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眠れる異界のウネクシア  作者: 早村友裕
第二章 異海の玩具
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坑道の光化種(4)

 あたしが紡ぎだしたのは、昨日の晩、リーダーを癒した治癒光術の歌だった。

 歌声が大きく響きわたる。きっと、音でなく光素の波があたしの歌を拡散するせいだ。胸の中に大事に保存されているプロセスの一つが活性化し、光素を集める。癒しの白色光を柔らかに編んでいく。

 自分に何も出来ないことが悲しかった。その無力があたしの力を奪い、前に進む力を奪っていくような感覚が辛かった。

 何か、したいの。

 たとえばもし、あたしがこの世界から消えるとしても、いま、この瞬間、ここに立っているのは確かなのだ。確かにあたしは、ここにいる。

 遠く世界を離れ、異世界の大地を踏みしめて、光素の波を感じながら。

 あたしは精一杯に声を上げた。

 胸の中に渦巻く感情はめちゃくちゃで、とても言葉に出来そうもない。そのぐちゃぐちゃな感情は、無秩序に光素を凝集させ、虹色の光を伴って周囲で弾けた。眩い光に包まれる歌姫の姿を、皆が見ただろう。暖かく柔らかな紡ぎの力が徐々に傷を癒していく様を。

 今にも崩れ落ちそうな、今にも泣きそうな感情があたしを責める。

 その感情に押し出されるように、あたしは歌い続けた。

 何度も何度も、その癒しの歌を。

 でも、後でララさんから聞いた話によると、それは癒しの歌としてはあまりに悲痛な叫びだったらしい。

 その感情と共に、あたしは皆を癒していった。


 しかし、訓練も何もしていないあたしの限界はすぐにやってきた。

 何十人単位で癒しの術をかけ続けているのだ。これまでに感じたことのない、脳の疲労が重くのしかかってくる。眠りを誘うように頭の中にもやのようなものを広げていく。

 あたしの胸の傷を癒したときに、うたた寝していたリーダーの姿を思い出した。

 そうか、光術を使うとこんな風に疲れるんだね。

 ふらりと体が傾ぐ。

 あたしは倒れそうになって、思わず頭を押さえ、歌を止めた。

「歌姫様!」

「ご無理をなさらないでください!」

 怪我の癒えた人たちがあたしに駆け寄り、支えてくれる。

 よかった。元気になってくれて。何も出来ないあたしにも、ほんの少し役に立つことが出来て。

 支えてくれる人たちに微笑みながら、あたしは胸をなで下ろした。

 心の真ん中に、『何か』が生まれた感覚がある。これまで存在しなかったその『何か』は、この世界へきてから疲弊しきったあたしの心を護るように、胸の真ん中に陣取った。

 坑道の入り口ではミルッカさんが息もつけぬ戦闘を続けている。しかしその数は多く、ずっと続けばミルッカさんの体力がもたないだろう。

 息を乱しながらも奮闘する彼女の姿を視界の隅にとらえながら、あたしはみんなに言った。

「お願い。早く、逃げてください。長くは持ちません」

「でも、歌姫様が」

「あたしは大丈夫」

 にっこりと笑う。

 みんなが歌姫に望むように。疲れなんて、見せないように。

「ここが突破されれば、町に被害が広がるかもしれません。みなさんの、大切な人の元へ戻ってあげてください」

 その言葉で、一人、また一人と、怪我の治った人から町への道を下っていく。

 彼らの背に祈りを捧げながら、あたしは再び歌声を上げ始めた。


「りーちゃん! 大丈夫?!」

 一人奮闘するあたしの元へ、ララさんが駆けてきた。その後ろには、坑道の元締めを連れている。

 元締めのおじさんは、あたしに向かって深々と礼をした。

「ありがとうございます、歌姫様。この非常時に、貴方様がいらっしゃったことを六晶系の神に感謝します」

 あたしは答えられず、ただぶんぶんと首を横に振った。

 その反動で、頭痛を催していることに気づいた。もしかして、そろそろ限界かも。普段使わない光術をたくさん使ったりしたから……。

「大丈夫や、避難はほとんど済んどる。りーちゃんはもう休んどき!」

 そう言いながら、ララさんは腰に差していた拳銃のようなものを引き抜いて、入り口で戦うミルッカさんの方へ駆けていった。

 戦うララさんを初めて見た。光線銃を武器にして遠距離から援護するタイプだ。撃ち出す光素は色とりどりで、周囲に集まっている光素に合わせて変えているようだった。属性にこだわらない、柔軟なタイプなのかもしれない。

 でも、沸きだしてくる小型の光化種の数は未だ増え続けており、途切れる気配がない。

 元締めはあたしの焦燥を読みとったのか、静かに告げた。

「もうすぐ国営ギルドの光術師が到着すると連絡がありました。もう少しの辛抱です」

 国営ギルドの光術師――レンミッキさんの事だ。

 早く、早く。

 祈るような気持ちで戦う二人の背を見つめる。


 けれど。

 ミルッカさんが振りかざした剣が、すっぽ抜けたように空中に飛んだ。ずっと握っていたせいで、握力が弱っていたんだろう。

「ミルッカ! 離脱!」

 ララさんの号令で反射的にミルッカさんが距離をとった。

 ミルッカさんは、その場にしゃがみ込んでしまった。地面に両手をつき、肩が激しく上下している。体力的にもう限界なのだ。あの細身で、長い時間を戦い続けるのは難しかったのだろう。

 大量の光化種が入り口から雪崩のように駆けだしてきた。これまで、ミルッカさんが一人でとどめていた群が堰を切ったように押し出されてきた。

 遠距離攻撃を得意とするララさん一人では、とどめられなかった。

 光化種の群は、近くにいたあたしの方へと真っ直ぐ寄ってくる。

 あ、と思う間もなく距離が詰められた。

 子犬くらいの大きさの黒い毛並みの小さなオオカミ。十頭ほどが重なりあうようにしてあたしに向かって飛びかかってきた。

「リーちゃん!」

「歌姫様!」

 頭上から降ってくる黒の光素。

 あたしは、目を閉じることも出来ずその刃を見つめていた。

 避けなければ、あたしはきっとこのまま攻撃を受けて死ぬだろう。冷静にそう判断する自分がいる。あの女性に刺された時とは異なる、妙な達観があった。

 あたしが短い走馬燈の最後に見たのは、見慣れたはずのクーちゃんの顔ではなく、リーダーの白いケープだった。

 この場所へ近づいてきている存在を、あたしは光素の気配で感じ取っていた。

「りー姉!」

 目の前の光化種が一斉に燃え上がり、同時にララさんの周囲にいた黒いオオカミたちは天空からのすさまじい雷撃を食らって霧散する――え、雷撃?!

 はっと見ると、赤みがかった空を何かの影が通り過ぎた。

 緑の光素を纏った騎士が、高く跳躍したのだ。

 ララさんの前に降り立ったそのヒトは、手にしたレイピアを横に構え、詠唱を始めた。

「〈鉄の留金が軋み 白樺の滑りが音を立て 曲がった小刀は唸り 山桜の頸木を震わせろ〉!」

 まるで森が枝葉を伸ばしていくかのように、緑色の光素がそのヒトの元に集まっていく。

「!」

 ぶわっと広がった森は、坑道の入り口を完全にふさいでしまった。

 あれが、前回と同じ技だとしたら、内側からこの壁を破ろうとした光化種たちは徐々に体を喰われていくはずだ。

 ララさんは、気が抜けたのかへなへなと地面に座り込んだ。

「遅いで、ルース兄さん……ミルッカが限界やさかい、もうダメか思たわ……」

「うるせーですよ。これでもかなり急いで来たんだ」

 クーちゃんがあたしの無事を確かめるようにぎゅーっと抱きしめてくれて、怪我がないことを喜んだ。

 坑道の入口を塞いだのはユアンさん。

 そして、地面に座り込んだミルッカさんに手を貸したのは、ロワンさんだった。

「ねえ、クーちゃん。何でユアンさんとロワンさんが一緒なの? 敵同士だったはずじゃ……」

「こんな事態に敵も味方もないよ。ルースが一喝してつれてきた。一時休戦、ってとこかな。この場合、とんでもなく頼りになる味方だね」

 にこにこ笑いながらクーちゃんは言う。

 一時休戦、ってことは解決した訳じゃないんだね……でも、よかった。これでザイオンさんを助けてもらえる。

 リーダーはきょろきょろと見渡し、首を傾げた。

「ザイオンは?」

「中の光化種を足止めするゆうて、一人で残らはってん。早よ助けてあげて! 助けられるんは兄さんらしかいてへんやろ?」

 が、リーダーは全く慌てていなかった。

 むしろほっとした表情に見える。

「あいつが中にいるなら安心だ……ユアン、ロワン、クォント。行くぞ、大型の討伐だ」

「たった5人で?!」

 ララさんが悲鳴を上げた。

 が、リーダーは不適に笑った。

「当たり前だ。俺たちを誰だと思ってんですか」

 ああ、そうだね。だってリーダーは〈コーモンさま〉だもんね。

 王国時代の将軍たち――正水駒(せいすいく)ザイオン・ルルヴァンス、正風駒(せいふうく)ユアン・サルケア、正雷駒(せいらいく)ロワン・サルケア。

 そして災厄児と呼ばれたリーダーと、将軍たちの天敵だというクーちゃん。

 これ以上、誰が必要だと言うのだろう。

 ああでも、風雷の双駒が〈スケサン〉と〈カクサン〉。クーちゃんが〈ヤシチ〉だとしたら、ザイオンさんは、おぎんさんになってしまうなあ……できれば避けたいなあ……。

 と、あらぬ方向へ思考が転がり始めたところで、クーちゃんはあたしを置いて坑道の入口へ向かっていった。

 その時、坑道から光化種の咆哮が響き渡った。

 いや違う。

 咆哮じゃない。何度も響きわたる咆哮は泣き声にしか聞こえなかった。いつも自分の痛みを外に出さず、こっそりと内に秘めてしまう癖のあるクーちゃんが、珍しく泣いたときは、とっても辛い時なのだ。

「あっ、待って、リーダー!」

 あたしは思わず、リーダーのケープの裾を握りしめていた。

 あれは、咆哮なんかじゃない。

「あたしも連れてって」


 あれは、クーちゃんが5年前に置き去りにしてきた泣き声だ。


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