大走駒(6)
リーダーがステージ中央に立ち、その左右にララさんとスオラさんが立った。
クーちゃんの姿はステージから消えていて、知らないうちにあたしの隣に立っている。いつの間に。全く気づかなかった。
「ダン商会の代表、ララアルノ・ダン。グーリュネン商工会青年団代表、スオラ・リティッキ。残念ながら、今回の勝負では決着はつかなかった」
ララさんとスオラさんは、あえて視線を合わせない。
それぞれ、客席の方をじっと見据えていた。
「どうだ、〈ウー・グーリュネン〉の正炎駒、スオラ・リティッキ。再び勝負を望むか?」
そう問われ、スオラさんは一時、黙り込んだ。
ゆっくりと租借するように考え込み、そして口を開く。
「いいや、十分だ。そもそも今回、俺たちが明らかに有利な状況で、無理矢理勝負に持ち込んだ。まず、フェアでなかったことを謝りたい。すまなかった」
頭を下げたスオラさんに、ララさんは驚いて目を見張った。そんな素直やとは思わへんかった、なんていいながら。
「だが、俺たちがこの町を愛し、守ろうとしていたという事は分かってもらえたと思っている」
顔を上げたスオラさんは、ララさんのオレンジの瞳を正面から見据えた。
ララさんも、その視線を真っ向から受け止めた。
「せやな。走駒の試合を通して、この町を誇りに思う気持ちはよう伝わってきた。なにより、ひたむきに相手と向き合おうとする姿勢がほんまにカッコよかったし、ええなあと思った。やから――」
ララさんは笑う。
「ますます、この町で交易を広げていきたいと思たよ。あんたらと一緒なら、きっと楽しいと思う。それは、鉱山の有無と関係なしにな」
それを見て、スオラさんは唇を引き結んだ。
「……お前はそうやって、素直に人を認めるのだな」
「そらそうや。ええもんはええもんやし、ダメなもんはダメや。それは全部、うちの考えやし、感情や。誰にも否定はさせへん」
スオラさんはそこで、大きく息を吐いた。
何かを決心した表情で。
「俺たちは負けたと思っていない。最後に宝を手に入れたのは、この男に押しつけられたからだが、決して負けたとは思っていない」
「……」
ララさんは目を細めた。
勝負に勝ったら話を聞いてもらう、負けたらダン商会はこの町から手を引く。
そんな約束をしていたはずだ。
「だが……俺は、お前が思い描くグーリュネンの将来も知りたい。お前のその素直さを信じてみたい」
スオラさんの言葉で、広場全体がざわついた。
「勘違いするな。グーリュネンの資源を余所者に明け渡す気はない。それは今も変わらない」
強い言葉でスオラさんが告げる。
町の人たちも、その言葉に聞き入っていた。
「が、俺たちにはその鉱山を運営する技術も、知識もない。もしお前がその知識や技術を持っているというのなら、教えて欲しい。そして、俺たちのグーリュネンがさらに発展する手助けをして欲しい」
ララさんは、それを聞いてにこっと笑った。
「そら、ええな。運営は自分らがやるから、技術だけ寄越せ、とそういうことか!」
明るい、太陽のような笑顔。ララさんらしい表情だ。
「まあ、全く話を聞いてくれへんよりかはだいぶん、前に進んだやろか。それに……そのくらい利にがめつい方が商人らしいしな」
あっけらかんと笑ったララさんは、一歩、前にでた。
「ええやろ。ダン商会から技術支援したる。その代わり、報酬は相談やで? うちとこも商売やさかいな」
「……その話はこれからだ」
スオラさんも一歩、前に歩み出る。
二人はどちらからともなく手を差しだし、握手を交わした。
呆気にとられていた観客たちも、ようやく追いついたのか、大きな拍手で迎えた。
どうやら、スオラさんを指示する人が多そうだ。
「せっかくだから、町の皆にも聞いて欲しい。鉱山が見つかったことでいったいこの町がどう変わっていくのか、どう変わっていけばいいのかを」
「せっかく集まってもろたしな。何なら概要を今からでも話したるで!」
その様子を見て、リーダーは満足げに笑った。
「俺の仕事はここまでだ。あとは、お前らで何とかしろ」
「何言うてるん、ここまできたらルース兄さんも最後まで関わるんやで。うちとことグーリュネンの間に入って調整してや」
「それは、この町の国営ギルドの仕事だ。俺には関係ない」
きっぱりと断ったリーダーに、ララさんは不満そうだ。
スオラさんも、眉間に皺を寄せてリーダーをにらむ。
「結局、すべてお前の示すままになったわけだな。何者だ。競技者ではないかもしれんが、少なくとも、俺よりかなり格上の光術師だろう?」
「何でもいいじゃねーですか。一件落着だ」
肩をすくめたリーダー。
スオラさんは腑に落ちない様子だが、ララさんがまあまあ、と取りなしている。
本来、中立であるべき中央監査を試合に引っ張りだしたと知れたら、それこそ再試合になってしまうかもしれない。
ステージに二人だけを残し、リーダーもあたしの元へ戻ってきた。
「お疲れ、ルース」
「おう」
こつん、と拳をつきあわせる二人。
なんだか仲良しを見せつけられた気分だ。
「りー姉もありがとう。走駒をやるのはどちらかというと、一度暴れて、頭を冷やす為だったからさ。なるべく派手でおもしろい方がいいと思って。宝が人なら盛り上がるでしょ?」
クーちゃんがにこにこと笑った。
けれど、あたしはぶすくれた表情のまま返事をしなかった。
あたしはとっても怒っているのだ。
赤いケープを脱いで、どこに持っていたのか白いケープに着替えたリーダーは、一息ついた。
「何だ、リーネット。宝にされたことがそんなに不満なのか?」
別にそれはいいのだ。
あたしが怒っているのは、そんなことじゃない。
「……リーダーがあたしを投げた」
「ああ、どうしても相手の炎駒に受け取ってもらう必要があったからな。あいつの性格からして、普通に渡しても受け取らねーだろ?」
「……守ってくれるって言ったのに」
どうやら、クーちゃんはそのあたりで、あたしが何故怒っているのか察したようだ。
でも、リーダーは気づかない。
心底不思議そうな顔をして首を傾げた。
「何言ってんだ。無傷じゃねーですか。人一人かばいながらあの炎駒と戦って無事でいるのだって難しいんだぞ」
「……指一本ふれさせないって言ったのに!」
あたしが大声を出すと、周囲に向かって光素の波動が駆け抜けた。
クーちゃんはまるっきり平気そうだが、リーダーはその直撃を食らって、耳を押さえる。
「な、何だっつーんだよ。何をそんなに怒ってんですか」
ううう、と獣のように威嚇するあたしを見て、リーダーは慌てている。
何なの、もう!
あたしも女の子だ。中身はともかく、見た目だけは王子様なリーダーにかばわれて、嬉しくないわけないし、というか結構嬉しかったし、ドキドキしたし。
少しくらい、リーダーがあたしのこと気にしてくれてるのかも、なんて思ったりしたし。
「……うん、これはルースが悪い」
「何でだよ?!」
クーちゃんはあたしの味方だ。
「おい、リーネット!」
ずかずかと近づいてきて、当たり前のようにほっぺたに手を当てた。
炎の光術を使ったせいか、やっぱりその手は燃えるように熱い。
試合中、ずっと支えてくれていた手と同じ。
その感触を思い出して恥ずかしくなり、さらにリーダーがその事を気にも止めていないことがとっても悔しい。
当たり前のように頭をなでたりとか、触れたりとか、かばったりとか。
ドキドキしてるのも、ちょっとだけ――本当に、ほんのいちょっとだけ嬉しいのも、あたしだけなのだ。
悔しいやら恥ずかしいやら。
そう思ったら泣けてきた。
鼻の奥がツンと痛くなり、慌ててリーダーに背を向けた。
リーダーに恋してるわけじゃない。
でも、勘違いする程度にリーダーは優しい。
それはきっと、あたしが相棒であるクーちゃんの身内だからだろうけど。
「リーダーなんてキライ!」
「はあ?!」
その手が追いかけてくる前に、熱い手で肩をつかまれる前に、あたしはその場から逃げ出した。




