大走駒(5)
「はぁっ!」
スオラさんが気合いと共に槍をつきだした。
ギィン、と防御壁に重くぶつかる音が光素の波を駆け抜けて、鼓膜を突き刺していった。
思わず顔をしかめると、リーダーの手に力がこもる。
「お前、光素に対する感受性もバカ高いな……少し、我慢しろよ」
「……うん」
光素の同士がぶつかり合う度、脳が揺さぶられるようだ。とても、長くは耐えられない。
と、再び槍がふるわれた。
正確に、先ほどと同じ箇所をえぐる。
一度目は耐えた防御壁に、今度はぴりり、とヒビがはいった。
広場を取り巻く大観衆から、スオラさんを応援するコールが響きわたる。
それに答えるように、スオラさんは大きく槍を振り回し、勢いづけて三度目の攻撃を仕掛けた。
さすがに耐えられなかった光素の壁は、大きく割れてぱらぱらと崩れ落ちた。
「……あと2枚か」
スオラさんは呟き、再び大きく振りかぶった。
が、次の瞬間、ぱっと距離をとる。
リーダーが左手の剣を横に薙いだからだ。
間一髪、その攻撃を避けたスオラさんは、苦々しげに呟いた。
「攻撃も防御も一度に行うなど……常軌を逸しているな」
「命を懸けた戦闘なら当たり前の事じゃねーですか。走駒という型に捕らわれすぎだ。それに、それほど難しい訳じゃない。お前なら、練習すればいくらでも出来るようになるだろ」
リーダーの言葉で、スオラさんは目を細めた。
何かを見極めようとしているようだった。
「命を懸けた戦闘? 何を言っている。そんなものが……」
「あったんだよ。3年前の王都にはな」
炎の槍の先端が、ピクリと動いた。
「西ではほとんど感じなかっただろうが、共和国への移行が行われた東方は、お前たちが思っているよりずっとひどい有様だったぜ? 自分の命を守るだけで精いっぱいだった」
淡々と告げるリーダーに、スオラさんは目つきを鋭くした。
「俺は走駒の競技者じゃねーが、競技者は恐ろしくレベルを上げたんじゃねーですか? 戦の影響のなかった西とは、一線を画すほどにな。もしかすると、東リーグでは選手の誰もが攻守どちらも同時に行うような交戦が流行ってるかもしれねーですよ?」
「……いいのか、敵に手の内をあかすようなマネをして?」
「関係ねーですよ。俺は走駒を生業にしている人間じゃねーからな。もし必要なら、稽古に付き合ってやってもいーぜ? 東で始まった事を、西では誰が取り入れるか、つーだけの話だ」
「それが、ウー・グーリュネンだという可能性もあるというわけか。上から目線なのは気に食わんが、試合の後で存分に話したいものだ」
スオラさんの口元に笑みがこぼれる。
この人は純粋に走駒が好きなんだな。強くなれるのが、嬉しいんだな。その感情がとてもよく伝わってきた。
リーダーもつられるように唇の端をあげた。
「何だ、ダン商会の申し出を聞きもしねーで断り続けてる、っつーから、どんだけ頭の固いヤツかと思いきや、ちゃんと向上心もあるんじゃねーですか」
「……それとこれとは話が別だ」
とたんにスオラさんの機嫌が悪くなる。
炎の光素が渦巻き、彼を包み込む――まるで感情が外面にも露わになるように。
分かりやすい。
ていうか、あたしはいつもこの状態なんだろうか。感情が外にダダ漏れだ……
「いーや、違わねーですよ。フィールドが商売か、走駒かの違いしかねーよ。新しい考え方を取り込むという点ではな」
リーダーの言葉を遮り、否定するかのように、槍がふるわれた。
バリン、と大きな音がして最後の防御が砕ける。
でも、リーダーは全く慌てていなかった。
炎の光素を纏った槍の切っ先が、渦を巻くように通り過ぎていった。
一撃でもかすめれば即、失格。
そんな攻撃を、リーダーは〈ライトセイバー〉で軽くいなしていった。フェンシングのような構えで、左右に体をひねりながら紙一重でかわしていく。軽そうに見えるけれど、アイリさんの時は地面に深く突き刺さったのだ。ものすごい威力があるはずなのに。
「俺は商売に関して門外漢だが、あいつは……ララアルノは違う。東の交易を知り、西の文化を知り、その上で東の知識を西へ、西の資源を東へと交換しようとしている。交易っつーのは元来、資源の偏りを均一にする方向へ動くものだからな」
すさまじい音を立てて槍の先を弾いたリーダー。
スオラさんは動揺したのか、一歩、退いた。
戦闘で退くのは論外。
リーダーはあたしを抱えたまま一気に間合いを詰め、スオラさんの喉元に剣を突きつけた。
「攻守いずれも出来る駒が出現すれば、西の走駒の時代は一つ、進むだろう」
追いつめられたエースに、観客から悲鳴が上がった。
が、スオラさんも負けてはいない。
腕を畳んで槍をくるりと回し、リーダーの剣をはねのけた。
「同じように、グーリュネンが東の手法を取り入れれば、商売のステージも一つ、上がる。そうなれば、グーリュネンが西の商流の中心に来る」
「詭弁だ!」
スオラさんが叫ぶ。
「そうやって、何も知らない俺たちから資源も何もかもを巻き上げる気だろう!」
「本当にそう思うか?」
リーダーは真っ直ぐにスオラさんを見ている。
「そうだな、例えばお前がここより田舎に出向いて、走駒など見たこともない地域に行ったとしよう。お前は、走駒のルールを教えようとする。そうすると、住民が言うんだ――俺たちに間違ったルールを教えて、負けさせて、あざ笑う気だろう、と」
「……何が言いたい」
「ララアルノも同じだっつーことだ。あいつは確かにもうけ話が好きだ。例えば、お前が走駒で戦って勝のが好きなようにな。だが、ルールを教えたり、どうやったら強くなるかを教えたりするのは別だろう?」
一瞬動きをとめたスオラさんに対し、リーダーは躊躇なく剣を一振りした。
隙をつかれ、炎の槍がスオラさんの手を放れて地面に転がる。
「しまっ……」
リーダーの剣が再び喉元に突きつけられた。
「つまりあいつは、このグーリュネンの住人と共にこの地域の交易を活性化させてーんですよ。お前が純粋に誰かと走駒を楽しみたいと思っているようにな」
そこでリーダーはふいに〈ライトセイバー〉の術を解いた。
そして、抱えていたあたしを、いきなり空中に放り投げた。
呆然としているスオラさんに向かって。
目の前に広がる赤みがかった空。
驚く間も、怒る暇もなく、落下し始める体。
驚いたスオラさんが、それでも素晴らしい反射神経であたしの下に滑り込み、受け止めてくれた。
心臓がバクバクと音を立てている。
いったい何が起きたかわからない。
突然リーダーがあたしを放り投げて、スオラさんがキャッチしてくれて。
「試合終了! 双方が宝を手に入れたのは同時だったため、この試合は引き分けとなります!」
クーちゃんが高らかに宣言した。
はっと見ると、敵の宝だったイレナさんが、ミルッカさんに手を引かれ、隣のマスに移動したところだった。
再試合と延長戦を求めるブーイングが鳴り響く。
でも、クーちゃんは決してその結論を撤回しようとはしなかった。
暴言と共に、飲み物の入っていたらしい缶カップや瓶が飛んでくる。
リーダーは、スオラさんの隣に呆然とたたずんだあたしの額に手を当て、〈エス〉と防御を再発動した。
集中力が切れて、いつの間にか防御が消えてしまっていたらしい。
「待ってろ」
そう言い残すと、リーダーはスオラさんを促してステージへと向かった。




