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眠れる異界のウネクシア  作者: 早村友裕
第二章 異海の玩具
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イルマリネン(1)

 溢れるような光の渦が周囲を取り巻いて、〈断〉の光素を打ち払っていく。

 リーダーの〈炎〉とあたしの〈紡〉。光化種の強さに負けないくらい、赤色と白色の光素がすさまじい勢いで渦巻いた。

 足元からマグマのように炎の光素が噴出し、折り重なっていた岩石を一瞬で溶かしきった。融解したマグマがぼたぼたと頭上から落ちてくるけれど、あたしとリーダーが佇む場所を避けている。なんて不思議な光景なんだろう。

 灼熱の塊が落ちてくる中、リーダーはあたしの目を真っ直ぐに見つめていた。青風信子鉱(ブルージルコン)のような美しい瞳から目が離せない。

「リーネット。約束の事は絶対、誰にも言うな。例え相手がクォントやザイオンだとしてもだ。真名を与えるっつー行為は、この世界では本当に危険な意味を持つからな」

「うん、わかった。内緒にするよ」

 あたしが頷くと、リーダーは笑った。

 長い指があたしの頬を撫でていったような気もするけれど、それよりなにより、光素で明るく照らし出されたリーダーの表情は、驚くほど穏やかで、釘付けになった。

 その表情に胸が締め付けられて、思わずリーダーの胸に飛び込んでしまいたい衝動にかられた。

 けど、あたしはそれをぐっと我慢した。

「最初は少し違和感があるかも知れない。俺も、他人に主記憶(メモリ)を貸した事なんざないから、何が起こるか分かんねーんですよ。辛くなったら、すぐに言え」

 こくりと頷くと、リーダーはあたしの頭をぐりぐりと撫でまわした。

 そして、彼の指輪の一つを外すと、あたしの手を取った。

「通信用の補助プロセスだ。持っとけ」

 リーダーの手はいつも熱い。触れた手から熱い光素が流れ込んでくる。

 こんな時なのに、ドキドキしてしまう。

 そのうえ、リーダーは自分の小指から外した指輪を、あたしの左手の薬指につけたのだ。

「この補助プロセスがあれば、繋がったままに……リーネット?」

 あたしは硬直した。

 えっ、ちょっと待って?! どういう事なの?

 だってだって、左手の薬指に指輪って……!

 左手の薬指を見たまま呆然としているあたしを、リーダーはいぶかしげに覗き込む。

 この世界では、そういう習慣がないんだよね……きっと。だってリーダーがどうでもよさそうな顔、してるもん。

 ドキドキしてるのは、またあたしだけなんだ!

 悔しいよう。

 ぐー、ぱー、と何度も左手を握ったり開いたり。

 でもそれ以上に、自分自身がびっくりするくらい喜んでしまっているのがもっと悔しい。顔がにやけてしまいそう。

「どうした、リーネット」

「あっ、ううん、大丈夫! 何でもないの!」

 ちらりとリーダーを見上げる。

 赤い光素に包まれて、いつものように少し不機嫌そうな顔をした彼。

 もう、駄目なのかなあ。認めるしかないのかなあ。

 あたしは元の世界に帰るから。それを理由に、考えないようにしてたのになあ。

 リーダーは卑怯だよ。こんなの、だって、我慢できなくなっちゃうよ。

 ゆっくりと息を吐く。

 左手の薬指にキラキラと輝く指輪を見る。これは、紅玉(ルビー)かな。大きくはないけれど純度の高い結晶がはめ込まれている。紅玉(ルビー)は三方晶系の鉱石で、コランダムの変種だ。情熱を意味することが多い真っ赤な宝石で、元の世界でも価値の高い美しい宝石だった。

 三方晶系は〈紡〉の結晶。

 あたしにぴったりだ。

 ドキドキする胸にその指輪を抱くように当てて、リーダーを見上げた。

 悔しいけど、認めます。

 あたし、優しくてちょっと不機嫌で、残念な王子で、あたしの知らない辛い過去を持つこの人と一緒にいたいと思っています。

「うん、平気。リーダーと一緒なら怖くないよ」

 でもお願い、気づかないで。優しい貴方はきっと、気に病んでしまうから。


 どろどろに溶けた岩石が地面に落ちる。

 その赤いカーテンの向こうから、光化種が姿を現した。

「一気にカタをつけてやる」

 リーダーは、いつものようにあたしを背にかばいながら、〈具象級〉光術の言霊を詠唱していく。

 あの屋敷を一瞬で焼き払った呪文だ。

「〈空の鳥は火をいだし その焔は煌々として燃え上がり 折しも北風は森を煽り 北東の風は激しく吹きぬ 火花が全く終焉するまで すべての樹木は焼き尽くされよ〉!」

 あたしの中に、リーダーから炎の光素が流れ込んでくる。

 突如、あたしの中に吹き荒れた驚くほど熱いソレに、あたしは思わず胸元を抑えた。まるで体の内側を光素でくまなく舐められているようだ。

 傀儡師が相手を廃人にしてからその主記憶(メモリ)を使うのは、ある意味この反発をなくすためなのかもしれない。

 リーダーの中央処理(プロセッサ)があたしの中にプロセスを展開し、動作している。〈具象級〉だというそのプロセスは、あたしがこれまで使ってきた治癒光術や防御光術とは比べ物にならない大きさだ。

 クーちゃんの形をした光化種は、一瞬にして炎に包まれた。

 その炎に照らされ、壁際にザイオンさんが倒れているのが見えた。

 リーダーも気づいたんだろう、ちっと舌打ちすると、一つの光術プロセスのロックを解除した。

「〈エー・エル〉」

 それだけで、あたしの中に大きなプロセスが展開されていくのが分かった。

 どくん、と心臓が一つ、脈を打つ。

 あたしの主記憶(メモリ)を侵食するようにいっぱいに広がるプロセス。

 リーダーはいったい、何をしようとしているの?

 腕輪にはめた希少石は、赤に輝く薔薇輝石(ロードナイト)。三斜晶系、〈風〉の系統石。

 リーダーが得意とする炎ではないそのプロセスは、あたしの中で大きくうごめいた。

「〈嵐に(うか)び、微風(そよかぜ)の道を、月の上、陽の下を、大熊星の肩を経て、ついにもの憂きサリオラの丘、ポホヤの湯殿に至りしが、尾を引ける犬は吠えず、番犬共は鳴かざりき〉」

 彼の目が真っ直ぐに見据えるのは、弟の形をした光化種。クーちゃんの体を乗っ取った〈エーテル空間〉の生き物。

「〈イルマリネン、不滅の匠〉!」

 次の瞬間、坑道が光素に満たされた。



 後で聞いた話によると、不滅の匠、イルマリネンはユマラノッラ教の聖典に登場する『吟遊詩人』らしい。風を守護とし、鍛冶屋である彼が神獣の作り出した天に色を打ち出したと言われているそうだ。

 あたしの目の前に現れたのは、両手にそれぞれ大きな鉄槌を持ち、屈強な男性の姿をだった。無秩序に伸ばした白髪を極彩色に編んだ紐で括り、薄汚れた短衣に身を包んでいる。

 人の形をとったその光術プロセスを呆然と見上げるあたしを他所に、その人型プロセス〈イルマリネン〉は機械的な声で告げた。

「起動完了。召還者は命令を入力してください」

 リーダーは、〈具象級〉の上に〈召喚級〉というプロセスがあると言っていた。

 プロセスそのものが意志を持ち、自立して動作する光術。それこそが、〈召還級〉。つまりは、光術の行使によって、この世界に一つの生き物を作り出す術だ。

 あたしはその事を肌で理解した。

「あの光化種を破壊しろ」

 リーダーがイルマリネンに命令を下す。

 イルマリネンは命令を受け、両手の槌を掲げて、ぎろりと目の前の光化種を捕らえた。

 降りあげられた鉄槌は、みるみる巨大化し、天井をかすめるほどになった。

 そして、天をも鍛えることの出来る腕を持つ匠は、その槌を無慈悲に降りおろした。


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