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眠れる異界のウネクシア  作者: 早村友裕
第一章 異海の歌姫
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足跡化石(3)

 あたしは目の前の男たちを睨みつけた。

 その中には、神父さん――神父さんだと思っていた、あの男性の姿もあった。けれど、既に神父さんの服を脱ぎ、くすんだ赤色のケープを羽織っている。三白眼を半分隠すように同色のバンダナを巻いていた。

 どう贔屓目に見ても、この人たちは「悪いヒト」だ。

 あたしは、まんまと敵の中に飛び込んでしまったらしい。この倉庫には、死体を隠してあるんだろう。そして、あたしもその死体の一つになるだろう事は分かった。

 でもそんな事、弟が飲み下してきた痛みに比べれば、自分の恐怖なんてどうでもよかった。

「まだ子供じゃねーか」

「子供にしちゃよく育ってるけどな」

 男たちの視線が胸元に注がれる。

 確かにあたしはクラスで一番小さい身長の割に胸は大きいのだけど。そのことに関して嬉しかったことはない。

 まとわりつくようなその視線を受け止め、睨み返す。

「河原の足跡化石、壊したのあなたたちでしょう?」

「足跡化石?」

 男たちは首を傾げ、何言ってやがる、と一笑に伏した。

 この人たちは、あの足跡化石を破壊した人たちなのだ。死体に集まるという光化種。それを呼び寄せる遺体を放置したのがこの人たちだとしたら、許すわけない。

 演じる人格はあたしの魂と重なり、怒りはあたしのものになった。

「あれがどれだけ価値のある物か分からないの? 何万年もずっと残っていた、生き物の証なのに……一度壊したらもう元には戻らないんだよ?」

 しかし彼らはもう、あたしの話なんて聞いてなかった。

 汚れた手が何本も伸びてくる。

 一人があたしの髪をつかんで引きずった。

 両手足を縛られているから抵抗できない。

「痛っ……!」

 肘が木の床にすれ、削れる。ささくれだった木は容赦なくあたしの皮膚を裂いた。

 悔しい。

 化石の価値も分からず破壊するこんなヤツら、あたしがやっつけられたらいいのに。

 おばあちゃんと一緒に見た時代劇にでてきたような、岡っ引きやお奉行様みたいに、颯爽と現れてあっと言う間にやっつけてしまえたらいいのに。



 まるで、そんなあたしの心を読んだかのようだった。

「そこまでだ!」

 1時間で完結する、型にはまったお話のように、よく通る低めのテノールがその場に響きわたった。

 あたしの髪をつかんでいた男は、ぱっとその手を離した。おかげで、側頭部をしこたま床に打ちつけたけれど。

 男たちの意識はあたしから逸れ、割り入ってきた男性に向けられた。

「悪事を隠しきれるとでも思ってやがんですか。隠すためにずいぶんな犠牲も出したようだが、光術痕が残ってたぜ。この教会へ真っ直ぐ続いてやがったから、寄り道する暇もなかったがな」

 口上を読み上げる男性の声には、聞き覚えがある気がした。

 よく通るその声を、皆、おとなしく聞いている。

 しかし、いつも思うけど、悪い人たちだって終わるまで待たずに口上述べてる間に攻撃したらいいのにね。その辺は、異世界も共通の悪者美学でもあるんだろうか。

 あたしは痛む頭でなんとか顔を上げる。

「その上、お前等を追っていた自警団員を殺害、さらには未成年の少女を誘拐監禁。六晶系の神が見逃しても、俺たちが逃すわけには……」

 そこで、その人と目があった。

 一度見たら忘れるはずもない、金髪碧眼のその人は、あたしの姿を見て呆然とした。

「リーネ……ット」

 かろうじて呟かれた名は、この世界におけるあたしの名前。

 ミトのコーモンさまよろしく悪者の中に飛び込んできたのは、弟の相棒だというルースだった。

 あたしの存在でかなり動揺したらしい彼は、しばらく硬直した後、苛立ったように男たちに指を突きつけた。

「ああもう、めんどくせえ。もう何でもいい。とにかく、痛い目見る前にとっとと投降しやがれですよ。自分たちの犯した罪を、六晶系の神に詫びやがれ」

 口上を途中であきらめてうっちゃってしまったルース。

 あたしを取り囲む男たちはルースの通告に従わず、それぞれナイフや銃を取り出し、ルースに向けた。

 対するルースは全く慌てていなかった。

「逆らうなら、容赦しねーぜ?」

 ルースが雨の様子を見るような調子で、掌を上に向けると、その手には、ぼぅっと赤い光が灯った――あれは光術だ。光化種を一瞬で燃やしてしまった炎を呼ぶ力。

 それが合図になったんだろう。

 かけ声があったわけではない。誰かが促したわけでもない。それでも、男たちは一斉にルースに飛びかかっていったのだった。

 あたしは思わず目を閉じていた。

 だって、あんまりにも無防備に立っているルースが無事ですむとは思えなくて。

 何しろあの人、カッコいいのは見た目だけで、子供みたいにアスパラ嫌いだし、口も悪いし、口上も適当だし、とっても残念な王子なのだ。


 悲鳴が何度か上がり、何かが何かにぶつかる音がする。瞼を閉じていても目の前で閃光が分かる。

 それが数秒。

 静まり返った周囲に、あたしが目を開くと、そこに立っていた男たちは消えていた。

 いや違う。残らず床に沈められていた。

 その中で立っているのは、ルースだけ。

「……!?」

 いったい、何が起きたんだろう?

 床に転がる男から、うう、とうめき声が漏れている。

 そのうちの一人が、よろよろとよろめきながらも立ち上がった。赤いバンダナを頭に巻き、よく日に焼けたその人は、神父さんの振りをしていたヒトだ。強く睨み付けた三白眼はわかりやすく悪者っぽかった。

 わなわなと震えた男は、目の前で起きた惨劇についていけていないようだ。

 倒れ伏した仲間を見て、何事もないように佇むルースを見て、悲鳴のように叫んだ。

「お前……何者だ?!」

 ルースは感心したように眉を上げた。

「光術師が混じってたか。大した耐性じゃねーですか。でも……そういうのは、最初に聞いた方がいーんじゃねーですか?」

 ルースはそう言いながら、ケープの中に手を入れ、何かを取り出した。

「中央議会所属の監査人だ。光術師のルース・コトカ。ハーヴァンレヘティ共和国の名の下に、お前たちを拘束する」

 ルースが掲げたのは、掌サイズのペンダントトップだった。よく見えないが、鈍い金色の台座にキラキラと光る宝石がいくつもはめ込まれている。

「中央監査だと?!」

 三白眼の男は、驚いた声を上げた。

 悪人のアジトに乗り込んで啖呵を切り、単身で撃破した挙句、身分証明の印籠を突き付ける。

 あたしは、そんな人物をよく知っていた。

 〈コーモンさま〉だ。なんとルースは〈コーモンさま〉だったのだ!

 中央監査だの公務員だの、細かいことは正直よくわからない。

 でも、弟とルースがやろうとしていることははっきりと理解した。彼らは、辺境の地を巡り、悪いやつをやっつけるヒーローなのだ!

 言われてみれば、弟が最初にそんなことを言っていたような気もするけど。

「こんな田舎にいるか、普通?!」

「田舎担当なんだよ、悪かったな」

 〈インロウ〉のようなペンダントトップを懐にしまい込んだルースは肩をすくめた。

 三白眼の男はしかし、ぎりりとルースをにらみつけた。

「……くそっ! 捕まってたまるか!」

 掌をつきだすと、聞き覚えのある言葉を叫ぶ。

「〈ハー・オー〉!」

 その瞬間、掌に光が溢れ出した。先ほどのルースと同じだ。魔法の力を掌に集めているのだ。

 ルースの集める魔法の力が赤なら、この人は黄色だ。

「〈荒れし海より 濁る川より 覆い尽くさん黒雲を〉!」

 魔法の呪文を詠唱するように放たれた言葉と同時に、掌からまばゆい光の塊が飛び出した。

 あれは……電撃?!

 が、ルースは全く慌てなかった。

 何か呪文を詠唱した訳でなく、ただ手を振った。

 それだけで、電撃はかき消えてしまう――門外漢のあたしにもわかる、圧倒的実力差。さすが、〈コーモンさま〉を名乗るだけある。

「なっ……!」

「その程度じゃ、俺の通常展開の結界さえ超えらんねーですよ」

 顔がよくて口が悪いだけじゃなかったんだなあ。

 と、三白眼の男の判断は早かった。

 あっという間に踵を返すと、あたしの横をすり抜けていく。

「覚えてやがれ!」

 ルースが止める暇もなく、その人は倉庫の壁をぶち破って逃走してしまった。




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