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眠れる異界のウネクシア  作者: 早村友裕
第三章 白薔薇の災厄児
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異世界のお友達(3)

 異海をわたる術。

 〈遊技人(レイッキヤ)〉のボスらしき人物以外で、初めて目の前に現れた手がかりらしい手がかりだった。

 ごくり、と唾を飲んだ。

「本当なの……?」

「はい。口外無用の王族の秘密です。ですが、今となっては意味のない事でございますから……それは、王家の地下に眠る神代の武器。聖書では『吟遊詩人の方舟』と呼ばれるものです」

 微かに、悲しそうに微笑む王女。

「何ですって! そんな、神話にしか登場しないような古代兵器が、この現代に眠っているというの?」

 ザイオンさんが悲鳴のような声を上げた。

 古代兵器、『吟遊詩人の方舟』――それは初めて聞く単語だった。

 それなのに、オンちゃんはうんうん、と頷いた。

「なるほどね、りー姉が『歌姫(ディーバ)』だからこそ起動できるってわけだ」

「はい」

 話が分からない。というより、何でオンちゃんは理解してるの?

「ごめんなさいね、リーネットちゃんはユマラノッラ教の聖書を知らないものね。急に言われても分からないわよね」

 その言葉で、メリィ王女が驚いた顔を向けた。信じられないものを見る目だった。

 ごめんね、無知で……

「でも、異海からいらしたのですから、歌姫様がご存じのはずはありませんよね」

 あたしが落ち込んだのを見て、メリィ王女が慌ててフォローしてくれた。

 やっぱりこの子は、いい子だ。

「オンちゃんは知ってるの?」

「うん。ユマラノッラ教の聖書の話は、最初にクォントから聞いた。一通りは知ってるよ。というよりクォントは最初から古代兵器に狙いを絞ってたみたいだけど?」

 なんて事だ。

 あたしよりずっと後にこの世界へやってきたオンちゃんがすでにあたしよりずっとこの世界の事を知っている。これは、姉の沽券に関わる大問題だ……!

 ひそかに闘志を燃やしていると、ザイオンさんがこほん、と一つ咳払いをした。

「では少し、神話のお話をしましょうか」

 あたしはこくりと頷く。

 このままオンちゃんに置いて行かれるわけにはいかない。

「前に、天地創造のお話はしたわよね?」

 異海に生まれた六晶系の神様。神様がそれぞれ作り出した六体の神獣たち。神様が大地を作り、神獣たちは空や、海や、川を作り、この世界を創造した。

 確か、そんなお話だったはずだ。

「じゃあ、それから少し後の話になるわね。神が作り、神獣たちが整えたこの大地に『歌姫(ディーバ)』『吟遊詩人(ミンストレル)』と呼ばれる人々が暮らしていた頃のお話よ。その頃、ワイナモイネンというとても立派な老賢者がいたの」

 ワイナモイネン。

 耳慣れない響きの名前だ。神様の名前もそうなんだけど、どうしても覚えづらいのだ。

「創生以降の神話の多くは、彼の冒険物語なのよ。だから、ワイナモイネンの冒険は数多くあるわ。まあ、その多くが、可愛い女の子を求めてあちらこちらへ旅して回る話なのだけれど……その中で、一つだけ異質なお話があるの。それは、彼が『とても大切なもの』を、死後の世界まで取り戻しにいくというお話よ」

「『とても大切なもの』って何ですか?」

「それはね、『とても大切なもの』よ。リーネットちゃん。神話にははっきりと書かれていないの。ただ、老賢者ワイナモイネンが死後の異海を越えてまで取り返したいと思ったものなのよ」



 ワイナモイネンの目指す死後の世界は、異海を渡った先にあります。普通の船では、とてもとても、異海の航海には耐えられませんでした。

 そこでワイナモイネンは、友人で鍛冶屋のイルマリネンに助けを求めました。

 異海を渡る事が出来るような船を造りたいのだ、と。

 鍛冶屋のイルマリネンは快く引き受けました。

 しかし、異海を渡る船を造るのは並大抵の事ではありません。まず、材料を探すため、二人はカンタキエリ大陸を隅々まで探検しなくてはなりませんでした。

 マストにするため、巨クジラの皮を求めてトゥオネラの河へ。

 堅牢な骨を持つハイリタの骨をマストのヤードにするため、ポホヨラの丘に。

 他にも、ルーイの牙、虹色カウニスの角、美しい涙石などを求め、大陸を歩き回りました。


 長い時間をかけた長い旅の末、ようやく求めていた材料がすべてそろい、船の建造を始めました。

 しかし、船を造り始めた二人には、次々と様々な災いが降り懸かってきました。

 もしかすると、死後の世界でワイナモイネンのとても大切なものを隠し持っている『誰か』が、この世界に干渉して彼らの邪魔をしていたのかもしれません。

 それでもワイナモイネンとイルマリネンは諦めず、船を作り上げました。



「そうして出来たのが『吟遊詩人の方舟』と呼ばれる古代兵器よ」

「……兵器なの?」

「ええ。今で言う、光術製品の事を、神話では兵器と呼ぶのよ」

 なるほど。

 古代兵器って言うのは神話に出てくる吟遊詩人が作ったと言われる光術製品の事なんだ。

「でも、そうやって聞くと、確かにその古代兵器がこの世界に存在するのって不思議だね」

「もはや王家にも、いつ、どこで、誰が作って王城の地下に配置されたのか、誰一人として存じ上げませんでした」

 先祖代々伝えられてきた、王族の秘密。王都の地下には、古代兵器が眠っている――なんてわくわくするお話だろう!

「私が直接拝見したという訳ではございませんが、この数十年のうち一度だけ、起動した事があると父上はおっしゃっていたように思います」

 曖昧なのは、私が幼いときのお話だからです、とメリィ王女は謝った。

 でも、十分だ。

 異海の向こうに渡れるかもしれない古代兵器が実在すると分かっただけでも十分だ。

 どうしようもなく嬉しくなってきた。

 あたし、元の世界に帰れるかもしれない。

「よかったね、りー姉。王女様のお陰で、手がかりがつかめそうだ」

 頭の上のオンちゃんも弾むような声音だった。

 あたしは思わず、メリィ王女の手を取った。

「ありがとう、メリィ王女!」

 その瞬間、あたしの中にたまっていた〈紡〉の光素がぱっとはじけてメリィ王女に降り注いだ。

 まるで彼女を祝福するかのように。

 白い光を放つ光素に包まれた王女が嬉しそうにはにかんでいる。その表情が、とんでもなく可愛い。


――友達に、なりたいな。


 不意にそう思った。

 でも、王女様相手に失礼だろうか。

 心の中で悩んでいると、オンちゃんがあたしの額を肉球でぷにぷに叩いた。

「りー姉、なに悩んでるの?」

 えーい、悩む前に行動!

「メリィ王女!」

「何でしょう、歌姫様」

 穏やかに小首を傾げる王女様。綺麗すぎて、別世界の人みたい――実際、あたしとは生まれた世界が違うんだけど。

 心臓がびっくりするほど大きな音を立てている。

 このまま破裂してしまうんじゃないだろうか。

「お友達になってください!」

 告白するって、こんな気持ちなのかな? 

 あたしは王女の返事を待ちながら、泣きそうになっていた。

 恥ずかしさと、達成感と、期待と不安がごちゃまぜになって、心臓が止まりそうだ。

 身長差、頭一つ分。すらりとモデル体型の王女様は、あたしの両手を握ったまま、ひざまずいた。

 そして、握った両手を額に当てるようにしてユマラノッラ教の祈りを捧げる。

「歌姫様との出会いを、六晶系の神々に感謝いたします」

 そして、美しい青風信子鉱(ブルージルコン)の瞳であたしを見上げた。

 その笑顔がとても眩しい。

 あたしは、おなかのそこがくぅっと持ち上がるような感覚を覚えた。天にも舞い上がるとはこんな気持ちを指すのだろう。

「こんなに嬉しい事はありません。祝福をいただけるより何より、心から嬉しく思います。よろしくお願いします、歌姫様。私もお友達になりたいです」

 頭の中で、ファンファーレが鳴り響いた。

 可愛い。メリィ王女が可愛い。

 もう結婚していいくらい可愛い。

「ですから、私の事は『メリィ』とお呼びくださいね」

 細くて白い長い指があたしの手を包んでいる。

「じゃっ……じゃあ、あたしも『リーネット』でいいよ……メリィ?」

 おそるおそるそう呼ぶと、彼女はにっこりと微笑んでくれた。


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