傀儡師(5)
目の前が真っ赤に染まり、レンミッキさんたちの姿が消えた。
そして、音も消えた。
隔離の光術を使った時のように、赤い光素に包まれている。分厚いその光素が周囲の音を分断しているのだ。
とてつもない量の光素だった。
リーダーが一歩踏み出すと、壁のようなその光素が海を割るように道を開けた。
あなたは海を割って十戒を受ける指導者ですか。
「……逃げたな」
リーダーがぼそりと呟いた。
足元に転がる〈ライトセイバー〉を拾い上げ、そのまま歩いて建物を出た。
「リーダー……火、消したら? もういいんじゃない?」
「これは消せねーですよ。〈具象級〉の光術だからな」
具象級?
首を傾げると、リーダーは前を向いたまま淡々と説明した。
「普段、光術師が使うのは〈常用〉プロセスだ。〈エーテル空間〉のみで完結し、光素体を傷つけたり、癒したりして、そのフィードバックを現世界へ連れてくる、という仕組みになっている」
そうだね。だから、〈エーテル空間〉に光素体を持たないクーちゃんには光術が効かないんだよね。
「だが、その一段階上に〈具象級〉光術というものが存在する。それは、現世界に直接、働きかける事が出来るものだ。例えば、炎で言えば〈エーテル空間〉の光素体のフィードバックではなく、この屋敷を直に燃やしている」
「えっ?」
どういう意味だろう。
この世界に落ちてきた時から僅かながらも築いてきた、これまでの光術のイメージからは導き出せない。
「この概念を、異海から来たお前に伝えるのは難しい。確かにフィードバックには変わりないが……そうだな、光素体から現世界の実体を構築するイメージに近いな。その術を発動するには将軍クラスの中央処理性能と主記憶量が必要だ」
……リーダーが何を言ってるかわかりません。
助けて、クーちゃん!
「例えば〈具象級〉のさらに上位は〈召喚級〉がある。それは、エーテル空間に構築した独立思考型のプロセスを現世界に生み出す行為だ」
すらすらと解説してくれるリーダーだったけれど、そのあたりであたしがぽかーんとしている事に気づいたようだ。
何言ってるか全然わかんないよ、ごめんね。
彼はじっとりした目であたしを見下ろすと、溜息をついた。
「とにかく、常用プロセスとは一線を画してるっつーことだ。つまりは、〈具象級〉光術はクォントにも有効だっつー事だけ覚えとけ」
「えっ?」
驚いた声を上げたあたしに、リーダーは完全にあきれ返ったようだ。
「俺の話、聞いてたか? 現世界に直接働きかける、っつーことは、エーテル空間に光素体を持たないクォントでもダメージを受ける可能性がある」
そうなんだ……知らなかった。クーちゃんも無敵じゃないんだね。
「じゃあ、今から光化種を倒すのに〈具象級〉の光術を使うって、どういう事なの? ユアンさんは、特殊な光化種だって言ってたけど」
「……不明だ」
「?」
「光化種の強さを図るために、『個体検知』と呼ばれる汎用プロセスを使った。光術師がよく使うプロセスなんだが……そいつが不明エラーを返してきやがった。こんな事は今までに報告されていない。あの黒い光化種は一見、〈断〉の光素を纏っているように見えるが、その実は全く違う」
リーダーが眉間に皺を寄せた。
「おそらくだが、あの光化種は、これまでに知られている19種類の光素以外のモノで構成されている可能性がある」
異海に最初に生まれたとされる、19種類の光素。
六晶系の神様。
それ以外の光素っていう事は……
「遊戯人とやらに、一度話を聞いた方がいいかもしんねーですよ」
七番目の神様。七番目の結晶系――等軸晶系。
もしかするとその結晶系には、まだ知られていない光素が当てはまるかもしれないのだ。
「普通の光術はほとんど効かなかった。常用と違って簡単に影響を消せねー〈具象級〉は、坑道が崩れる可能性があるから使わなかったんだが……そんな事を言ってる場合じゃねーですよ。国営ギルドと鉱山の責任者が許可を出した。今度は出し惜しみしねーで一気にカタをつける」
「でも、リーダー大丈夫? 疲れてない?」
ずっと光術を行使し続けているように見える。
あたしの胸の傷を癒した時のように、疲労がたまっていないだろうか。
「大丈夫だ。ザイオンとロワンがいたお蔭で、攻撃の光術しか使ってねーからな」
本当に大丈夫なの?
疑問を残したまま、あたしはリーダーに抱え上げられて坑道へと向かった。
坑道の入口に陣取っていたのは、ザイオンさんだった。
シスターの恰好で思いっきり胡坐をかいた彼……彼女は、瞑想するように静かに目を閉じ、手を組み合わせていた。ユマラノッラ教のお祈りのポーズだ。手入れしているのか、脛はツルツルだった。ムキムキだけど。
彼女はリーダーが近づいたのに気付いて、ふっと目を開けた。
「どうだ?」
「大丈夫。あれから全く動いていないわ。クォントくんも同じ場所にとどまってると思いたいわね」
「分かった。もう網を回収して大丈夫だ」
まさか、坑道全体に光素の網を張ってたの?!
リーダーの言葉で、ザイオンさんは立ち上がり、お尻についた土をぱたぱたと叩いた。そして、ぐったりと抱えられたあたしを見てふふふ、と笑う。
「捕らわれの姫は助けてきたようね」
「姫? 姫っつーならメリィの方だろ」
「そういう意味じゃないわよ……」
溜息をついたザイオンさん。だから貴方はダメなのよおお、なんてぶつぶつ言いながら。
「ユアンとロワンは?」
「メリィと逃がした。明日には共和国の援軍が来るからな。あいつらが逃げるなら早い方がいい」
あらそう。じゃあ、アタシも逃げようかしら、なんて軽く言うザイオンさんのお尻を蹴飛ばしながら、リーダーは坑道の入口を示す。
あたしを抱えたまま。
「あたしも行って大丈夫なの?」
「お前は放っておくとすぐに危ない目に遭うからな。近くに連れてた方が精神的に落ち着くんですよ」
そうですか、すみません。
何度もあっさりと捕まり、拘束されてはリーダーとクーちゃんに助けてもらっているあたしには返す言葉もありません。
……そっか。そう言えばリーダー、光化種の討伐を置き去りにしてでもあたしの事、助けに来てくれたんだな。
そう思ったら、ちょっと嬉しかった。
いや、困ってる町の人の事を思うとそんな風に喜んじゃいけないんだけど。それに、リーダーはあたしの事をクーちゃんの付属品くらいにしか思ってないし。
複雑な心と折り合いをつけながら、坑道へと入って行った。
坑道は静けさに包まれていた。本当に光化種がいるとは思えないくらい。
それでも、天井や壁が其処彼処で崩れていて、光化種の力の大きさを示しているようだった。鉄錆の匂いと、油のにおいが充満している薄暗い坑道は、果てるまで続いているかのようだった。
あたしは、ゆっくりと両手を握ったり、開いたりしてみる。
うん、体が動くようになってきた。意識もはっきりしてきたし、リーダーのお蔭で光素のバランスもよくなってきたみたい。
今回ばかりは死んじゃうかと思ったよ。また、リーダーに助けてもらってしまった。
「その分かれ道を右に、そこから突き当りをもう一回右よ。そうしたら、細い坑道があるから、そこを通って行けば落盤の背後に出られるわ」
「落盤?」
「ああ。光化種を物理的に閉じ込めるため、人為的に落盤を起こした。クォントは、その向こうに留まったんだ」
「光化種がクォントくんをすごく気にしてたけれど、クォントくん自身もちょっと変だったわよね。何だか、光化種に捕らわれてしまいそうに見えたわ。今回の光化種は本当に不思議なのよね。人語を理解している上に、特定の人間に興味を持つなんて」
光化種が、クーちゃんに興味?
「光化種に関して、新たな生態が明らかになる可能性があるわ。不明エラーと言い……これまでの光化種とは全く異なるようよ」
「だって、あの光化種……クーちゃんだよ?」
坑道の奥から響く咆哮。
やっぱり、泣いている声がする。




