風雷の双駒(2)
メリィ王女に忠誠を誓ったという、二人の将軍。ユアンとロワン。風雷の双駒である彼らは、あたしに向かって懇願した。
「お願いします、歌姫様。メリィ王女は国を統べる場所におわすべきお方。かような場所で虐げられ、隠されるべき存在ではありません。どうか、どうか王女に祝福を捧げてください」
そんなことを言われても、あたしにはどうすることも出来ないのだ。歌姫の力も、出来ることもどんな存在かもよく分からないのに、周囲ばかりが盛り上がっていって。
祝福って言われたって、王女様や彼らが望むような事は何も出来ないよ。
一歩、退いてしまったあたしを守るようにリーダーが進み出る。
いつもは偉そうだなあ、と思う彼の行動も軽口も、今は本当に頼りになる……気がする。
「そもそも、再び王位につくことは、メリィ自身が望んだことなのか?」
「もちろんです。皆のために、剣をとり戦ってでも王座を得る強い意志で臨んでおいでです」
リーダーは目を細めた。
じりり、と両手に炎の光素が灯る。
相対する二人も、腰の剣に再び手を伸ばした。
ああ、もうだめだ。あたしには止められそうもない。
そう思った次の瞬間、周囲は光素の渦に巻き込まれた。
黄色と緑と赤。〈エーテル空間〉を埋め尽くす光素があたしの視界を奪う。
もし、光素の見えないクーちゃんだったら、きっと今も薄暗い裏路地の景色にしか見えないはずなのに、あたしの目には極彩色の空間に映っていた。
防御を発動した方がいいだろうかとヘアピンに手をやる。
が、その手首を捕まれた。
「防御は発動するな。場の流れがめちゃめちゃになる」
燃えるように熱いからすぐ分かる。
リーダーの手だ。
そのままあたしを背後に庇うと、掌を上に突き上げた。
ギィン、とすさまじい波動が駆け抜け、あたしの鼓膜を打つ。
見上げると、まるで重力を感じさせずに空中を闊歩するユアンさんの姿があった。
ショートパンツから延びるしなやかな足が壁を蹴り、上下左右、あらゆる方向から攻撃を仕掛けてくる。その両手に握られているのは細身のレイピアだった。
対する兄のロワンさんは、両手にガントレットをはめて、拳闘士のような姿だ。とんとん、と軽く地面にステップを踏むと、次の瞬間には姿が消え、背後から攻撃を仕掛けてきている。
リーダーには見えているのか、右手を天に上げてユアンさんに対する防御を張りながら、左手で〈ライトセイバー〉を握りしめロワンさんの物理攻撃に対処している。
閃くような二人がかりの怒濤の攻撃を、全部受けきったリーダー。走駒の試合とは、比較にならない凄まじさだ。
ウー・グーリュネンの競技者だって、西では指折りだといっていたけれど、スオラさんでも箸にも棒にもかからないだろう。それほどに、彼らは圧倒的だった。
ユアンさんとロワンさんは、いったん距離を置いた。
まだまだ、二人とも力を出していないのだろう、息も乱していない。
「流石です、ルース様。光術の発動速度で、貴方の右に出る者はいないでしょう」
キィン、とレイピアを納め、ユアンさんが言う。
「しかし、外部主記憶を持たない貴方にならば、勝機はあります」
外部主記憶あたしは首を傾げたが、余裕がないのか答える気がないのか、リーダーは補足してくれなかった。
代わりに、リーダーの後ろに隠れてケープの裾を握りしめる。
邪魔しない方がいい。
下手に手を出したら、あたしが死んじゃう――最もリーダーがいる限り、死ぬなんて心配はきっと杞憂なのだけど。傷つけられる事もきっと、ない。
「兄さん、いけますか?」
ユアンさんが問い、ロワンさんが頷き、リーダーも再び交戦状態に入った。
しぃん、と静まり返る空間。
あたしの息の音がうるさくて、思わず呼吸を止めた。
ユアンさんがすぅっと右手を差し出した。
「〈黒い鳥が飛んできた 森を通って舞ってきた 小砂利が泣き 砂が響き 道が閃く〉」
長い詠唱。
何かが始まろうとしている。
「っっ! んな大技、こんな町のド真ん中でぶっぱなすんじゃねーですよ!」
珍しく焦った声を出したリーダーは、あたしの腕を引いて抱え込んだ。
ユアンさんが、緑色の光に沈んでいく。まるで森がざわめき、枝を伸ばすように、ユアンさんを中心に大きく脈動しているのがわかる。
なんて、きれい。
そしてその美しい光景と裏腹に、全身を刺すような鋭い風がこの場所に集積しているのを感じる。
リーダーが早口で防御の言霊を詠唱する。それも、一度ではなく複数回。
何枚も何枚も重ねた防御を、あたしの目の前に展開した。
「〈鉄の留金が軋み 白樺の滑りが音を立て 曲がった小刀は唸り 山桜の頸木を震わせろ〉!」
ユアンさんの詠唱が終わった瞬間、あたしはリーダーの腕の中で、空間が歪むのを見た。
枝葉を広げきった森のような緑の光素が、まるで群生する生き物のようにこちらへ襲いかかってきた。
小さな一粒一粒が甲高い声をあげながら防御に触れる。触れた端から、防御がキシキシと痛み出す――まるで、緑の粒に喰われていくかのように。
背筋が凍った。
イナゴの群が大地を覆い尽くすように、ユアンさんの光術があたしとリーダーを取り囲み、防御を喰い破っていく。
「防御は苦手なんだよ!」
リーダーはさらに言霊を重ね、防御を張り巡らす。
それでも止まらない緑の粒が浸食してくる。
そして、次の瞬間。
鋭い雷撃が、防御の一角を貫いた。
「くそっ」
らしくない、悪態をついたリーダー。
塞がった両手の代わりに、まるで額にキスするようにあたしのヘアピンに唇を当てた。
「〈エス〉」
瞬間、解除されるロックと、広がる防御壁。
わずかに身をよじり、直撃は避けたが、雷撃はあたしを庇うリーダーの腕をかすめていった。
とても雷撃の後とは思えない、鋭利な傷が腕に刻まれる。
息を呑む暇もない。
リーダーは、展開していたすべての防御を解除し、言霊を詠唱し始めた。
四方から迫る緑の光。
けれど、それが彼に触れる前に光術が発動していた。
リーダーの足下から、マグマが吹き出す。
炎の壁が、緑の光素を焼き払っていった。
そうして炎に包まれること数秒、炎の壁の向こうには、変わらず佇むユアンさんとロワンさんの姿があった。
「中央処理に比較して主記憶の不足しているルース様は、一度に展開できる光術の数がそれほど多くはありません。展開し続けなければならない防御に手数をさけば、いつかは限界がくるでしょう」
淡々と告げるユアンさん。
リーダーの腕からはおびただしい量の血が流れ出している。
「リーダー! 血が!」
「大丈夫だ。いいからお前は静かにしてろ」
ぴしゃりとあたしを黙らせたリーダーは、痛みに顔をしかめながらも、唇の端をあげた。
「腕、あげたな。防御に手数を割かせると言うが、そう簡単なことじゃねーですよ?」
リーダーがこんな風に怪我するなんて、はじめてた。
本当に、あの二人は強いんだ。
「だが、一つ忘れてんな」
「何のことでしょうか?」
ユアンさんはちゃんと警戒していた。
でも、無理だった。
何しろそれは、光素を一切纏わず、一切揺らさず現れるから。
「動かないでね」
二人の背後からかけられた声。喉元に突きつけられた刃。
何のことはない、ただのナイフだ。ただし、刃渡りがあたしの顔くらいあるナイフと、リーダー特製の岩石レーザーだけど……やっぱり、岩石じゃないものを斬るのに使うつもりだったんだね。
彼らの後ろにいる人間が、ほんの少し腕を引けば致命傷を与える距離。
「1対2なら勝てると思ったか? 最初から、2対2だったんだよ」
闇の中から現れたクーちゃんが二人の首根を捕えた。
「もう一度聞いてやる。俺とクォントを敵に回して、勝てると思ってやがんですか?」
 




