骨化石(3)
3種類の岩石の中で、堆積岩は特殊だ。
何がどう特殊かというと、『降り積もる』という特性上、岩石以外のものを包有することが多い。また、火山岩や変成岩と違って、岩が出来る際に熱や化学的な極地的環境がない。
つまり、堆積岩には炭素を主体とする有機物が残りうる。
それは何を意味するか。
岩石全体が大地の歴史を刻むのと同様に、堆積岩には『生命の歴史』が刻まれるのだ。
例えば地層が堆積した当時、その場所がどんな環境だったか。その環境には、どんな動物が住んでいたのか。どんな植物が繁茂していたのか。
いろんな岩石を調査することで大地の歴史が分かる。でももし、堆積岩に絞って調査すれば、生物を取り巻く環境の変遷が明らかとなる。大昔、この大地をどんな形をした動物が闊歩していたのか。何を食べていたのか。どんな暮らしをしていたのか。
そして、それを時代順に並べたとき、そこに現れるのは環境の変遷と、進化の歴史だ。
あたしは、歴史家の人と違う視点で、世界の歴史が知りたいのだ。人間の文化活動ではなく、人間の『種』としての歴史が知りたいのだ。もちろん、人間だけでなく、他の生物も併せて。
サイドバッグから取り出した骨化石を見て、メリィは驚いている。
「これは、石なのですか? それとも、骨?」
「正確には石だよ。骨の構造を残したまま、石に置換されたの」
置換って分かる? と聞くと、メリィはかすかに頷いた。
「石に置換……そんな事が有り得るのでしょうか」
大地が自然造形されたものだと知り、そこから岩石の成り立ちと、化石の話まで。
急激な展開に、メリィも困惑しているようだ。
あたしは、手に持っていたハンマーを渡した。
「とりあえず、化石を探してみようよ。きっと、楽しいから!」
メリィが修道服のまま地面にひざまずき、目を皿のようにして化石を探している。
我に返ってみると、元とはいえ、王女様に化石採集させようだなんてものすごい不敬罪なんじゃ……いいのかな、これ。
「あっ、ありました! これは、化石ではないでしょうか?」
メリィが興奮した様子で地面を指さしている。
けれど、残念ながらそれはただの河原の石だ。
そう告げると、メリィは傍目から見てもわかるくらいに肩を落とした。
「あのね、化石って、もともとは骨だから、石とはまた違う断面なんだよ」
あたしはすでに掘り返した後の骨化石をメリィに見せる。
「ほら、この海綿状組織。生きてる動物の骨もこれと同じ構造なんだ。でも、この組織状の構造って、マグマが冷え固まる課程や砂や泥が堆積する課程じゃ、形成されることはまずないの」
骨の断面を指でなぞりながら、メリィは真剣にその構造を確認している。
本当に素晴らしい生徒だ。
あたしなんて、最初の頃はぜんぜん話聞いてなくて、最終的には師匠に『リィは体で覚えるタイプやな』なんて言われてしまったのだ。
でも、岩石の同定には自信ある。師匠に連れ回されて、いろんなものを見せてもらったからね!
今度は、あたしがメリィに教えられるだろうか。
あたしが、師匠から教わった事を。
「ありました! りーちゃん、今度こそありましたよ!」
メリィが立ち上がって駆けてきた。
その掌に乗っているのは、確かに骨の化石だった。
きっと、肋骨の付け根あたりだ。
「こんなにも小さな欠片なのに、りーちゃんにはどの部分なのかわかるのですか?」
メリィが不思議そうに聞く。
「うん。あたし、現在生きてる動物の死体から骨だけ取り出して組み立てたり、標本を死ぬほどスケッチしたり、いろいろしたからねえ」
そこもあたしは、習うより慣れろ方式だった。
山に転がっているタヌキの死体はとてもよい教材だったし、師匠の昔の知り合いだというマタギのおじいちゃんからはしとめたばかりの鹿の肉以外の部分を譲り受けた事もある。
そう考えると、あたし、本当に師匠からいろんな事を教わったんだなあ。
思い出したら、師匠に会いたくなってきた。
少しずつ全体増が見えつつあるハーヴァンレヘティ共和国西部の地質図を二人で眺めて、ああでもない、こうでもないと議論したい。
師匠を、故郷の世界を思い、少し遠い目をしていたせいだろうか。
メリィが口元に手を当て、首を傾げた。
「大丈夫ですか?」
「うん、平気。ちょっと、元の世界の事を思い出して懐かしくなっただけだよ」
この世界を去ると実感したときに感じた痛みも、故郷を思って抱える空虚な心も、あたしの中に閉じこめてある。儚い母親が、この世界の歌姫だったと知ったときの衝撃と共に。
「メリィ、元の世界に帰る手段を教えてくれて、本当にありがとうね。このまま、元の世界でお世話になった人たちや家族にも、会えないんじゃないかって不安だったから。メリィの話を聞いて、あたしちょっと勇気がでたんだ」
メリィはにっこりと微笑んでくれた。
賢くて、可愛いメリィ。
明日は、地質図を持ってきて、フィールド調査の基礎を教えてあげよう。そうしよう。
優秀な生徒の登場に、あたしは脳内でカリキュラムを組み立て始めていた。
あたしたちは日が傾くまで化石探しをした。
見つけた時に報告する相手がいるのは嬉しく、やる気がでる。これまでと比べものにならないほどの数の化石が見つかった。
それも、大腿骨らしき大きな骨も混じっている。
これまで発見したものを思い出しながら、もう少しがんばれば全身を復元できちゃうかも、とムフフと笑った。
「りー姉、そろそろ帰るよ」
いつものようにオンちゃんがとことことやってきて、時刻を告げる。
ああ、一日って短いなあ。
「メリィ、明日もここに来られる?」
「ええ、もちろん」
しかし、ユアンさんとロワンさんはそろって首を横に振った。
「いけません、メリィ様。今日はどうしても歌姫様にお会いしたいからという事で大目に見ましたが、本来ならば一刻も早くこの町を離れるべきなのです」
メリィは悲しそうな顔をした。
わーん、メリィのそんな顔は見たくないよ!
ユアンさんも同じなのだろう。そっとメリィから視線をずらしながら、いけません、と繰り返した。
「ユアンはいつも、私の言う事に反対してばかり……この町に戻りたいと言ったときも全く聞く耳を持ってくださいませんでした」
メリィは軽く唇をとがらせながら言う。
なにそれ、めっちゃ可愛い!
「私はもっと、りーちゃんと一緒に調査したいのです。王責から解放され、自由になって、ようやく出来たお友達なのです。今日は大丈夫だったのですから、明日も大丈夫です」
何の根拠もない主張をきっぱりと言い切ったメリィ。
どこか有無を言わせない空気があるのは、やっぱり元々王族だから?
結局、ユアンさんを説得することも、メリィが納得することも出来なかった。
少し距離をあけたまま、河床の露頭を離れ、教会へと向かった。
「ユアンは少し、厳しいと思うのです……ララアルノ様にお願いされたお仕事もあるのに、ユアンもロワンも反対するばかりで」
ぷんぷんと文句を言うメリィも可愛い。
「それだけ、大事にされてるんだよ」
答えながら、あたしは口うるさくお小言を繰り返すリーダーを思いだしてしまっていた。
大事にされてるのかなあ。
そう思ったら、動揺して頬が火照った。また光素を無意味に動かしてしまっている。誤魔化すようにぶんぶんと首を横に振っていると、メリィはクスクス笑った。
「楽しそうですわね。でも、無理して光素への影響を消そうとしなくても大丈夫ですよ?」
「でも、感情がみんなにわかっちゃうじゃん。リーダーなんか、ダダ漏れって言ってくるんだよ!」
「リーダー?」
「あっ、リーダーっていうのはルースの事だよ」
そう言うと、メリィは得心したように笑ってくれた。
「ルースお兄様は、りーちゃんの事が大好きですものね」
「……そうかなあ?」
世界の境界と胸の痛み。
あたしはメリィの青い瞳をじっとみた。リーダーと同じ、綺麗な青風信子鉱。
少しだけ、相談してみようかなあ。
ララさんはしゃべっちゃいそうだけど、メリィなら黙っててくれそうな気がする。
考えているうちに、いつの間にか教会へとたどり着いていた。
司祭様がお出迎えしてくれた。白髪の穏やかな司祭様は、あたしも大好きだ。
「お帰りなさいませ。歌姫様、メリィ王女」
メリィの素性を知っている事に驚いたけれど、教会で匿うにあたり、ザイオンさんが伝えたのだろう。
「少し……すみません、先にお二人だけ、入っていただけますか?」
「あたしとメリィだけ?」
すみません、と何度も謝る司祭様。
不思議に思いながらも、オンちゃんに待っててね、といい、あたしはメリィと二人だけで教会の中へと足を踏み入れた。




