっと、何ていうか喧嘩友達みたいな感じ。
放っておいてもいいかな。
あたしは肩をすくめ、メリィをおいでおいで、と呼び寄せる。
メリィはユアンさんの剣幕を見ながら、少し迷ったようだけど、あたしの隣の席に腰を落ち着けた。膝の上にオンちゃんを乗せて、撫でながら。
「ごめんね、クーちゃんがいじめて」
「いえ、大丈夫ですよ。いつも私が、うまくクォントと話せないだけなのです」
それはきっと、クーちゃんがいじわるな返答ばっかりしてるからだよ……
でもよかった。この感じだと、嫌われてるわけじゃなさそう。
オンちゃんも、メリィの膝に落ち着いてごろごろと喉を鳴らしていた。メリィの手で撫でられるのは気持ちよさそうだなあ。リーダーの手もすごく心地いいしなあ。
兄妹だしね。そのあたりもよく似てるんだね。
「でも、内緒ですけど、最初は少し苦手だったのです」
「そうなの?」
「ええ。だって、光術を全く使えず、全く効かないという存在なのでしょう? この世界で、〈ユマラノッラ教〉に染まっていたあの頃の私にとっては、あり得ない存在でしたから、やはり少し……怖くて。クォントがお兄様の世話係になってからは、会いに行く度に怯えていたものです」
くすくす笑いながら、メリィは話してくれた。
「メリィはリーダーとよく会えたの? その頃のリーダーは幽閉されてたって聞いたけど」
「ええ、でも私がわがままを言って、時折、会わせてもらっていたのですよ。何しろお兄様は見目がよかったですから、幼い私にとって素敵なお兄様がいるという事実だけでも嬉しかったのです。無差別に光術で傷つけられると言っても、ユアンとロワンがいましたので護衛としては十分でしたし、そもそも、お兄様は私を傷つけようとしたりしませんでしたから」
「だよねえ。リーダーはメリィを可愛がってそうだもん」
あたしだって、こんなかわいい妹がいたら無条件で可愛がるけどね!
「クォントはその頃から、事あるごとにユアンとロワンに挑んでいました。ユアンもロワンも、最初は簡単に返り討ちにしていたのですけど、いつしか二人がかりでさえ全く手も足もでなくなっていたのです。ですから、ロワンはともかく、ユアンの方はあまりよく思っていないようですよ」
メリィの話を聞いていると、クーちゃんがちゃんとこの5年間で地に足を下ろして、人とのつながりを作ってきたのが感じられた。
遊んでくれる年上の強い人たちに挑むのが楽しかったんだろうな。クーちゃんって、いつも年上の人たちに懐いて、楽しそうにイタズラしたりしてたもんなあ。もちろん、許してくれそうな相手を選んでたけど。
今だって、ユアンさんが怒ってても全然気にしてないし。
人の話を聞かない――おそらくあえて聞いてないのだけど――弟の性格が全く変わっていなくて、何だか安心した。
「よかった。クーちゃんが寂しく5年も過ごしてたんじゃなくて」
「私の知るクォントは、いつも楽しそうですよ。お兄様とずっと引きこもって光術の研究をして、新しい光術を作ったり、光術製品を作ったりしては、ユアンとロワンに試してみたり。クォントは、私が訪れるたびに待ってたよ、もっと来てよ、なんて言うのですけれど、待っているのは私ではなく一緒に来てくれるユアンとロワンなのです」
メリィはそう言いながら、困ったように笑った。
「そんな事をずっと言われていたのですから、私の方がヤキモチを焼きたいくらいです。私ではなく、ユアンとロワンに会いたいのでしょう、って。それに、その頃は私も時折しかお兄様に会えませんでしたから。お兄様を取られたような気になってしまったのです。あの頃はまだ、私も12歳ほどでしたから、まだまだ、お兄様は私のものだと思っていたのです」
12歳の頃のメリィ! 絶対可愛い! どう考えても可愛いよ! しかもお兄ちゃんを取られてちょっとすねるメリィだよ!
あたしも見たかったなあ。
16歳ごろのリーダーって言うのも想像できない。今よりツンツンしてて、反抗期で。今のあたしと同い年くらいかあ。その頃に出会ってたら、どうなってたかな。
例えばもし、クーちゃんとあたしの立場が逆だったら。5年間、待たされたのがあたしの方だったら、なんてそんなもの、無意味な過程だと分かっているけれど。
せっかく世界を越えて会えたんだから――不意にリーダーの言葉が蘇った。
とにかく、あたしもクーちゃんも、リーダーとメリィの兄妹が好きなのだ。
「メリィ。クーちゃんとオンちゃんをお願いね。あたしは、元の世界に帰っちゃうけど、クーちゃんはこの世界で生きていくつもりなの」
一度、世界を隔ててしまったら、あたしたちがまた会える保証はどこにもない。
「クーちゃんは寂しがりだし、甘えんぼだから、ちょっと面倒かもしれないけど仲良くしてあげて」
「それは……クォントの方が望まないかもしれませんよ?」
私よりもユアンやロワンに会いたいようですから、なんて肩をすくめるメリィだけど。
違うよ。クーちゃん、メリィが大好きだよ。
とは言えず、あたしは口をつぐむ。
「大丈夫だよ。あいつはメリィの事、結構好きだから」
代わりにオンちゃんがぼそりと言った。
「ボクはあいつだからね。よく分かるよ。あいつが……っていうより、ボクがりー姉以外の女の子に興味を持ってるなんて、信じられないけど」
ふん、と鼻を鳴らしながら。
小さな子犬が胸を張ってるのは可愛い。
メリィは頬を緩ませて、オンちゃんの頭をなでなでした。
うん、確実にメリィは、オンちゃんの話を聞いてないね。完全にオンちゃんの可愛さに陥落してるね。
クーちゃんのライバルとしては、ちょっと強力すぎるかなあ。この年頃の女の子って、小さくてふわふわの小さな動物に弱いから……とくにオンちゃんは、触り心地もいいし、賢いし、可愛いし、可愛いし、可愛いもん。
14歳の男の子に言ったら怒られそうなセリフだけど。
その分、メリィによしよししてもらえるんだから、うらやましいくらいだ。
「オン」
その時、クーちゃんがオンちゃんを呼んだ。
おいでおいで、と手招きしている。
その笑顔が、ちょっと怖いような気がする。
オンちゃんの首筋を猫つまみ、そのまま奥へと消えて行ってしまった。
大丈夫かな? オンちゃん、メリィと仲良くしすぎたせいでクーちゃんにいじめられたりしないかな?




