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眠れる異界のウネクシア  作者: 早村友裕
第三章 白薔薇の災厄児
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異世界のお友達(1)


 カリカリと地面を削る。

 その下から顔を出したのは骨化石。スポンジ状の断面が特徴的だから、おそらくほ乳類もので、きちんどと同定しなくちゃ分からないけれど、尻尾の先っちょあたりの小さな骨だと思う。

 にやけそうになる頬を押さえ、あたしは再びスプーンの柄でカリカリ削り出した。調査用具のバリエーションが少ないこの世界で、スプーンは万能だった。削ってよし、かき出してよし、そして何より、希少なものではないから宿の人に言えば1本や2本、簡単にもらえるのが素晴らしい。


 鉱山都市ロヴァニエミにほど近い大河の岸辺で、あたしはこの壮大な露頭を発見した。

 そのときの感動を、どう伝えたらいいものか。

 と言ったら、リーダーから、別に伝えんでいい、とイヤな顔をされたんだけど。

 見渡す限りに堆積しているのはほとんどが砂岩と泥岩。植物混じりで貝化石もそれなりの頻度で見つかるから、大きな湖の堆積物だと思う。あまり流れの感じられない堆積物であるのも、その推測を後押ししている。

 たとえば川なら、その流れのせいでどうしても地層に特徴がでる。たとえば、斜交葉理(クロスラミナ)と呼ばれるものもその一つ。砂と泥の粒度の違いにより、川の流れに沿って地層には美しい模様が刻まれるのだ。

 ちなみに私は、美しさで言えば斜交葉理(クロスラミナ)よりコンボリュート葉理(ラミナ)派です。あの美しい火炎構造(フレイムストラクチャ)を初めて見たときの感動が忘れられない!

 と、話がそれそうになりましたが、とにかく、ここは化石を探すには絶好の場所なのです。

 そしてあたしの予感通り、調査三日目にしてあたしは大量の化石を発見したのでした。

 これが全部、あたしのものだなんて!

 何て言うと、お前のじゃねーですよ、と辛辣な台詞が帰ってくるので言わない。心の中だけでつぶやいておく。


 徐々に化石の形が現れてくるあたしの手元を、黒い子犬が大人しくじぃっと見つめていた。

「よし、オンちゃん。そろそろ砂を払おうか!」

 そう言うと、黒い子犬はわん、と鳴いて黒の毛並みをざわざわと波立たせる。

 すると、周囲に緑色の光素が集まってきて、局所的に小さなつむじ風を起こした。

 そのつむじ風は、あたしが削っていた砂だけを取り去り、後には骨だけが残された。

「ありがとう、オンちゃん。光術、ずいぶん上手になったんだねえ」

 そう言いながら頭を撫でてあげると、オンちゃんは嬉しそうに一番大きな目を細めた。

 一番大きな、って言うのは、オンちゃんに目が左右7対、全部で14個もあるからだ。

 大きさに違いはあるけれど、どれも異なる色をしている。赤、青、黄、緑、銀、黒、それから――透明な色。まるで光術の属性を示しているかのようなその色合いはとても綺麗だ。

 全部見えるの? って聞いたら、虹色の目をパチパチさせた後、一応見えるみたい、っていってた。すべてが視覚器官であることには間違いないらしい。

 その中で、一番大きな目は黒色。元の体だったときと同じ、黒。

 そう、この子はもともと、人間だった。黒髪黒目の、あたしの弟だったのだ。

 けれど、異世界に落ちたショックで魂と体に分離してしまって、体の方は白髪赤目の青年に、魂の方は光化種と呼ばれる生命体になってしまった。黒くて手足の短いもふもふとしたこの姿、あたしには黒い子犬に見えるのだが、皆に言わせるとその姿は『ハイリタ』という生物の子供に似ているらしい――主に、目の数が。どんな不思議生物ですか、それは。

 この世界には、おそらく不思議な生物がたくさんいる。そして、化石生物もその例外ではない。最初の町で見つけた足跡化石も三本の尻尾の跡があるという不思議なものだったし、おそらく今掘っている化石だって、元の世界には存在しない生物である可能性が高い。

 あたしはその進化の歴史が知りたいのだ。もちろん、現在の生態も含めて。

 進化には理由がある。それは気候であったり、地形であったり、食べ物の問題であったり……環境の変化によるものだ。例えば、暑い地域でもこもこの生物には進化しないし、空気の薄い山のてっぺんに運動量の多い肉食動物が大きく栄える事はない。つまりは、そういう事だ。

 進化は常に環境の変化と共にある。

 だから、地層から当時の環境を復元しながら見つかる化石生物の生態を推測していく事が出来る。

 だけど、こうやって地道に一個ずつ化石を掘って、復元して、環境とつきあわせて、それを何万年、何千万年分。

 あたしがその進化を紐解くには、まだまだ時間がかかりそうだった。

 それでも、この世界にきてから地道に描きためた地質図は、それなりに形になってきている。一度、縮尺の小さな地図にプロットして、大陸全体の成り立ちについて仮説を立ててみるのもいいかもしれない。

 そもそもこの世界、プレートテクトニクスは応用できるんだろうか。惑星の大きさは? 海溝があったりするの? 地震とか、火山とか、そんな災害に見舞われることはあるんだろうか。

 まだまだ調べたりない事はたくさんある。

 ああ、師匠がいればなあ。師匠にも見せたいなあ、この景色。この地面。

 そしてこの化石!

 あたしは掘り出した骨の化石を、近くに敷いたシートに並べた。今日だけで10個以上の骨を見つけている。産状もばっちりメモしてあるから、同じ生物だった場合もそれなりの復元が出来るはずだ……また尻尾が三本、とかだとちょっと復元に時間がかかるかもだけど。

 やりたいことはいっぱいある。見たいものもいっぱいあって、考えたいこともいっぱいある。

 異世界万歳!

 あたしは、ふとした拍子に落ちたこの世界を堪能していた。


「りー姉、もうすぐ暗くなるから帰るよ。昨日みたいにルースとクォントが探しにきちゃうよ」

 オンちゃんの声ではっとすると、陽はずいぶん傾き、夕焼けの色になっていた。

 普段から空の色が赤っぽくて、気づきにくいんだよ!

 慌てて片づけを始めた。

 骨は一つずつ丁寧に布でくるんで、〈四次元バッグ〉の中へ。散らばっていた道具もすべて、バッグに納める。

 本当にこのバッグ、便利だ。作ってくれたリーダーとクーちゃんに感謝。元の世界の青ダヌキなネコ型ロボットを思い出しながら作ったものらしい。

 どうやらこの〈四次元バッグ〉も、劣化品をダン商会で売り出そうと試行錯誤しているそうだ。それから、〈岩石レーザー〉も。

 中央監査の仕事もあるので忙しそうではあるが、リーダーとクーちゃんが楽しそうで何よりだ。

「さあ帰ろう、オンちゃん」

 あたしの頭の上にぴょん、と飛び乗った子犬は、嬉しそうに足と尻尾をぶらぶらさせた。

 見た目の割に重くないオンちゃんは、人の頭の上を定位置にしているようだ。

 ふんふん、と鼻歌を歌いながらロヴァニエミへの道を辿る。あたしの歌に反応して周囲の光素がぽんぽんと弾んでいるのは分かっているが、今は周囲に人がいないからいいだろう。

 化石がたくさんとれて、あたしはとってもご機嫌なのだ。

「付き合ってくれてありがとね、オンちゃん」

「別にいいよ。ボクも近くで光術の練習をしてるだけだし」

 あたしがこうやって外を出歩けるのは、オンちゃんのおかげだ。

 史上最悪の光化種と呼ばれかけたほどの力を持つオンちゃんをつれて歩くことで、あたしは一人での調査を許されたのだ。

 そうでなければ、どんどん過保護になっていくリーダーから逃れられなかった――眉間に皺を寄せて、黙れ、うるさい、駄目だ、を寝言のように繰り返す保護者のようなリーダーに、あたしは不満を抱いていた。

 いや、分かってるよ? あたしがさらわれすぎたんだよね!

 この世界に落ちてからどうにもさらわれ体質に目覚めてしまったあたしは――弟の話によると元の世界でもそうだったらしいが――気がつけば悪者に捕まって、リーダーとクーちゃんが助けにくるという日常に慣れきってしまっていた。

 よくない傾向なのは分かってます。

 でも、今度からはオンちゃんがいるから平気だもん!



 国営ギルドに戻ると、ルノさんと話しているリーダーとクーちゃんが迎えてくれた。

 あたしの頭の上に乗っていたオンちゃんは、ぴょんっと飛んでクーちゃんの頭の上におさまった。

 やっぱり、自分の体の近くにいた方が落ち着くのかな?

 久しぶりにロヴァニエミの国営ギルド長のルノさんを明るい場所で見ると、初対面の時よりずっと肌艶がよくなっていた。目の下のクマは相変わらずだけれど、精神的な抑圧から解放されたために元気そうだ。

 ――裏切り者が、分かったからね。

 キーリンダ家当主の姪で、次期当主の婚約者。レンミッキさんはそんな過去を隠し、国営ギルドで光術師として働いていた。

 さらにその上、キーリンダさんたちも裏切ってたんだけど……どうやらリーダーはそれを報告していないらしい。

 確かに、〈遊戯人(レイッキヤ)〉とかいう組織については、あたしもよくわかんないのだけど。

 今は、レンミッキさんが傀儡にしてしまった自警団の代替メンバーが集まるまではリーダーがその穴を埋めている。そして、キーリンダの残党の行方をクーちゃんが追っている形だ。

 ルノさんが町の地図を広げて、リーダーたちと話し合っていた。

「ルースさんが焼き払った屋敷はここ、拠点と思われる箇所は残り四カ所。ですが、クォントさんの調べによると、そちらはもう、もぬけの空だとか」

「うん。誰もいなかったよ。荷物はほとんど残ってたけど。ほとんどが裏取り引きされた光術武器と宝石の類だったから、おそらく戦力の光術師より先に武器を揃えてたみたいだねえ」

「では、オウルの国営ギルドに打診して、武器押収の手はずを整えましょう」

 みんな、忙しそうだな。

 あたしは明日も一人、ではなくオンちゃんと一緒に化石採集しようっと。


 まだ働いているみんなを置いて、あたしは一人部屋に戻る。

 〈(ヴィーシ)〉と書かれた扉を押して部屋にはいると、この宿泊所を案内してくれたレンミッキさんの声が耳に残っていた。

 大人っぽくてさっぱりしていて、とっても素敵なお姉さんだったのになあ。

 少ししんみりしながら、今日の調査結果を四次元バッグから取り出して広げる。

「明日はちょっと下流に行きたいなあ。化石採集は後にして、ルートマップを先に作っちゃおうかなあ」

 広大な土地があるが故、調査にかける時間はいくらあっても足りない。

 仲間が欲しい。

 今なら師匠の気持ちが分かる。地質調査の仲間が欲しい。手が足りない。手が足りないのもそうだけど、一緒に議論する人が欲しい。この場所が昔、どんな場所だったのかって――

「……よし、決めた」

 明日は河原じゃなく、町に行こう。

 そして友達を作ろう! 一緒に調査する友達だ。

 あたしは最高の案に歓喜した。


 あたし、異世界の調査友達が欲しいです!


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