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眠れる異界のウネクシア  作者: 早村友裕
第二章 異海の玩具
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坑道の光化種(1)

「りーちゃんやー! 久しぶりやなあ、元気しとった? 相変わらずちっちゃくて可愛いなあ」

 あたしの姿を見るなり、ララさんは飛びついてきた。避ける間もなく捕獲され、撫で回される。

 でも、何だかほっとした。

 ララさんと一緒にきたのはミルッカさんだ。ダン商会の従業員さんで、短髪なのに男性らしさは一切ない、凛々しい女性。こう見えて、ダン商会の走駒(シャッキ)チームでは副炎駒をつとめるくらいに強い光術師なのだ。

 ララさんからあたしを引き剥がしたリーダーは、不機嫌そうに問う。

「こんな時間に何の用だ」

「ああ、せやせや。一刻も早く、見て欲しくてな! 寄り道もせんと真っ直ぐここへきたんやで!」

 ララさんが、ミルッカさんの持っていた木箱を受け取り、会議室の机の真ん中に置いた。

 紐を解きながら準備するララさんに、クーちゃんが問う。

「でも、オレたちがロヴァニエミにいるって、よく分かったねえ」

「うちの情報網をなめたらあかんで! というより、ルース兄さんがめっちゃ目立つんよ。大概の女性はすれ違っただけで覚えとるさかいな。情報集めんのは実はめっちゃ簡単やねん」

 八代目将軍の名は伊達ではない。顔の売れっぷりはさすがだ。

 あたしがくすくす笑っていると、リーダーに睨まれた。

「めんどくせーんですよ、そういうの」

「しゃーないやん。ルース兄さん、男前やもん。な、やっぱポスターのモデルせえへん? めっちゃ腕のいい絵師、雇うさかい」

「嫌だっつってんだろ」

 それより、そっちを見せろ、とリーダーは机の真ん中の木箱を指さす。

 ララさんはしゃーないなあ、なんていいながら、その箱のロックを解除した。

「〈カメラ〉の試作品が出来てん。やっぱ印刷部分が難儀でなあ。印刷するための光術製品だけは量産出来ひんから、ダン商会の店に置く事になってん。印刷したい場合は店に来てもらう事になる。こっちには保存プロセスしかのっけてへん」

 ララさんが取り出したのは、小さなレンズのついた、本当に小さな〈カメラ〉のような物体だった。

 ブリキを磨いたボディに水晶(クォーツ)を磨いて作ったレンズ。中には、保存用の小さな橄欖石(ペリドット)が入っているのだという。掌に乗るくらいの大きさで、まるでオモチャみたい。

「この、上のボタンを押したら正面からの光を保存するんや。思ったより高ついたけど、藍鉄鋼がグーリュネンの鉱山から入れば、ずいぶんちゃうと思う。まあ、ともかくちょっと使ってみんで」

 そして、こちらに向けて何の予告もなくボタンを押した。

 こういう時って、『はい、チーズ』は無理でも、せめて『撮るよ』とか何か言ってほしいよね……これが文化の違いなのですか。

「印刷出来ないんだよね。今撮った画像は、見られないよ?」

「ふふん、そのぐらい、うちの技術部かてちゃんと考えとる!」

 そう言うと、ララさんは会議室の上につるされていたランプを消した。とたんに真っ暗になる部屋の中、あたしは思わずクーちゃんにすり寄る。

 と、壁にぼんやりと何かが浮かびあがった。

 ずいぶんぼけているけど、これはさっき撮った写真だ。あたしとリーダーの姿が写っている。クーちゃんの姿が薄い気もするけど、ぼんやりしててよく分かんないや。

「わあ、すごい! 光で投影できるんだね!」

「せやで! 正確には光素やけどな」

「ああ、だからオレには何にも見えないんだ……」

 クーちゃんが困ったように笑った。

 光術が全く使えない弟には見えないって事は、この画像は光素をうまく集積させて形作っているのだろう。

「なるほどな。保存しているのは光素の配列だ。そのまま強化して壁に向かって打ち出せば絵になるって訳か」

 リーダーが感心したように言った。

「よう考えたやろ? 印刷するよりか、ずっと楽やねん」

「だが、解像度がひどいな……壁までの距離を計算しろよ。クォント、中を見るからメモ出せ」

「はいはい」

 すごい。こんな小さなカメラが、ちゃんと動いたのだ。それも、光素で壁に映し出せる、プロジェクター機能までついてる。

 改善のためにカメラの観察を始めたリーダーとクーちゃんは放っておこう。きっとこうなってしまったら長い時間、帰ってこない。何日も何日も部屋にこもって出てこないに決まっている。

 最初にカメラを作った時みたいに、夢中になっちゃうんだ。

 あたしはその世界に入れない。

 こんな時、仲良しの二人を見ながら一抹の寂しさを感じてしまう。

「……ララさんは、この後すぐに帰っちゃうの?」

「いんや、まだおんで。今回はロヴァニエミの視察も兼ねとるからな。何日かはこのへん、ゆっくりしてくで」

 オウルとグーリュネンに続く、西の3店舗目にするんやー! と嬉しそうなララさん。

 あたしも楽しくなってきた。

「あっじゃあ、明日は一緒に遊びに行きたいな。リーダーもクーちゃんもお仕事だから、あたし、一人なの」

 そう言うと、だから護衛にクォントを連れてけっつってんだろが、というリーダーの怒鳴り声が飛んできた。

 その剣幕に、ララさんがびっくりする。

「何なん? 兄さん、さらに過保護になってへん?」

「うん、あたしちょっと、狙われてるみたいでさ。クーちゃんを護衛につけろって言われてるの。でも、リーダーも明日、ちょっと危ないところに行くからさ。あたしとしては、クーちゃんはリーダーについてて欲しいの」

 そう言うと、ララさんは何とも言えない表情をした。

「自分ら、天然なん? お互いに? そんだけ相手のことばっか考えとって、ほんまに何も気づいてへんの?」

「そうなんだよ、ララさん。オレはルース好きだからさ、別にぜんぜん構わないんだけど」

 ため息をつくクーちゃん。

 いったい、何の話だろう?

「ほんまに二人見とると、力抜けるわ……」

 脱力したララさん。

 何がだよ、とカメラを調べながら不機嫌そうに返答するリーダー。

「ほんなら、うちとミルッカがリーちゃんと一緒におるけど? ミルッカには、そんじょそこらの光術師じゃかなわへんで?」

「敵がそんじょそこらの光術師じゃねーんですよ」

 ため息混じりに答えたリーダー。

 そうだね、相手は王国最強だったって言う将軍なんだもんね。あの戦いを見た後では、とてもララさんやミルッカさんにかなう相手とは思えない。

 と、そこでクーちゃんがぽん、と手を打った。

「ザイオンさんがいるじゃん。彼女なら安心じゃない?」

「はあ?」

 彼女とか言うな、気色悪い、と悪態をついた後、リーダーは思案しているようだった。

「……まあ、アレなら安心か」

 安心なの?!

 教会で出会った、オネエなシスターさん。王国時代のリーダーの知り合いで、将軍の手からあたしを守ることが出来る……?

 まさかとは思うけど、ザイオンさんも、王国の正駒なの?

 聞きたかったけれど、ララさんにいろいろ知られるのが大丈夫なのか分からなかったから、すんでのところで飲み込んだ。

「そうだな、明日ザイオンに聞いて、引き受けてもらえそうならクォントは俺が連れていく。ダメなら、リーネットのところへ置いていく。それでいいな?」

 この辺が、妥協点かな。

 あたしはこくりと頷いた。

 どちらにしても、リーダーに何をプレゼントしたら喜んでもらえるか、ザイオンさんに相談するつもりだったからちょうどいい。

「要するに、クーちゃんがどっちと一緒にデートするかっちゅう話やろ。クーちゃんが一番モテモテやん」

「でしょ? オレって二人から愛されてるんだー」

 うん、そうだね。クーちゃんが一番愛されてるよ。



 次の日、ララさんは待ち合わせしたわけでもないのに、あたしたちが国営ギルドを出る時間に合わせてやってきた。

 見送ってくれるレンミッキさんにひらひらと手を振り、教会を目指す。

 朝の町はすでに動き出していて、あちらこちらから煙が上がり、パンを焼くにおいがしたり、工場から漏れる熱気が道に流れ出したりしている。

 相変わらず、空気は埃っぽいけれど、その気候にも慣れてきた。

 教会前の掃除をしていたザイオンさんが、クネクネしながら出迎えてくれた。

「ルースじゃないの! まさか、貴方からアタシに会いに来てくれるなんて思ってなかったわぁ」

 近いから離れろ、と容赦なくザイオンさんを蹴り飛ばしながら、リーダーは手短に事の次第を説明した。歌姫のあたしがちょっと面倒な相手に狙われているから預かって欲しいという事を、ララさんたちには、あまり分からないように、軽くぼかしながら。

「ああ、ユアンとロワンね。うちにも来たわよ? 面倒だから追い返しちゃったけど」

「……お前ならそうすると思った」

「いいわよ! リーネットちゃんの事はアタシにどーんと任せなさい! アタシはいつだって小さくて可愛い、恋する女の子の味方よ!」

 厚い胸板を盛大に叩いて、ザイオンさんは豪快に笑った。

 うん、やっぱり男の人にしか見えないよ……。

 そう思っていると、ララさんは首を傾げながらぶつぶつと言っていた。

「ザイオン……ユアン、ロワン……その名前、どっかで聞いた気ぃすんねんけど……」

 そんなララさんを一瞬だけ見たリーダーだったけれど、どうでもいいと思ったのか、ザイオンさんに後を頼み、クーちゃんを伴って行ってしまった。

 並んで手を振りながらその後ろ姿を見送り、あたしたちが教会に入ろうとしたとき。

「あーっ! 分かった! その名前、王国最後の〈白薔薇の六(クーシ・ピーキィ)……っ?!」

 途中で、ララさんの声が途切れた。

 はっと気づくと隣にいたはずのザイオンさんが消えていて、ララさんの口をその大きな手で塞いでいた。

 ミルッカさんがララさんを守ろうと腰の剣に手を伸ばしたが、それより早くザイオンさんの反対の手が押さえ込んでいた。

「うふふ、勘のいい子は好きだけど、空気が読めない子は、アタシ、嫌いよ?」

 ザイオンさんがにっこりと笑い、ララさんは、口を塞がれたままこくこくと頷いた。


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